第10話:Aランクの洗礼と「四人」の答え
「――お前たちが、この街で、二度とまともに冒険者活動ができなくしてやる」
マルクス伯爵の捨て台詞は、ギルドホールに重く響いていた。
私たちがAランク掲示板の前で顔を見合わせていると、ガレンさんが「やれやれ」と首を振った。
「カイトの次は伯爵様、か。……だが、アリアの言う通りだ。奴の妨害が王都からこの街のギルド支部に届くまでには、時間がかかる」
「その通りね」
エララさんが、掲示板の一枚を指さした。
「政治的な圧力がかかる前に、私たちがあの伯爵の『口出し』など無意味だと知らしめる、圧倒的な『実績』を作ればいい」
レオが、エララさんが指した依頼書を見て、ニヤリと笑った。
「……おいおい、マジかよ、エララさん。正気か?」
そこには、私たちが先ほどまで眺めていた依頼書があった。
『Aランク依頼:グリフォンの群れ 討伐』
『場所:断崖山脈』
『内容:交易路を脅かすグリフォンの群れ(最低12体以上確認)及び、そのリーダー個体の討伐』
『推奨人数:10名以上の、Aランク連携パーティー』
「推奨10名……。私たち、四人ですよ?」
「だから、いいんじゃないか」
レオは、双剣の柄をコン、と叩いた。
「四人で10人分の仕事をすりゃ、誰も文句は言えねえだろ」
「うむ。いいだろう」
ガレンさんも頷く。
「Aランクとしての最初の仕事だ。派手にやろうじゃないか」
「……はいっ!」
私たち四人は、その依頼書を剥がし、カウンターへ持っていった。
ギルドの受付嬢は、私たちが四人でそれを受注するのを見て、顔を引きつらせた。
「あ、あの……『アルテミス』の皆さん? この依頼は、タンク役が最低でも3名、後衛の火力・支援も複数名必要な、大規模討伐任務ですが……」
「問題ない」
ガレンさんは、銀色のAランクプレートを見せ、短く告げた。
「俺たちを、誰だと思っている?」
……。
断崖山脈は、その名の通り、鋭く切り立った岩肌が続く難所だった。
交易路から外れた山頂近く、風が吹きすさぶ広大な岩棚に、奴らの巣はあった。
「……来たぞ! 数は13!」
レオの見張りの声と同時に、空気を切り裂く甲高い鳴き声が響き渡った。
空を覆い尽くすほどのグリフォンの群れが、私たち四人を獲物と認め、一斉に滑空してくる。
「アリア、結界を!」
「はい! 『広域防御結界』!」
私の魔法が、私たち四人を包むドーム状の結界を展開する。
直後、10体以上のグリフォンの突撃が結界に叩きつけられ、バキバキと音を立ててヒビが入った。
「ぐっ……! 一撃が重い……!」
「アリア、結界の維持に集中しろ! 他は俺たちがやる!」
ガレンさんが、結界の前面に立ち、塔盾を構える。
「エララ、レオ! 結界の内側から、数を減らすぞ!」
「「応!!」」
グリフォンたちが、結界を破ろうと爪を立て、クチバシを叩きつける。
その、結界に張り付いたグリフォンに対し、結界の内側からエララさんの剣閃が走る。
「『真空刃』!」
「『疾風』!」
レオも、双剣から風の刃を飛ばす。
結界の内側からの反撃に驚いたグリフォンたちが、一度距離を取ろうと上空へ舞い上がった。
「……アリア、あの中の一体、ひときわデカくて、頭の毛が赤い奴がいる!」
レオが指さす。
「あれが、アルファ(リーダー)だ!」
アルファ個体は、他のグリフォンより一回り大きく、その動きも遥かに素早い。
「グギィィィィィアアア!!」
アルファが号令をかけると、グリフォンたちは再び陣形を組み直し、今度は四方八方から、時間差で攻撃を仕掛けてきた。
「まずい! 全方位から来ます!」
「ガレン、正面を頼む!」
「任せろ!」
ガレンさんが正面の3体を受け止めるが、左右と背後から、残りのグリフォンが襲いかかる。
「こっちも引き受ける!」
エララさんとレオが、左右に散開し、それぞれ数体を相手取る。
Aランクのベテラン二人と、カイトの元でBランクの激戦を潜り抜けてきたレオの実力は本物だ。三人は、自分より数の多いグリフォンを、一歩も引かずに捌いてみせる。
だが、敵の数が多すぎる。
そして、最強の「アルファ」が、私を狙って上空から急降下してきた。
「アリア!」
「大丈夫!」
私は、アルファの動きを冷静に見据えていた。
(あなたが、カイトやマルクス伯爵と同じ……『力』を過信する『リーダー』ね!)
