新米女神とおっさん、おもてなす
ぎりぎり間に合った!!
「きゅるきゅる~」
「きゃわきゃわ~」
本日も神代亭は通常営業。
ランチタイムのみ店を開けて、営業終われば自由時間。
「ねぇ、何やってるの?」
悟志はゴン太の散歩に行き、来栖は消耗品の買い物に。
先に帰ってきた来栖を迎えたのは、普段とは違った服を着て、歌いながら踊る乃亜と桃叶の姿だった。
「あっ、くーさん。くーさんも踊りましょう?」
来栖の声掛けに反応した桃叶が誘うと
「だったら三人フォーメーションができるね! くるぴゃんのも衣装用意してあるよ! くるぴゃん、やろ!」
と乃亜が近付く。
「いや、だから~……井戸の前でなんで踊ってるのって聞いてるんですけど!」
話を聞かない二人に呆れつつも、なんだかんだ付き合う来栖。
まずね、手をこうしてね……
次にこうなのです!
なんて教わっていると悟志たちが帰ってくる。
「ただいま~。みんな何やってんの?」
『乃亜殿が練習してたやつか?』
首輪につけていたリードを外されると、てしてし歩いて三人に近付くゴン太。
桃叶がゴン太を撫でようとするとひょいとよけて小屋の中へ。
「むぅ、ゴン太様が撫でさせてくれません……」
『犬と言っても神だぞ? 気軽に触れられると思うなよ……』
「神代さんはいつも頭撫でたり、おなかもふもふしたりしてるじゃないですか~!」
『当たり前だろ~。悟志は俺の主だぞ? 神になったってそこは変わんないぞ』
なんてやり取りをする横で、乃亜は興奮した様子で悟志に答えた。
「憧れていた大舞台に立てるんです! 毎年、精霊から下級神になったばかりの新人がですね。他の神様と眷属にお披露目される催しがあるんですけど。今回、ジップっていう音楽関係の上級神さまたちが研鑽する場所でやらせてもらえることになって! 精霊のころから憧れていたところなんでもうじっとしてられなくて!」
「へー、そうなん。ならあれだね。それ終わったらお疲れ様のごはん会でもしようか」
「えっ、いいんですか!?」
と盛り上がっているところにやってきたのは乃亜の上司にして、悟志の守り神その一、プラム様。
「おー、みんな揃っとるとは珍しいの。ノアール、なんじゃその恰好は」
普段店に出る時や、街で遊ぶ時とは違う、きゅるきゅるきゃわきゃわとした服を興味深そうに見るプラム様。
「今度のお披露目会に出る時の衣装ですよ! プラム様の眷属ですからね、気合入れちゃいました!」
胸を張ってそう言う乃亜に対して、少し驚いたプラム様が言ったのは衝撃の一言だった。
「ん? 何を言っとるんじゃ。ノアール、お主はそれを見る方じゃぞ? お主も上級神なんじゃから」
「……えっ?」
「いや、だから。お主は上級神なんじゃから出る側じゃなくて見る側じゃって」
「え? 待ってください? 私、下級神じゃない? え? 精霊から眷属になったから下級神じゃない?」
乃亜のその一言に何かを察したプラム様。
確認するかのように、乃亜に尋ねる。
「ノアール、お主もしかして精霊が眷属になったら等しく下級神からじゃと思っとるのか?」
「そうじゃないんですか?」
「んなわけなかろう。位階には大位階と中位階、小位階があるのは知っとろう?」
ここで突然始まるプラム様の神界の階級についての話。
やりとりをなんとなく見ていた悟志たちも興味深そうに話を聞き出す。
「はい。大位階が管理神、特級神、上級神って分かれて。中位階として、その中でも上中下に分けられて、さらに小位階で高い順に一、二、三になるんですよね?」
「ちゃんと覚えとったようじゃな。偉いぞ、ノアール。あのな、精霊が眷属になる時。最初の位階は眷属となった神の大位階二つ下になるんじゃ。じゃから眷属を持てるのが上級神からでの。特級神になると配下に上級神がおるで、眷属を持つ必要がない。その上の管理神たるわっちならなおさらじゃ。勘違いするのも仕方ない話ではあるが。ちなみにお主の正式な位階は上級神、中の三じゃ。悟志をしっかり守るためにも上の一に据えたかったんじゃが。特級神たちがそれはやりすぎじゃと騒ぐもんでの」
「うわっ……私の位階、高すぎ……!」
この一言でオチがついたのか、ふふふと笑いあって裏口へと向かうプラム様と乃亜。
意外と偉い人だったのですね、のあさん。
私はもっとすごいんですけどー!
