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『無能』と追放された魔法使い、実は『力の天秤』を持つSランク級の逸材でした。~スキル禁止されたので『進化魔法』でSランク武具を手に入れます~  作者: さらん
第1章: 『無能』の烙印と『天秤』の覚醒

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第23話:Sランクの「監査」と絶対的な「格」


ギルドホールが、水を打ったように静まり返っていた。


数日前まで、私たち『アルテミス』を「英雄」と称賛し、監査官ヴァレリウスの逃亡に歓声を上げていた冒険者たちは、今や壁際に張り付き、息を殺して事の成り行きを見守っている。


無理もなかった。

彼らの視線の先、ギルドホールの中心に立つのは、この国に三組しか存在しないSランクパーティーの一つ、『紅蓮の獅子クリムゾン・グリフォン』。


その威圧感は、マルクス伯爵の「権力」や、ヴァレリウス監査官の「陰湿さ」とは、全く次元が違った。

それは、幾多の国家級の危機を乗り越えてきた者だけが放つ、純粋な「実力」と「覚悟」のオーラだった。


「我々は、君が王国にもたらす『脅威』を査定しに来た。……我々の『監査』を、拒否する権利は、君たちにはない」


『紅蓮の獅子』のリーダー、Sランク宮廷魔術師のシルヴィアが、冷たいルビーのような瞳で私を見据え、そう言い放った。

彼女の隣に立つ、聖剣を背負ったパラディン――ライオスが、私たち四人を値踏みするように一瞥した。


「ガレン、エララ、レオ、アリア……。報告書ヴァレリウスのものは読んだ。感情的で、主観的な、実にくだらない内容だった」


ライオスの声は、地響きのように低く、揺るぎない自信に満ちていた。


「ヴァレリウスは、君たちを『威力が尋常ではないから危険』と断じた。……それは、我々Sランクからすれば『論理のすり替え』でしかない」

「……では」


ガレンさんが、一歩前に出た。彼は、この街最強のタンクとして、私たちを守る盾として、Sランクの威圧感に必死で耐えていた。


「Sランクの皆様は、我々を、どう『査定』なさるおつもりか」


シルヴィアが、通達書を巻いた。


「マルクス伯爵の『政治的』な意図は、我々の関知するところではない。我々が査定するのは、ただ一つ。君たち『アルテミス』が、将来的に『魔王軍』や『古代竜』といった、王国そのものの脅威と対峙した際、『役に立つ』か、それとも『秩序を乱すだけの危険分子』か。……それだけだ」

「……!」

「脅威度の査定は、二段階で行う」


シルヴィアは、静かに、だがギルドホール全体に響き渡る声で続けた。


「第一段階。君たちの『基礎能力』の査定」

「第二段階。魔法使いアリア。君の『進化魔法』の、危険度査定」

「まず、第一段階だ」


シルヴィアではなく、聖騎士ライオスが、再び前に出た。彼は、その鋼鉄の篭手ガントレットで、ガレンさんの胸当てを、トン、と指さした。


「タンク、ガレン。君の『盾』が、どれほどのものか見させてもらう」

「……!」

「私と1対1の『模擬戦』だ。このギルドの地下訓練場で、私の攻撃に3分間耐えてみせろ。……それが、第一段階のテストだ」

「な……!」


レオが、思わず声を上げた。


「1対1だと!? ガレンさんはタンクだぞ! 攻撃役アタッカーのあんたとタイマンで3分なんて、無茶苦茶だ!」

「黙れ、双剣使い」


ライオスは、レオを一瞥すらしなかった。彼の視線は、ガレンさんに固定されていた。


「Sランクの戦場では、タンクが一人で敵のブレスや、将軍級の一撃を『3分』凌ぐことなど日常茶飯事だ。……それができなければ、Aランク(保留中)だろうと、この国の『盾』としては不要だ」


