第22話:Sランクの影と「紅蓮の獅子(クリムゾン・グリフォン)」
首席監査官ヴァレリウスが逃げ帰ってから、数日。
私たちのパーティー『アルテミス』は、奇妙な平穏の中にいた。
ギルドホールでは、私たちは英雄だった。「監査官を追い返した、Aランク(保留中)の猛者」として、どの冒険者も私たちに一目置いてくれた。
私たちは、王都からの次の「一手」を待ちながらも、ギルドマスターのバフジンさんが黙認する「難易度設定が間違っているBランク依頼」をこなし、Aランク昇格「保留」という理不尽な状態への、ささやかな抵抗を続けていた。
「……それにしても、静かすぎないか?」
Bランク依頼(中身はAランク級のキマイラ討伐)の帰り道、レオがぼやいた。
「あの伯爵とクソ眼鏡、王都でギャーギャー騒いでるはずだろ。次の嫌がらせが来るなら、とっくに来てる頃だ」
「同感ね」
エララさんが、剣の柄を握る。
「嵐の前の静けさ、というやつかしら。政治的な圧力は、物理的な攻撃より遅いが、陰湿よ」
ガレンさんも、重々しく頷いた。
「マルクス伯爵は、我々を『王家に反逆する危険分子』として、王都の本部を動かしているはずだ。……次に送られてくるのは、ヴァレリウスのような文官ではないだろう」
その予感は、私たちがギルドに帰還した瞬間、現実のものとなった。
ギルドホールが、異様な空気に包まれていた。
ヴァレリウスが来た時のような「緊張」や「敵意」ではない。
畏怖、尊敬、そして純粋な「憧れ」。
ホールの中心、Aランク掲示板よりもさらに奥、普段は誰も近づかない『Sランク』専用の通達板の前に、一団のパーティーが立っていた。
先頭に立つのは、紅蓮のローブをまとった、鋭い目つきの魔法使いの女性。
その隣には、王国最強の象徴である「聖剣」を背負った、白銀の鎧の騎士。
さらに、神官とは思えぬほどの屈強な体躯の男性ヒーラーと、影のように気配を消した暗殺者風の男性。
四人。
私たちと同じ、四人構成。
だが、その一人一人が放つ「格」が、私たちとはまるで違った。
「……嘘だろ」
レオが、息を呑んだ。
「あの紋章……『紅蓮の獅子』……!」
この国に存在する、たった三組のSランクパーティーのうちの一つ。
『王国の盾』と称される、最強の英雄たちだった。
「ガレン、エララ……!」
ギルドマスターのバフジンさんが、カウンターから血相を変えて飛び出してきた。
「王都本部から、たった今、緊急の『特命』が届いた! お前たち『アルテミス』に関する、な!」
『紅蓮の獅子』のリーダーである魔法使いの女性が、私たちを振り返った。
その視線は、ヴァレリウスのような侮蔑や憎悪とは無縁の、あまりにも冷たく、純粋な「鑑定」の目だった。
「君たちが、『アルテミス』か」
凛とした声が、ギルドホールに響き渡る。
「私は、『紅蓮の獅子』のリーダー、シルヴィア。……Sランク宮廷魔術師だ」
シルヴィアは、ギルドマスターが持つ通達書を、私たちに見えるように広げた。
「――通達。パーティー『アルテミス』、および魔法使いアリアの『危険思想』と『管理外能力(進化魔法)』の監査を、Sランクパーティー『紅蓮の獅子』に一任する」
彼女の隣に立つパラディンが、一歩前に出た。
「我々は、マルクス伯爵のような政治家ではない」
聖剣の柄に手を置き、彼は静かに、だが絶対的な圧力で、私たち(特に私)を見据えた。
「我々は、王国に仇なす『脅威』を、実力で排除する者だ」
「アリア。君が『天秤の魔女』だな」
シルヴィアが、私に杖先を向けた。
「我々は、君が王国にもたらす『脅威』を査定しに来た。……我々の『監査』を、拒否する権利は、君たちにはない」
ヴァレリウスの「こじつけ」の戦いは終わった。
ここから始まるのは、Sランクパーティーという、「本物の実力」との戦いだった。