悟志―、はらへった。
はいはい、じゃあみんなもメシにしようかね。
なんてやり取りをしつつ、それに続く悟志たち。
この位階がちょっとした騒ぎになることを、乃亜はまだ知らない。
「ノアール、いるかな……」
お披露目当日、新人下級神たちが集まる部屋で独り言つ乃亜の同期、サクラ。
サクラ・アップリバーとノアール・シロップサワーは仲のいい友人だった。
一緒に芝居神の眷属になることは叶わなかったが、きっと誰かの眷属になってここで会える。
そう信じて、今まで頑張ってきた。しかし、ノアールの姿はない。
もしかして、誰からも声がかからなかったのかな……。
精霊のままなら……、客席を探すしかない。
一目会いたい、そう願ってサクラは自分の出番を待った。
そして、出番を迎えて見渡した客席。そこに友人の姿はなかった。
どこ? どこなの? その焦りがミスを生む。
些細なミス、されど偶然とはいえ、サクラが自信を持っていたところでのミス。
なんとか最後まで出番を乗り切ったが、サクラの心はボロボロだった。
一方その頃、乃亜ことノアールは……
「あっ、サクラだ!」
精霊や中級神、下級神たちのいる席ではなく、上級神、特級神用の席でプラム様と友の出番を眺めていた。
「お主の友人か?」
「はい! スクールのころから仲良くて!」
「この前悟志に教わったハヤシライスとやらを食わせたかった相手か」
「そうなんです。あの日家に寄ったんですけどいなくて」
なんて話をしながら見ていたが、どうもサクラの様子がおかしい。
何か焦っている? 心配しながら見ていると気付いた些細なミス。
そこから少し調子を崩しているのがわかる。
出番が終わるのを見守ると、いてもたってもいられず席を立った。
「プラム様、すいません。私ちょっと行ってきますね」
「おうおう、なんなら友人連れて先に帰るとええ。悟志のメシとソーマがあればたいていの嫌なことは飛ぶぞ?」
君のような勘のいい上司は大好きだよ。
最近見始めたアニメの影響を受け、名セリフをもじって思う乃亜。
ぺこりと頭を下げると客席から出ていった。
「サクラ!」
控室で落ち込むサクラを見つけると、声をかける乃亜。
「ノアール! ずっと客席探してたんだよ? どこにいたの? 何してたの?」
客席にいなかった友人が、しっかりとした正装で目の前にいる。
ああ、来てくれたんだ。もうちょっと早かったらミスしなかったのかな?
だめだめ、間に合わなかったとしても来てくれたんだから。
そう思ってはいても聞かずにはいられない。
「えっ、焦ってたのってもしかして私探してたの?!」
「なんで焦ってんのわかるの?! え、見てたの? そうだよ、ノアールを探して焦ってミスしちゃったんだよ!」
「あ~、ごめんごめん! 私ちょっとみんなとは別のところで見てたから……」
言うべきか言わざるべきかそれが最大のいわば問題だ。
実は私上級神なんです……。無理!