私とアルファの目が合う。
アルファが、私を確実に仕留められると確信した、その距離で。
「――『力の天秤』!!」
私のスキルが、アルファ・グリフォンに命中した。
そして、私が奪ったその「力」の譲渡先に選んだのは――
「ガレンさん!!」
「なっ……!?」
アルファが、急降下の勢いを失い、羽ばたきが弱々しくなった。
それと同時に、最前線で三体のグリフォンを押しとどめていたガレンさんの全身が、凄まじい魔力で輝いた。
「おおおおおっ!?」
ガレンさんの体が、アルファ・グリフォンの『怪力』と『飛行能力(の一部)』を得て、信じられない力で膨れ上がった。
「これが、アリアの『力』か!!」
ガレンさんは、自分に襲いかかっていた三体のグリフォンを、巨大な塔盾で、まるで紙切れのように殴り飛ばした。
「グギャ!?」
「今だ、アリア!」
「はい! 『重力牢』!」
力が弱まり、飛行が不安定になったアルファ・グリフォンの真下に、強力な重力魔法陣を展開する。
アルファは、抵抗もできずに岩棚に叩きつけられた。
「「そこだ!!」」
エララさんとレオが、自分の相手を振り切り、動けなくなったアルファの首筋と心臓に、寸分違わず剣と双剣を突き立てた。
リーダーを失い、最強のタンク(ガレンさん)が暴れ回る戦場で、残ったグリフォンの群れは、完全に統率を失った。
「……ふう」
十分後。
岩棚には、13体のグリフォン全てが、素材となって転がっていた。
「……四人で、10人推奨依頼、か」
レオが、血振りをしながら笑う。
「案外、いけるもんだな」
「アリアの『天秤』が、戦局の『要』だったな」
ガレンさんが、興奮冷めやらぬ様子で腕を鳴らした。
「フン。Aランクの洗礼としては、上出来ね」
私たちが、13体分のグリフォンの素材(主に魔石と風切り羽根)をギルドに持ち込んだ時、Aランクのベテランたちが集う酒場が、凍りついた。
「……おい、嘘だろ」
「“断崖山脈”のグリフォンを、全部?」
「四人で……?」
私たちは、Aランク昇格後、最初の依頼を、誰もが不可能と思う形で達成して見せた。
『アルテミス』の名は、そして『天秤の魔女』アリアの二つ名は、もはや疑いようのない「伝説」として、この街に刻み込まれた。
だが、その時。
私たちが報酬を受け取ろうとカウンターに向かうと、ギルドマスターのバフジンさんが、苦虫を噛み潰したような顔で、奥から出てきた。
「……『アルテミス』。よく、戻った。……戻った、ところですまんが……」
ギルドマスターは、一枚の羊皮紙を私たちに見せた。
そこには、王家の紋章――『金獅子』の蝋印が押されていた。
「王都のギルド本部から、お前たちに関する『通達』が、たった今、届いた」
マルクス伯爵の妨害は、私たちが思っていたよりも、ずっと早く、陰湿な形で始まっていた。




