第14話:監査官の「こじつけ」と「使用禁止」の枷
「監査官殿。王都の『ルール』では、この『実績』を、どう処理するおつもりだ?」
ギルドマスター、バフジンさんの挑戦的な言葉と、カウンターに突き立てられた『アンデッドロードの杖』。
Aランクモンスター討伐という、誰にも否定できない「実績」を前に、ギルドホールは「これで監査官も黙るだろう」という期待の静けさに包まれた。
首席監査官ヴァレリウスは、その杖から放たれる禍々しい魔力に一瞬たじろぎ、鼻眼鏡の奥の目をカッと見開いた。
彼の顔は、驚愕から屈辱へ、そして――冷たい怒りへと変わった。
「……なるほど」
ヴァレリウスは、杖には触れず、その周囲を神経質に歩き回った。
「確かに、これはAランクモンスター『アンデッドロード』の魔杖。……見事な戦果だ。Bランク(仮)のパーティーが、Aランクの化け物を倒した」
彼は、そこで言葉を切ると、侮蔑するように私たちを振り返った。
「――だが、ギルドマスター。あなたも、この『アルテミス』の諸君も、根本的な勘違いをしている」
「……なんだと?」
「私がここに来たのは、彼らの『強さ』を測るためではない。彼らがAランクにふさわしい『安定性』と『規律』を持っているかを『監査』するためだ」
ヴァレリウスは、私、アリアをまっすぐに指さした。
「この『実績』は、彼らがAランクにふさわしいという『証拠』にはならない! むしろ、彼らが『危険』であるという、何よりの『証拠』だ!」
「「「!?」」」
予想外の、まさに「こじつけ」だった。
ギルドホールが、今度こそ困惑のどよめきに包まれる。
「どういう意味だ、ヴァレリウス監査官!」
レオが、怒りを抑えきれずに前に出た。
「そのままの意味だ、双剣使い!」
ヴァレリウスは、甲高い声で一喝した。
「報告によれば、このアンデッドロードは二体の『デスナイト』を従えていた。Aランクモンスター1体に、B+ランクの護衛が2体。……これを、たった四人で、しかも一晩で討伐した。正攻法では、Sランクパーティーでもない限り不可能だ!」
彼は、勝ち誇ったように私を睨みつけた。
「つまり、君たちは、この危険な敵を前に『賭け』に出た! 君だ、アリア! 君が、マルクス伯爵が危険視していた、あの『ユニークスキル』を、制御もできずに『暴走』させたに違いない!」
「なっ……! 違います!」
私は、思わず叫んだ。
「私のスキルは暴走なんか……!」
「黙れ!」
ヴァレリウスは、私の言葉を遮った。
「敵の魔力を吸収し、属性さえも変換する……。報告にあった通りの、常軌を逸した力だ。そんな『規格外の力』に頼らなければ、君たちはこの程度の敵(にも勝てない。違うかね?」
彼は、私たちの戦い方を「力任せのゴリ押し」であり、「Aランクの戦術とは呼べない、危険な力技」だと断じたのだ。
「君たちの『実績』は、全てその『不安定なスキル』という砂上の楼閣に過ぎん。そんなものがAランクなど、笑わせる。ギルドの『格付け』とは、依頼主の安全と確実な任務遂行を保証するものだ。……君たちには、その『保証』ができない!」
「そ、そんな……」
「……やられた」
エララさんが、悔しそうに唇を噛んだ。
「私たちの『勝利』そのものを、『危険性の証明』にすり替えられた……!」
ヴァレリウスは、満足そうに頷くと、ギルドマスターのバフジンさんに向き直った。
「ギルドマスター。王都監査局・首席監査官として、ここに『暫定処置』を通達する」
彼は、羊皮紙を取り出し、高らかに宣言した。
「第一。パーティー『アルテミス』のAランク昇格『保留』措置は、継続とする」
「「……っ!」」
「そして、第二。監査局は、魔法使いアリアのユニークスキル『力の天秤』を、『管理外の危険スキル』として認定する。――よって、王都宮廷魔術師団による『安全性』の査察が完了するまでの全期間、アリアに対し、当該スキルの『一切の使用』を『禁止』する」
「な…………!」
それは、私たち『アルテミス』にとって、死刑宣告にも等しいものだった。
ガレンさんの鉄壁も、エララさんとレオの連携も、全ては私の『力の天秤』という「要」があってこそ、Aランクと渡り合えていたのだ。
「待て、ヴァレリウス!」
ガレンさんが、さすがに声を荒らげた。
「冒険者のスキル使用を、ギルドが禁止する権限など……!」
「あるのだよ、ガレン」
ヴァレリウスは、冷酷に笑った。
「ギルド規約第11条。『街および依頼主に、明確な危険を及ぼす可能性のある管理外の能力は、ギルドマスター、または監査局の判断により、その使用を制限できる』。……違うかね、バフジン殿?」
「ぐ……っ」
バフジンさんは、自分のギルドの規約を持ち出され、反論できずに歯噛みした。
「スキルを封じられた魔法使い、か」
ヴァレリウスは、絶望する私を見て、初めて心からの笑みを浮かべた。
「これで、君たちも身の程を知るだろう。『天秤の魔女』? 笑わせるな。お前は、ただの『無能な魔法使い』に戻っただけだ」
カイトに言われた、あの言葉。
マルクス伯爵とヴァレリウスは、私からAランクの看板だけでなく、私の『力』そのものまで奪い去った。
「さあ、諸君」
監査官は、私たちに背を向けた。
「その『Bランク』依頼の報酬でも、受け取るがいい。……それが、今の君たちにふさわしい」