ギルドの冒険者たちが息を呑む。

SランクとAランク(保留中)のタイマン。それは、もはや「監査」ではなく「処刑」に近い。


「……アリア」


ガレンさんが、私たちを振り返った。その顔は、緊張でこわばってはいたが、覚悟が決まっていた。


「心配するな。俺は、この街で『鉄壁のガレン』と呼ばれてきた。Sランク様相手に、この盾がどこまで通用するか……試してみたかったところだ」

「ガレンさん……」

「ギルドマスター」


ガレンさんは、バフジンさんに向き直った。


「地下訓練場の使用許可を」

「……ああ。許可する」


バフジンさんも、険しい顔で頷いた。


「だが、死ぬなよ、ガレン」


ギルドの地下訓練場。

かつて私が、『力の天秤』を禁じられ、『進化魔法』を編み出した、あの場所。


だが今、そこに満ちている空気は、あの時とは比べ物にならないほど、重く、張り詰めていた。

訓練場の中央で、ガレンさんが、愛用の巨大な塔盾タワーシールドを構えている。


その対面に、聖騎士ライオスが、リラックスした様子で立っていた。彼は、背中の聖剣には手をかけず、訓練用の、刃引きされた重い鉄剣を手にしていた。


「聖剣は使わんのか」

「君相手に、抜く必要はない」


ライオスの言葉に、カチン、と来たレオが何か言おうとするのを、エララさんが手で制した。

私たち『アルテミス』の三人と、『紅蓮の獅子』の残り三人、そしてギルドマスターのバフジンさんが、壁際で見守っていた。


『紅蓮の獅子』の神官戦士バルガスは、いつでも回復魔法が使えるよう、ガレンさんを注視している。暗殺者のシェイドは、いつの間にか気配を消し、訓練場の影に溶け込んでいた。


「アリア」


シルヴィアが、私に声をかけた。


「君の『支援魔法』は許可しない。これは、ガレン個人の、純粋な耐久テストだ」

「……はい」


私は、ガレンさんに『防御強化プロテクション』をかけることすらできなかった。


(ガレンさん……!)


「では、始める」


シルヴィアが、手を振り下ろした。


「「おおおおおっ!!」」


ガレンさんが、開始と同時に『挑発ウォークライ』の雄叫びを上げ、全神経を盾に集中する。

対するライオスは――消えた。

いや、消えたのではない。


人間の踏み込みとは思えない速度で、ガレンさんの懐に潜り込んでいた。


「なっ……!」


ガレンさんが反応するより早く、ライオスの訓練剣が、塔盾のど真ん中に突き刺さった。


ドゴオオオオオオオン!!!

凄まじい衝撃音。

それは、ワイバーンのブレスや、ミノタウロスの戦斧とは、全く異質の「衝撃」だった。

まるで、城攻め用の破城槌はじょうついで、ゼロ距離から殴られたかのような。


「ぐ……おおおおおっ!」


ガレンさんは、塔盾ごと数メートル吹き飛ばされ、足で床を削りながら、必死で踏みとどまった。

塔盾には、刃引きされた剣で殴られたとは思えない、深い『亀裂』が入っていた。


「……!」

「嘘だろ……」


レオが絶句した。


「訓練用の剣で……ガレンさんの盾にヒビを……」

「次が来るぞ!」


エララさんが叫ぶ。


「遅い」


ライオスは、吹き飛んだガレンさんを追撃し、今度は盾の『側面』を蹴りつけた。


「タンクが、真正面からの衝撃だけで体勢を崩すな。側面フランクがガラ空きだ」

「『城壁フォートレス』!」


ガレンさんが、咄嗟に光の壁を展開するが、ライオスはそれを意にも介さず、光の壁ごとガレンさんを殴りつけた。


「そんな薄い『魔力壁』が、Sランクに通用するとでも?」


ガシャアン!

光の壁は紙のように破られ、ガレンさんの体がくの字に曲がる。


(ダメだ……。格が、違いすぎる……!)