適当に誤魔化そうとした次の瞬間だった。
「上級神ノアール・シロップサワー様、管理神プラム様より伝言です! わっち、腹減ったから悟志の家行っとる。繰り返します、ノアール・シロップサワー様、プラム様より腹が減ったから悟志の家に行っとる。です!」
メッセンジャーの下級神が大声で控室に向かってそう言うのが聞こえた。
途端にざわつく室内。
それもそのはず、ここには基本的には乃亜の同期しかいないのだから。
「ノアール? プラム様? 上級神?」
伝言の内容が理解できずにいるサクラ。
そんなサクラに乃亜はこう言った。
「とりあえず……ごはんいかない?」
「なるほど、そういうことか」
「そういうことみたいじゃの」
乃亜がサクラを連れて神代亭へ戻ると、夕食がちょうど終わったところだった。
今日の夜は鍋。締めには邪神たっての希望でうどん。
さて、何を作って出そうか。
そう考えていると、乃亜が悟志におずおずと切り出す。
「あの、悟志さん。厨房借りてもいいですか? いつか食べてほしかったハヤシライスを作ってあげたくて……」
乃亜のお願いに悟志は快く承諾する。
「もぉちろんいいよぉ~。じゃあ俺は何か他のでも作ろうか」
「ありがとうございます!」
そうして二人は連れ立って厨房へと向かった。
その様子を見ているサクラ。
そんなサクラにプラム様が声をかける。
「お主、サクラとか言ったの。いつまでも立っとらんとそこ座れ」
「は、はい!」
慌てて神代亭のカウンター席に座るサクラ。
乃亜が作業台で野菜を切っているのがよく見える。
「乃亜、ごはん作れたんだ……」
「わっちの愛し子を守るためにこの世界に住んで、愛し子とこの店をやっとるでの」
そこから説明を受けるサクラ。
自分も頑張ってたつもりだけど、ノアールに比べたらまだまだかなぁ。
なんて思っていると、サクラたちの前に皿が差し出される。
「とりあえず一品どうぞ。あ、井戸水も」
プラムの愛し子、神代悟志が差し出した皿に乗っていたのはチャーシューで、コップに入っているのは汲んだばかりの井戸水だった。
「おっ、チャーシュー! それに井戸水、これは原液かの! 最高品質のソーマなんてわっちにもなかなか出さんというのにこういう時だけもう!」
慣れた様子で箸を手に取り、チャーシューにかじりつくプラム様。
それにつられてサクラもフォークでチャーシューを刺して一口。
やわらかい。おいしいお肉。コップに入ったソーマを一口飲めば、目が覚めるような爽やかさと程よい甘さ。
しばし堪能しているとお盆を持って乃亜がやってくる。
「お待たせしました、ハヤシライスです」
かしこまってそういう乃亜が持つお盆。
そこには同じ料理が入った皿が二つ。
「じゃ、厨房のものは何使ってもいいけど片付けだけしといてね。俺たちは部屋に戻るからゆっくり話すといいよ」
悟志とプラムはそう言って店内から家へと戻っていく。
ありがたいなぁ……。
「ねぇ、食べてみて?」
乃亜がサクラにそう言うと、サクラはスプーンですくって一口。
玉ねぎのシャキシャキ感と肉の甘さ。そこにルーが絡まって、非常においしい。
こんな料理ができるなんて……。
「これおいしい!」
「でしょ? 意外と簡単に作れるんだよ?」
このやり取りがきっかけで、今までの空白を埋めるかのように二人は話すことに夢中になる。
気付いた時には深夜。泊っていきなよ、と乃亜の部屋で一緒に眠るのであった。
「だからプラム様が朝からいるんですね~」
朝、いつもの朝食風景。
桃叶が食べているのは温めたデニッシュに生クリームを乗せて、さらにマロンクリームもデコレーション。
そこに抹茶パウダーを振りかけたもの。
「これ美味しいのです、シロノ……」
「それ以上はいけない!!」
何故か嫌な予感がしたプラム様が慌てて止めると、階段から誰かが下りてくる音が聞こえる。
「みんなおはよー!」
ふりふりの衣装に身を包んだ来栖が座敷にやってくると、悟志と桃叶がぽかんとする。
「のう、クルエ……来栖よ。お主なんでそんな服着とるんじゃ」
「え? 今日は~ハロウィンでしょ? コスプレしなきゃね!!」
「千年前に封じられた邪神が現代にモロかぶれとるんじゃが?!」
プラム様と来栖のやり取りを眺めていると、いつの間にか桃叶は学校へ。
どう反応したらいいものかと悟志が迷っていると、来栖が悟志の元へ。
「悟志くん、トリックオアトリート! お菓子くれなきゃ呪っちゃうぞ!」
「それは困るなぁ」
なんて言いつつ、冷蔵庫から取り出したのはプリン。
「わー、すごい! もしかして私たち?」
プリンにホイップクリーム、桃、とあるお菓子にくるみを盛りつけたものを差し出す悟志。
「これなら許してあげる~! あ、でもね?」
「ん?」
「他の子に構うのもいいけど、私のこともちゃんとちゅーもくしてよね!」
次回は来栖、くるる様、くるぴゃん回でごんす。




