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男飯食堂、神代亭へようこそ!  作者: 一之瀬 葵翔


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6/8

少女とおっさん、深夜に二人で

気運転換に書いた。

今回ちょっと短いです。

「んっ……」


 眠れない。明日から学校だというのに。

 雪村桃叶、十七歳。高校三年生。

 日曜日を来栖、乃亜と過ごし、朝からはしゃぎまわった身体は疲れているはずなのに。

 神経が冴えわたり、なかなか寝付けない。

 眠気はある、確かにあるのに。


「お水飲むのです……」


 ぽつりと呟くと、ベッドから抜け出し上着を羽織って、部屋から出ていく。

 来栖や乃亜の部屋からは穏やかな寝息。

 暗い廊下、まるでこの世に一人きりのような錯覚。

 しかし、一人じゃなかった。

 階段を降りようとすると、一階のどこかに明かりが灯っている。

 誰だろう? まさか泥棒? 恐る恐る下に降りると、キッチンに悟志がいた。


「神代……さん?」


 桃叶が悟志に声をかけると、悟志はゆっくりと振り向いた。


「あれ? 桃叶ちゃん、こんな遅くにどした?」


「……なんか眠れなくて、お水を飲みに来たのです。神代さんは何をしてるんです?」


「ああ、俺はこいつを使って明日の朝ごはんでも作っとこうと思ってね」


 そういうと悟志はまな板の上に置いたものを見せる。


「これは……フランスパンのサンドイッチです?」


「そうそう、夜みんな出先で食べたでしょ? 俺は肉焼いて食べたんだけど。久しぶりにバターロール食べたくなってさ。パン屋行ったら、おまけだよってもらったんだ。これでサンドイッチ作って、玉ねぎとコーンでコンソメスープ。どう?」


 どう? こんな時間にそんな美味しそうなもの見せるな。

 桃叶の偽らざる感想である。なんて答えようか迷ったその瞬間。


 くぅ~……


 キッチンに響く桃叶の腹の音。

 恥ずかしそうに俯く桃叶。それを見た悟志はふっと笑う。


「こんな遅くにうまそうなもん見て、腹が減らないわけないか。しゃーねぇ、今日だけ特別な?」


 普段は座敷で食事をとるが、試作品を食べるためにキッチンには小さいテーブルと椅子がひとつ。

 その椅子を引いて、桃叶にこう言った。


「ほら、座りな? こんな夜にぴったりなもん、食わせちゃる」





 悟志の言葉に大人しく従った桃叶は、悟志の後姿を見つめる。

 鍋に牛乳を入れ、温めだす。

 ホットミルク? 子供じゃないのです! そう抗議しようと立ち上がった桃叶。


「ホットミルクじゃないぞ~」


「ぴゃいっ!」


 心でも読んだかのような悟志の言葉に、変な声が出てしまう。

 桃叶のそんな様子を気にせずに、悟志は言葉を続ける。


「気になるなら見に来ていいよ」


「そうするのです」


 いそいそと悟志の横に向かう桃叶。

 鍋に入った牛乳、そこに入れたのは紅茶のティーバッグだった。


「ミルクティー……です?」


「これは……、どっちかっていうとチャイ。牛乳と一緒に煮だすんだ。スパイス入れるマサラチャイってのがあるんだけど、今回は夜も遅いしやめとく。本来の作り方とは全然違う、どちゃくそ甘いチャイ」


