第17話:進化する魔法と「監視下」の依頼
「やった……! これなら……!」
私が『脆弱化・改』――『吸収』を成功させたのを見て、レオが目を見開いた。
「すげえ……! 敵のスタミナを吸い取るなんて、それこそ『天秤』じゃねえか!」
「いいえ、違うわ」
エララさんが、冷静に分析する。
「『力の天秤』は、敵の『力』そのものを奪い、味方に『付与』する複合スキル。……でも、今アリアがやったのは、敵を『弱体化』させ、副次効果としてアリアの魔力が『回復』しただけ。……これは、高位の『弱体魔法』の範疇よ」
「その通りだ」
ガレンさんも頷く。
「監査官(クソ眼鏡)がケチをつけようにも、『魔力吸収系の魔法だ』と言い張れば、それまでだ」
「じゃあ……!」
私は、今度はエララさんに向き直った。
「今度は、『強化魔法』を試してみます!」
私は、先ほどエララさんの剣に使った『鋭化』をイメージした。
(今度は『吸収』じゃない。『付与』の理屈……。アンデッドロードの闇魔力を、ガレンさんの盾に『聖域転換』した、あの感覚……!)
(私の魔力を、『力』に変えて、仲間に『渡す』……!)
「エララさん、いきます!」
私は、自分の魔力の一部を、明確な「力」のイメージに変換し、エララさんの剣に向かって放った。
「『鋭化・改』――『付与』!」
ジュワッ、と音がするほど、エララさんの剣が眩い光を放った。
「なっ……!?」
エララさんは、驚愕の顔で自分の剣を見つめた。
「ただの『鋭化』じゃない……! 剣そのものに、魔力の刃が『構築』されている……!?」
「アリア、俺にも!」
レオが叫ぶ。私は、同じようにレオの双剣にも『付与』をかけた。
レオは、光り輝く双剣を数回振るうと、訓練場の壁(魔力吸収壁)に向かって軽く振り抜いた。
ズバァァァン!!
Bランクですら傷一つつけられないはずの壁に、深い切り傷が刻まれた。
「……うそだろ」
レオが、自分の双剣を信じられないという顔で見ている。
「俺の剣が、まるで伝説の武器みたいだ……」
「……すごい」
私は、魔力を使って少しふらついたが、心が奮い立つのを感じた。
『力の天秤』は、確かに強力な「スキル」だった。
でも、今、私たちが手に入れたのは、スキルに頼らない、純粋な「魔法技術」だ。
• 敵から力を吸い取る、高位の『弱体魔法』
• 味方に力を与える、高位の『強化魔法』
私たちは、『力の天秤』という心臓を失った代わりに、「進化した心臓」を二つ、手に入れたのだ。
「――というわけだ」
訓練場で成果を確認した私たちは、再びギルドマスターのバフジンさんの前にいた。
個室には、ギルドマスターと私たち四人だけだ。
「……アホか、お前たちは」
私たちの報告を聞いたバフジンさんは、頭痛をこらえるように額を押さえた。
「監査官が『危険なスキル』の使用を禁じたら、今度は『それと同等の威力を持つ、別の魔法』を開発した、だと? ……火に油を注ぐとは、このことだぞ」
「ですが、ギルドマスター」
ガレンさんが冷静に言った。
「これは『力の天秤』ではありません。規約違反にはあたらない」
「理屈の上ではな!」
バフジンさんが吠える。
「だが、あの監査官(クソ眼鏡)が、その『理屈』を認めると思うか? 『それは天秤の力を偽装したものだ!』と、さらに『こじつけ』てくるに決まっとる!」
「だから、試すんです」
私は、バフジンさんの目をまっすぐに見据えた。
「私たちが、監査官の目の前で、この『進化魔法』を使って、Aランク級の任務を達成します」
「……なに?」
「ヴァレリウス監査官は、『力の天秤』を『制御不能で危険なスキル』と決めつけました。……でも、この『進化魔法』は、私が完全に『制御』できる技術です。それを、彼に見せつけるんです」
「……面白い」
バフジンさんは、ニヤリとドワーフらしい笑みを浮かべた。
「あの監査官の目の前で、Aランク級の化け物を、お前たちの『新しい力』で倒してみせると。……奴の『こじつけ』が、いかに的外れだったか、ギルド中の冒険者の前で証明する、と」
「そういうことだ」エララさんが頷く。「私たちには、Aランクの『看板』を取り戻す必要がある」
「……よかろう」
バフジンさんは立ち上がった。
「お前たちの『こじつけ』が、王都の『こじつけ』に勝てるか、勝負だ」
私たちは、個室を出て、ギルドホールに戻った。
案の定、首席監査官ヴァレリウスは、酒場の隅のテーブルで、私たちを監視するように座っていた。
私たちがBランクの掲示板に向かうと、彼がわざとらしく声をかけてきた。
「おや、『アルテミス』の諸君。スキルを禁じられた『元・天秤の魔女』殿は、ゴブリン退治でもするのかな?」
周囲の冒険者たちが、息を詰めて私たちを見ている。
レオがカッとなって言い返そうとするのを、ガレンさんが手で制した。
「ギルドマスター」
ガレンさんは、監査官を無視し、カウンターのバフジンさんに声をかけた。
「Bランク依頼を一つ、受注したい」
ガレンさんは、掲示板から一枚の依頼書を剥がし、カウンターに置いた。
それを見たヴァレリウス監査官は、飲んでいた茶を噴き出しそうになった。
「な……! 馬鹿か、貴様ら!」
そこに書かれていた依頼は、こうだった。
『Bランク依頼:“霧の谷”のワイバーン調査』
『内容:谷に住み着いたワイバーン(成体)の生態調査。巣の場所の特定』
『備考:非常に凶暴な個体のため、戦闘は極力回避すること。……あくまで『調査』である』
「ワイバーンだと!?」
ヴァレリウスが立ち上がった。
「Aランク級のモンスターだぞ! 『力の天秤』も使わずに、どうするつもりだ! 死にに行く気か!」
「お言葉ですが、監査官殿」
私は、監査官に向き直り、静かに、だがはっきりと告げた。
「これは『Bランク』の『調査』依頼です。戦闘依頼ではありません」
「ぐ……」
「私たちは、Aランクの『戦闘』は禁じられました。ですが、Bランクの『調査』は禁じられていませんよね?」
私は、かつてのカイトのパーティーでは見せたこともない、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「それに……」
私は、自分の杖を握りしめた。
「私には、私が昔から使ってきた、優秀な『支援魔法』がありますから」