私は、必死で拳を握りしめた。

カイトやヴァレリウスは、「こじつけ」で私たちを追い詰めた。


だが、この男は違う。「本物の実力」で、ガレンさんの『プライド』と『実力』を、真正面から粉砕している。

ガレンさんは、血反吐を吐きながらも、再び盾を構え直した。


「まだ……! まだ、1分も、経ってない……!」

「ほう。その根性だけは、Sランクに通用するかもしれんな」


ライオスは、初めて訓練剣を上段に構えた。


「だが、根性だけでは、仲間は守れん」

「耐えてみせろ、タンク! これが、AランクとSランクの『壁』だ!」

「『聖光撃ホーリースマイト』!!」


ライオスの訓練剣が、聖なる光を帯びた。

それは、彼が背負う聖剣の力ではなく、彼自身の『魔力オーラ』による、純粋な「剣技」だった。

ガレンさんも、最後の力を振り絞り、塔盾を構える。


「『最大防御イージス』!!」


二つの力が、激突した。

そして――


バキイイイイイイイイイイイン!!!!

金属が砕け散る、甲高い悲鳴。

ガレンさんが、この街に来てから、ずっと相棒として使ってきた『魔鋼鉄の塔盾アダマンタイト・タワーシールド』が、ライオスの一撃で、粉々に砕け散った。


「ガレンさんっ!!」


盾を失ったガレンさんは、衝撃の余波だけで壁まで吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。

訓練場に、静寂が戻る。


『紅蓮の獅子』の神官バルガスが、すぐに駆け寄り、ガレンさんに治癒魔法をかけた。


「……タイム」


シルヴィアが、冷たく時間を告げる。


「2分38秒。……不合格だ」

「な……!」


レオが、訓練場に飛び出そうとするのを、エララさんが羽交い締めにして止めた。


「落ち着きなさい、レオ! 相手はSランクよ!」

「だがっ!」


ライオスは、砕けた盾の破片を拾い上げると、私たち(特に私)の前に、それを投げ捨てた。


「これが、君たちの『盾』の限界だ。Aランク級の力は防げても、それ以上の脅威……例えば、魔王軍の幹部クラスには、3分と耐えられない」

「……」


絶対的な、実力差。

私は、あまりの衝撃に、声も出なかった。


「さて」


シルヴィアが、私に向き直った。


「監査、第二段階。アリア。君の『進化魔法』を見せてもらう」


彼女は、訓練場の反対側、ガレンさんが吹き飛ばされた壁際に立った。


「模擬戦で『盾』が砕けた今、君たちが我々『紅蓮の獅子』に抵抗する術は、君の『支援バフ』か『妨害デバフ』しかないはずだ」


シルヴィアが、軽く杖を構えた。


「私が、Sランクの『魔力障壁マナバリア』を展開する。……君の、あのワイバーンを倒したという『進化魔法』の全てを、私に撃ち込んでみろ」

「……!」

「私が『脅威ではない』と判断すれば、マルクス伯爵への報告書も、そう書こう。君たちのAランク昇格も、認めるように進言する」


シルヴィアは、そこで一度言葉を切り、そのルビーの瞳を、恐ろしいほどの魔力で輝かせた。


「……だが、もし」

「もし、君の力が、私のこのSランク障壁を『貫通』するようなことがあれば……。その時は、ヴァレリウスの報告通り、君を『王国の秩序を乱す、制御不能な脅威』と認定し、ここで『処理』する」


それは、あまりにも理不尽で、残酷な「監査」だった。

力を証明すれば「脅威」として殺され、証明できなければ「無能」としてAランク昇格の道が永久に閉ざされる。


ガレンさんが、バルガス神官の肩を借りて、ふらふらと立ち上がった。

エララさんとレオが、私を守るように前に立つ。

だが、Sランクパーティー四人を前に、私たちは、あまりにも無力だった。

私は、震える手で、杖を構えるしかなかった。


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