第16話:絶望と「進化」の抜け道
首席監査官ヴァレリウスがギルドから去った後も、私たちは個室で重い沈黙に包まれていた。
『力の天秤』の使用禁止。
それは、Aランクの敵と戦うための、私たちの「心臓」を奪われたに等しかった。
「……これから、どうする」
ガレンさんが、重々しく口を開いた。
「アリアの『天秤』なしでは、Aランクの討伐はもちろん、アンデッドロードのようなBランク(仮)の化け物にも対抗できん」
「『分割』するって言っても……」
レオが、私の顔を心配そうに覗き込む。
「そんな器用なこと、本当にできるのか?」
「……わからない。でも、やるしかない」
私は、自分の両手を見つめた。
『力の天秤』は、私が意識して身につけたものではない。あのゴブリンチャンピオンとの戦い(第2話)で、仲間を守りたい一心で、本能的に「覚醒」した力だ。
それを、意思の力で「分割」する……。
コンコン、と控えめなノックの後、個室のドアが開いた。
ギルドマスターのバフジンさんだった。
「……小僧ども。話は聞いた」
彼は、ヴァレリウスが去ったカウンターの方向を、忌々しげに一瞥した。
「あの監査官(クソ眼鏡)、街の領主の屋敷に泊まるそうだ。マルクス伯爵と繋がっている領主だ……。お前たちが規約を破らないか、街ぐるみで見張る気だ」
「……っ!」
「他国へ高飛びするなら、裏の手配師を紹介するが……どうする?」
バフジンさんの言葉に、私は首を横に振った。
「私たちは、逃げません」
「……そうか」
バフジンさんは、どこか嬉しそうに頷いた。
「ならば、試す場所が必要だろう。お前たちの『抜け道』とやらを」
バフジンさんが私たちを案内したのは、ギルドの地下深くにある、Aランクパーティー専用の『魔力訓練場』だった。
分厚い防音壁と、魔力遮断の結界が張られた、巨大な空間だ。
「ここなら、あいつの監視の目も届かん。……何より、ここを使えるのは『Aランク(および保留中)』のパーティーだけだ。お前たちには、まだ使う権利がある」
「ありがとうございます、ギルドマスター」
バフジンさんが退室し、四人だけになる。
「さて、アリア」
ガレンさんが、私に向き直った。
「何を試す? 俺を実験台にして構わん」
「はい。……まず、私が言った『分割』ができるかどうか、試してみます」
私はガレンさんに向き合い、目を閉じて集中した。
(『力の天秤』……敵の力を『吸収』する部分だけ……!)
私は、スキルを発動させようとした。
だが――
「……っ!?」
ダメだ。
『吸収』しようと意識すると、同時に『変換』と『付与』のイメージまで、一つの流れ(・・・)として私の中に流れ込んでくる。
これは、私がコントロールできる「魔法」ではなく、もっと根源的な「スキル」……一つのパッケージなのだ。
「……無理、みたいです」
私は、膝から崩れ落ちそうになった。
「『力の天秤』は、『力の天秤』としてしか、使えない……」
「アリア!」
レオが、慌てて私の肩を支える。
「……そう、焦るな」
エララさんが、冷静に私を見た。
「アリア。あなたは、あのスキルが覚醒する『前』、何をしていたの?」
「前……ですか?」
「そう。カイトのパーティーで、『無能』と呼ばれていた時」
「あの頃は……敵の動きを遅くしたり、防御力を下げたり……」
「それを、今ここで、ガレンに使ってみなさい」
「……? はい」
私は、なぜ今それを、と思いながらも、ガレンさんに向かって杖を構えた。
「『脆弱化』!」
ガレンさんの全身が、一瞬、紫色の光に包まれる。
「うむ。確かに、鎧の隙間がスースーするような、嫌な感じだ。効いている」
「次に、私に『鋭化』を」
「はい! 『鋭化』!」
エララさんの剣が、淡い光を帯びた。
「……なるほどね」
エララさんは、満足そうに頷いた。
「ヴァレリウス監査官が禁止したのは、あくまで『力の天秤』という『スキル』。……これらの『支援魔法』は、禁止されていないわ」
「だが、エララさん」
レオが反論する。
「それだけじゃ、Aランクの敵には……」
「ええ。これ『だけ』じゃあね」
エララさんの目が、私を捉えた。
「アリア。『力の天秤』は、分割できない。……でも、あなたは、あのスキルがどういう『理屈』で動いているか、体で理解したはずよ」
「理屈……?」
「そう。『吸収』『変換』『付与』という、魔力の流れの『理屈』を。……あなたの、その古い支援魔法に、その『理屈』を応用できないかしら?」
私は、ハッとした。
『力の天秤』を「分割」するんじゃない。
私が元々持っている「魔法」を、『力の天秤』の理屈で「進化」させる……?
私は、もう一度ガレンさんに向き合った。
(さっきの『脆弱化』は、ただ、相手の防御力を下げるだけの魔法だった)
(でも、もし……アンデッドロードから魔力を『吸収』した、あの感覚を、この魔法に乗せたら……?)
「……いきます! 『脆弱化・改』――『吸収』!!」
私が叫ぶと、先ほどとは比べ物にならない、濃密な紫色の魔力がガレンさんに突き刺さった。
そして、ガレンさんの魔力の一部が、糸のように私に向かって流れ込んでくるのを、確かに感じた!
「ぐ……っ!?」
ガレンさんが、片膝をついた。
「馬鹿な……! 防御力が下がっただけじゃない。体力まで、ごっそり持っていかれた……!?」
「アリア……!」
「……やった」
私は、流れ込んできた魔力で、自分の魔力がわずかに回復するのを感じていた。
「これなら……これなら、『力の天秤』じゃありません! 私が元々持っていた、『脆弱化』の『進化魔法』です!」
ヴァレリウス監査官は、私の最強の武器を奪ったつもりだった。
だが、彼は間違っていた。
彼は、私が「進化」するための、最大のヒントを与えてくれたのだ。
「フン。面白いことになってきたわね」
エララさんが、Aランク昇格以来、初めて、心の底から楽しそうな笑みを浮かべていた。