 冷たい牛乳にティーバッグを入れて中火でゆっくりと温める。

 コンロの横、まな板に置かれたサンドイッチ。

 その横にあった切れ端。と言っても大きめのフランスパン。

 切れ端と言いつつも、一食、二食分くらいはあろうか。

 それを食べやすいサイズに切り、オーブントースターのトレイの上に並べる。


「た~しか、こっちにあったはず」


 ぱたぱたと厨房へ向かうと、冷蔵庫の扉を開けてごそごそ物色。

 目当てのものを取り出すとオーブントースターの前に戻る。


「こいつをだばぁ」


 ピザ用のシュレッドチーズ、これをフランスパンの切れ端に盛っていく。

 そして、扉を閉じてタイマーをセット。


「わや~……こんな時間にいいのでしょうか?」


 桃叶が思わずこぼす言葉。それに悟志は笑って答える。


「毎日やってたらさすがにダメだけど。たまにはいいんだよ」


「私、こんな夜遅くに何かを食べるなんて初めてなのです」


「そっか。色んなこと、経験していけばいいよ」


 二人を起こさないように、小声でひっそりと会話する悟志と桃叶。

 鍋の牛乳の色が変わり、ふつふつと沸いてくる。

 悟志はここでティーバッグを取り出して、砂糖をどさっと入れる。

 お玉でかき混ぜて、砂糖を溶かす。

 するとオーブントースターの音がチンと鳴る。


「あ、そっちもできたみたい」


 鍋から桃叶用に悟志が買った水色のマグカップへできたチャイを注ぐ。

 それを持ちながら、あらかじめ用意してあった皿を反対の手で持ち、マグカップをテーブルへ。

 皿を持ち換えて、利き手でオーブントースターの扉を開けるとそこにはチーズがしっかりと溶けたパン。

 あつっ、っと小声で呟きながらそれを皿に乗せて、二切れあるうちの一切れには軽く塩を振る。

 もう一切れには……


「はちみつなのです……!」


 はちみつをとろり。

 静かに興奮した桃叶を手で促し、椅子に座らせる。


「さ、深夜の背徳メシ。召し上がれ」


 笑顔でそういう悟志。

 桃叶は知っている。深夜お腹を空かせた来栖や乃亜が、たまたまトイレなどで起きた悟志に出くわすと、何か食べさせてもらっていることを。

 来栖はうどん、乃亜はインスタントラーメンのアレンジなど手早くできる麺類であることが多いのだが。

 それでも桃叶はうらやましかった。

 今日はどうだろうか。

 余りもののアレンジレシピとはいえ、飲み物はなかなかに手間がかかっている。

 自分だけの特別、なんだか嬉しくなった。


「いただきまーす……」


 小声で手を合わせてそういうと塩味を一口。

 カリッ、サクッ。チーズの柔らかさと、パンの固さ。しょっぱさ。

 それが混ざって絶妙なバランスを生んでいる。

 塩辛い口を癒すために、チャイにふうふうと息を吹きかけて冷まし、これも一口。

 悟志の言ったどちゃくそ甘い、に偽りなし。

 本来なら茶葉を水から煮だして、ゆっくりと茶葉を開かせたあと牛乳を入れて砂糖を入れたりするのがチャイのレシピなのだが。

 男飯食堂、男飯にそんな繊細さはいらねぇと、鍋に牛乳とティーバッグを入れて温めて、ふつふつ沸いたらティーバッグ取って砂糖ぶち込む。

 シンプルなレシピにしてしまった。

 もちろん悟志も茶葉を使う場合はちゃんとするが。

 はちみつの方はクアトロフォルマッジ。いつか三人娘で行ったお店にあった甘いピザ。

 それに似ていた。つまり、おいしい。

 無心で食べる桃叶を悟志は笑顔で見つめていた。


「ごちそうさまでした」


「はいどーも。食器俺洗うし、もう寝な」


 手を合わせて桃叶がそう言うと、皿を洗い始める悟志。


「お言葉に甘えてお先に失礼するのです……ふわ」


 あれほど眠れなかったのに、身体が温まったのと満腹も相まって桃叶の眠気は限界だった。

 部屋に戻ってベッドに横になるとすぐに寝息を立てる。

 時刻は深夜一時半。どうやらギリギリ五時間は寝られそうだ。

 




 翌朝。いつも通りの時間に目が覚める。

 歯磨きをして着替えて、座敷へ。

 すると珍しく来栖と乃亜の姿があった。


「おはようございます。あれ? くーさんのあさんこんな時間に起きるなんて珍しいですね」


 二人は朝が苦手だ。

 起きれないわけではないが、夜更かしをしがちな影響か桃叶がいつも起きる時間に合わせて起きることはなく。

 だいたい開店二時間前くらいに起きるのが常であった。


「なんかね、甘い匂いがする夢を見てね? お腹すいちゃって目が覚めたの」


「私もくるぴゃんと似た感じ。なんか朝から甘いのが欲しくって」


 そう言って、来栖はピンクのマグカップ。

 乃亜は黄色のマグカップで飲み物を飲んでいる。

 匂いからおそらくココア。砂糖もたくさん入れたんだろうなぁ。

 それにしても甘い匂い?

 ……あっ。絶対あれだ。原因に気付くが、あえて口にはしない。

 深夜のチャイは桃叶だけの特別なメニューなのだから。


「は~い、これメシな。桃叶ちゃんおはよう」


「おはようございます」


 大きな皿に乗せられたフランスパンのサンドイッチ。

 それを座敷の机に置く悟志。机を見ると人数分のスープが置かれている。

 桃叶もいそいそと水色のマグカップが置かれた自分の場所に座る。


「それじゃ食おうか。……いただきます」


「「「いただきます」」」


 定位置に座った悟志がそう言うと、それに合わせて手を合わせて復唱する三人。

 また新しい週が始まる朝。大好き、と一緒に過ごせて気分がいい桃叶だった。

次回は乃亜回でーす。

煮詰まった原稿さえ終わればすぐに書けるんや……。

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