第19話:『支援魔法』の証明と「監査」の崩壊
「『付与』!」
霧の中、レオとエララさんの剣が、まばゆい光の刃をまとった。
『脆弱化』と『鈍足』の二重デバフを受け、動きが鈍ったワイバーンに対し、二人は馬車の両側面から、同時に翼の付け根へと駆け上がった。
「「オオオオッ!!」」
ズバァァァッ!
二人の強化された剣が、Aランクモンスターの硬い鱗を、まるで厚紙のように切り裂いた。
「グギャアアアアアアッ!?」
ワイバーンが、今までにない本物の「痛み」に絶叫する。
「……な……」
馬車の窓から、監査官ヴァレリウスがその光景を目の当たりにし、息を呑んだ。
(馬鹿な!? ただの『支援魔法』だと!? ただのエンチャントで、ワイバーンの鱗が切れるものか! あれは『力の天秤』の力の一部に違いない!)
「まだよ!」
エララさんが、一度地面に着地し、再びワイバーンの懐に飛び込む。
「アリア! 敵のブレスが来る! 詠唱妨害を!」
「はい! 『魔力攪乱』!」
私が、訓練場で密かに練習していたもう一つの「進化魔法」――敵の魔力の流れそのものを妨害するデバフ――を放つ。
「グギ……グ……!?」
ワイバーンは、口に溜めていた炎のブレスを吐き出そうとするが、魔力が霧散してしまい、不発に終わる。
「……魔法の、不発……?」
ヴァレリウスは、自分の目を疑った。
『力の天秤』は「力を奪う」スキルのはずだ。だが、今アリアがやったのは、純粋な『妨害魔法』。ギルド規約第11条(危険なスキル)には、どうこじつけても該当しない。
「ガレンさん! 馬車を頼みます!」
「言われるまでもない!」
ブレスが不発に終わったワイバーンは、怒り狂い、その巨大な尻尾で馬車を薙ぎ払おうとした。
ガシャアアアン!!
ガレンさんが、その一撃を塔盾で完璧に受け止める。馬車は守られたが、衝撃で馬車の車輪が一つ、粉々に砕け散った。
「ひぃっ!」
ヴァレリウスが、馬車の中で無様に尻餅をつく。
馬車が動かなくなった。私たちは、この霧の谷のど真ん中で、完全に孤立した。
「チッ、やっかいな!」
レオが、ワイバーンの攻撃を避けながら叫ぶ。
「アリア! このままじゃジリ貧だ! あのデカブツ、まだ飛べるぞ!」
「……分かりました」
私は覚悟を決めた。
これは『調査』依頼だ。だが、監査官の馬車が破壊され、私たちの安全が脅かされている今、もはや『戦闘回避』は不可能。
これは、『正当防衛』だ。
「ガレンさん、エララさん、レオ! ワイバーンを『無力化』します!」
私は、杖をワイバーンに、そして仲間に向けた。
「ヴァレリウス監査官! よく見ていてください!」
私は、馬車の中の監査官に向かって叫んだ。
「私が使うのは『力の天秤』ではありません! 私が、仲間を信じ、仲間から信じられているからこそ使える、『支援魔法』の『連続行使』です!」
(監査官が奪ったのは、たった一つの『スキル』)
(でも、私には、仲間と培ってきた『戦術』がある!)
「第一段階! 『三重弱体』!」
私は、ワイバーンに三つの魔法を同時に叩き込んだ。
「『脆弱化・改』! 『鈍足・改』! 『魔力攪乱』!」
「グギギギギ……!?」
Aランクのワイバーンが、まるで全身を鎖で縛られたかのように、その動きを急激に鈍らせていく。体力と魔力が、同時に私に向かって流れ込んでくる。
「第二段階! 全魔力『付与』!」
私は、ワイバーンから吸収した魔力を、そのまま仲間に叩きつけた。
「ガレンさんに『剛力』! エララさんに『神速』! レオに『貫通』!」
(これは『力の天秤』じゃない! 敵を『弱く』して、味方を『強く』する、二つの(・・)別々の(・・)魔法を、同時に使っただけ!)
「「「オオオオオッ!!」」」
三人の仲間が、眩いばかりの光に包まれた。
「……なんだ、これは」
ヴァレリウスは、目の前の光景が理解できなかった。
『力の天秤』のように、敵から味方へ「力」が直接移動したのではない。
アリアは、敵を『弱体化』させ、同時に、味方を『強化』した。
それは、規約違反の『スキル』ではなく、常軌を逸した『魔力操作』と『魔法技術』の領域だった。
「いけえええええっ!!」
ガレンさんが、強化された力でワイバーンの突進を真正面から受け止め、弾き飛ばす。
レオが、強化された『貫通』力で、ワイバーンの分厚い胸の鱗を切り裂く。
そして、エララさんが、強化された『神速』で、ワイバーンの首筋を駆け上がり――
「終わりよ!」
光の刃と化した剣が、ワイバーンの頸椎を、一閃のもとに断ち切った。
「グ……ギャ……」
Aランクのワイバーンが、地響きを立てて崩れ落ちる。
霧の中に、静寂が戻った。
残されたのは、ボロボロの馬車と、呆然と座り込む監査官。
そして、Aランクモンスターを、「スキルなし」で討伐してのけた、私たち四人だった。
「……監査官殿」
私は、荒い息を整えながら、馬車の窓を覗き込んだ。
「『調査』対象が、監査官殿の馬車を破壊しようとしたため、『やむを得ず』無力化しました」
私は、訓練場で見せたのとは違う、冷たい笑みを彼に向けた。
「これが、私たちの『支援魔法』です。……監査の結果は、いかがですか?」
ヴァレリウスは、震える唇で、何も答えることができなかった。
彼が「こじつけ」で奪ったはずの力は、彼の目の前で、さらに強力な「技術」へと進化を遂げていたのだから。




