第21話:勝利の代償と、王都の「次の一手」
首席監査官ヴァレリウスが、文字通り「逃げ帰って」いった後。
ギルドホールは、一瞬の静寂の後、これまでにないほどの爆発的な歓声に包まれた。
「うおおおおお! 見たかよ!」
「監査官様、泥だらけで逃げてったぞ!」
「『アルテミス』最強だ!」
冒険者たちが、私たち(特に私)を、もはや「天秤の魔女」という畏怖の対象としてではなく、街の誇りである「英雄」として、熱狂的に称賛してくれた。
「アリアちゃん、すげえ!」
「『支援魔法』であのワイバーンを! 『力の天秤』がなくても、あんたが規格外なんだ!」
「……やれやれ」
レオが、もみくちゃにされそうになる私をかばいながら、照れくさそうに頭を掻いた。
「まあ、当然の結果だけどな」
私たちは、カウンターでギルドマスターのバフジンさんと向き合った。
彼は、カウンターに積まれた『ワイバーンの素材』を満足そうに眺め、ドワーフらしい豪快な笑い声を上げた。
「ガッハッハ! 見事だ、小僧ども! あのクソ眼鏡(監査官)の、人生最大の屈辱の顔を見たわい!」
「ですが、ギルドマスター」
ガレンさんが、冷静に現実を指摘する。
「我々のAランク昇格『保留』措置は、継続されました。……そして、監査官は、王都で『進化魔法』の危険性を報告すると」
「ああ。そうだ」
バフジンさんの笑顔が消え、厳しい支部長の顔に戻った。
「お前たちは、この街で『勝利』した。だが、戦いは『敗北』した」
「……?」
「マルクス伯爵と監査官の、当初の目的を思い出せ。……『アルテミス』をAランクとして活動させないこと、だ。その目的は、達成されたままだ」
私たちは、ハッとした。
私たちは目の前の敵を退けることに必死で、Aランクの「看板」は、いまだ取り上げられたままなのだ。
「監査官は、王都に戻り、伯爵にこう報告するだろう」
バフジンさんは、指を折りながら言う。
「一、『アルテミス』は、Aランク級の力を有する、と」
「二、『力の天秤』を禁じても、アリアが『別の危険な魔法』を開発した、と」
「三、そして何より……彼ら(アルテミス)は、王都の権力(監査官)に対し、公然と『反逆』した、と」
「反逆……」
「そうだ」
エララさんが、冷たく頷いた。
「私たちは、あの監査官の『こじつけ』を論破し、彼の面子をギルドホールの前で完全に潰した。……あの伯爵が、これ以上ない『口実』を得たことになるわ」
Aランク級の実力を持ちながら、王都の命令に従わない、危険なパーティー。
私たちは、ヴァレリウスの「こじつけ」を逆手に取られ、より悪質な「反逆者」のレッテルを貼られようとしていた。
「どうする? ガレン、エララ」
バフジンさんが、真剣な目で二人を見た。
「他国へ逃げるなら、今が最後のチャンスかもしれんぞ」
「……いいや」
ガレンさんは、ゆっくりと首を振った。
「俺たちは、この街の冒険者だ。胸を張って、Aランクのプレートを掲げたい。……アリア、お前もそれでいいな?」
「はい!」
「……決まりだな」
レオが笑う。
「王都の伯爵様が、次の手を打ってくるまで、俺たちは俺たちの仕事をするだけだ」
「フン。Bランク依頼で、Aランク級の『実績』を、積み重ね続けてやろうじゃないか」
エララさんも、不敵に笑った。
Aランク「保留」のまま、Aランク以上の依頼をこなし続ける。
それは、王都の「こじつけ」に対する、私たちなりの「反逆」の狼煙だった。
その頃。王都。
マルクス伯爵の屋敷に、泥と屈辱にまみれたヴァレリウス監査官が転がり込んでいた。
「……と、いうわけです! 伯爵閣下!」
ヴァレリウスは、震える声で一部始終を報告した。
ワイバーンを討伐されたこと。『力の天秤』を禁じたら、『進化魔法』なる詭弁で返り討ちにされたこと。そして、ギルドホールの前で、自分が受けた屈辱の全てを。
パリンッ。
マルクス伯爵が、手にしていたワイングラスを、握り潰した。
「……『進化魔法』、だと?」
伯爵の、低い声が響く。
「スキルを禁じたら、別の魔法で強くなった? ……ふざけるのも、大概にしろ」
彼の怒りは、ヴァレリウスの「こじつけ」の論理――「威力が尋常ではないから危険」――が、アリア本人によって、さらに「上塗り」されたことに対するものだった。
「もはや、あの女は、『危険なスキル持ち』などという生易しいものではない」
マルクス伯爵は、手のひらから流れる血を拭いもせず、冷酷に言い放った。
「あれは、『王国の秩序』に牙をむく『危険思想の持ち主』だ」
「……では、いかがなさいますか?」
「『アルテミス』を、反逆者として『指名手配』する。……いや、待て。それだとギルド(バフジン)が庇う」
伯爵は、しばらく考えると、最も陰湿な笑みを浮かべた。
「……ヴァレリウス。ご苦労だった。王都のギルド本部に、こう通達しろ」
「『アルテミス』のAランク保留は継続。ただし、彼らの『危険な思想』を鑑み、王都から『より強力な監視役』を派遣する、と」
「……それは、私以上の?」
「ああ。次に送るのは、お前のような『監査官(文官)』ではない」
伯爵は、笑った。
「あの街に駐留している、Sランクパーティーに、奴らの『監視』を命じる」




