第15話:絶望の中の「抜け道」
首席監査官ヴァレリウスが、勝ち誇ったようにギルドホールから去っていく。
残された私たちは、ギルド中の冒険者からの、同情と好奇の視線に晒されていた。
「……アリア、立てるか」
レオが、呆然と立ち尽くす私の腕を引いた。
「……うん」
「……ギルドマスター。奥の個室を借りる」
「……ああ。好きに使え」
バフジンさんは、まるで自分が殴られたかのように、苦々しい顔でカウンターの奥に消えていった。
私たちは、酒場の喧騒から離れた個室に入り、重い扉を閉めた。
テーブルを囲んでも、誰もすぐには口を開けない。
私から、『力の天秤』を奪う。
それは、『アルテミス』から翼をもぎ取ることに等しかった。
「……ふざけやがって」
最初に沈黙を破ったのは、レオだった。
彼は、テーブルを拳で殴りつけた。
「スキル使用禁止だ? 王都の貴族が、なんでアリアの力に指図できんだよ!」
「それが『権力』だ、レオ」
ガレンさんが、重々しく腕を組んだ。
「ヴァレリウス監査官は、ギルドの規約を逆手に取った。俺たちが『アンデッドロード』という実績を叩きつけたからこそ、『それ(実績)は危険なスキルの暴走によるものだ』という『こじつけ』を正当化しやすくした」
「じゃあ、どうするのよ!」
レオが立ち上がる。
「このままじゃ、アリアは『無能な魔法使い』に戻っちまう! Aランクの依頼どころか、Bランクの依頼だって……!」
「……逃げるか」
エララさんが、静かに、だが真剣な目で私たちを見た。
「え?」
「この国を、よ。レオの言う通り、王都の貴族(伯爵)が、この国のギルド本部に影響力を持っているなら、この国にいる限り、私たちは正当な評価を得られない」
エララさんの指摘は、的を射ていた。
「他国へ……ですか?」
「ああ」ガレンさんも頷く。「西の共和国連邦は、王制を敷いていない。ギルドの独立性も高いと聞く。そこで再出発するのも、一つの『対策』だ」
「……」
他国へ。
それは、全てを捨てて、あの忌まわしい伯爵の支配から逃れる、最も確実な方法に思えた。
「……嫌、です」
私がそう呟くと、三人が驚いて私を見た。
「アリア?」
「私、逃げたくありません」
私は、震える拳を握りしめた。
「ここで逃げたら、レオの言う通り、私が『無能な魔法使い』だって、ヴァレリウス監査官の『こじつけ』が正しかったって、認めることになっちゃう」
「だが、アリア」レオが焦ったように言う。「お前の『天秤』がなきゃ、俺たちは……!」
「『天秤』が使えないなら、使わなくても戦える方法を、探します」
私は、仲間たちの顔をまっすぐに見据えた。
「カイトのパーティーにいた頃、私は『力の天秤』のことなんて知りませんでした。ただ、『威力が低い』と言われたから、攻撃魔法じゃない、別の魔法をずっと研究していました」
「……別の、魔法?」
「はい。敵の動きを遅くする『鈍足』。防御力を下げる『脆弱化』。そして……」
私は、自分の手のひらを見つめた。
「ヴァレリウス監査官は、『力の天秤』という『スキル』を禁止しました」
「……ああ」
「彼は、私のスキルを『敵の力を奪い、味方に与える、危険な複合スキル』と認定しました」
「……それが、どうした?」
「もし……もし、私が、その『複合』を、バラバラにしたら?」
「「「?」」」
私は、必死で頭を働かせた。
『力の天秤』は、敵から力を「吸収」し、私の中で「変換」し、仲間に「付与」するスキル。
あの監査官は、その『一連の流れ(・・・・)』を禁止したのだ。
「もし、私が、敵の力を『吸収するだけ』の魔法を使ったら?」
「……?」
「あるいは、仲間の力を『強化するだけ』の魔法を使ったら?」
私は立ち上がった。
「それは、『力の天秤』という『スキル』の使用には、あたりませんよね?」
個室が、静まり返った。
ガレンさんが、エララさんが、目を見開いて、私の言葉の意味を反芻している。
「……なるほど」
エララさんが、凍えるような笑みを浮かべた。
「『こじつけ』には、『こじつけ』で返す、か」
「どういうことだ、エララさん!」
「レオ」
ガレンさんが、興奮を抑えるように説明した。
「監査官は『力の天秤』という『スキル名』を禁止した。だが、アリアが昔から使っていた『支援魔法』や『妨害魔法』は禁止していない」
「ああ」
「アリアの『力の天秤』は、そのバフとデバフが、異常なレベルに進化したものだ。……だが、もし、アリアが『これは天秤のスキルじゃない。私が昔から使えた、ただの弱体魔法だ』と言い張ったら?」
例えば、アンデッドロードから魔力を『吸収』したあの時。
あれを「『天秤』で吸収した」のではなく、「『魔力吸収』という別の魔法だ」と主張したら?
ヴァレリウス監査官には、それが『天秤』の力の一部なのか、アリアが元々持っていた別の魔法なのか、見分ける術がない。
「……できるのか、アリア?」
レオが、期待と不安の目で私を見る。
私は、深く息を吸った。
「……やってみます。私のスキルを……『分割』します」
「賭けだな」
ガレンさんが、重々しく言った。
「だが、あの伯爵に屈して他国に逃げるより、よほど『アルテミス』らしい」
「フン。上等よ」
エララさんも立ち上がる。
「王都の監査官様が、どれだけ私たちの『こじつけ』を見破れるか、試してあげましょう」
私たちは、Aランクの看板も、最強のスキルも失った。
だが、私たちは、絶望の中で、最も厄介な「抜け道」という武器を手に入れたのだった。




