かわちぃ、せかいいちぃ
すいません、遅れました。
ちょっと途中でせっかく浮かんだネタが完全に飛んでしまって。
どうにもならなかったです。
「じゃ、店開けよっか」
時刻は午前十時五十九分。
厨房にいた悟志が座敷に向けて声をかけると、ぱたぱたと三人娘が出てくる。
「悟志さん、私のれん出してきます」
「今日のおすすめは~……おそば! 今日だけなんと四百円!」
乃亜が元気よくのれんを持って出入口に向かうと、瑠実は売り切れなどを知らせるホワイトボードにおすすめメニューを書き出す。
「瑠実ちゃん、勝手におすすめメニューにするのはいいけど、勝手に値下げすんのやめよ?」
瑠実がたまにやるいたずら。
呆れながらツッコミを入れて、値段は直させる。
まぁでも、おすすめだからかけそばでも今日は特別にたまごを落としてやろうか。
そんなことを考えていると、悟志の下にやってくる桃叶。
「悟志さん。ももね、久しぶりにナポリタンが食べたいです」
「ああ、ちょうどウィンナー届いたばっかりだから作ろうか」
桃叶が悟志に賄いをねだる。
高校を卒業し、大学に入学するまでの間、週に三日ほど手伝いに入っているのだ。
入学前の課題がなかなか多く、瑠実や乃亜みたいにフル出勤は難しい。
しかし、元々悟志と瑠実、乃亜で忙しい日もギリギリどうにかなっていたから三日でも問題はなかった。
「いらっしゃいませ~! カウンターへどうぞ!」
乃亜の声が聞こえる。
さっと水を用意して、カウンターの一番奥の席に水を置く瑠実。
阿吽の呼吸、さすがの連携。
今日はどんな営業になるだろうか。
「ねぇねぇ、お姉さんたち。このあと仕事終わったら俺たちと遊ばない?」
「ごめんなさーい。知らない人についてっちゃいけないってうちの人が」
「そうそう、あと乃亜、私、もも。みんなやることたくさんなんだから」
夏や冬にもあった、普段やってこない客層によるナンパ行為。
それをすげなく断る乃亜たち。
どうやら学生みたいだ。さて、どうしようか。
などと考える前に動いた人間がいる。
「おう、兄ちゃんたち。ここでそういうのは困るんだよなぁ」
ニコニコ顔で割って入るのは向かいに住む田崎さん。
人材派遣業や建築業など幅広い事業展開をしている会社の会長さんだった。
悟志が子供のころに社長になって、その後会長に昇進した現場叩き上げのすごい人。
というのは表の顔で、本当の姿は日ノ元最大の反社会的勢力。
広域指定暴力団、神守組の三代目組長である。
神代家の秘密を知っている一人であり、過去に祖母の千歳に救われたらしい。
ただ、それを知らない悟志にとっては祖母がやっていた店に毎月消耗品などを発注してくれたり、今も毎日田崎さん本人か部下、その他社員が利用してくれている非常にありがたい存在だった。
「ジジイには関係ないだろうがよ」
「俺たち神守組だぞ。逆らったらどうなるか教えてやろうか」
邪魔をされて不機嫌になった若い男たち。
立ち上がってすごんでみせるが、神守組という言葉に田崎の表情が変わる。
「すると兄ちゃんたちは神守組のもんってことかい? だったら余計に困るんだよ」
そういうと電話をかける田崎。神代亭だ、全員すぐ来い。
その一言で神代亭の向かいから何人もの男たちが飛びこんできた。
「親父、どうかしましたか?」
「おう、三島。この兄ちゃんたち、お嬢さんたちにちょっかいかけてな。俺が止めたんだが、どうやら神守組の人間らしい」
作業着姿の男たちが田崎たちを囲む。
三島と呼ばれた鋭い目つきで特にガタイのいい男が、田崎に声をかけると田崎は顎で若い男をしゃくりあげてそう答えた。
「こいつらが……ですか?」
鋭い目つきをさらに鋭くして顎の示した方向をにらむと、若い男たちは震えあがる。
田崎は神代亭に迷惑が掛からないように一芝居打つ。
「神守組の幹部連中は何人か知ってる。昔隣町のビル建てる時に土地のことで話したことがあるからな。暴対法で、組の名前とか出したら捕まるのわかってるはずだ。ちょっと話つけてくるわ。本当に組のもんなら大問題。組の名前騙ったんならそれも大問題。まぁ、捕まるか神守組にやられるか。どっちも地獄だけどな。逃げないようにうちの倉庫にでも入れとけ」
「「「「「押忍!!」」」」」
田崎の指示に一糸乱れぬ様子で頭を下げた三島たちは無表情で男たちの腕を極めると、そのまま向かいの家に戻っていく。
「お嬢さんたち、怖がらせて悪かったね。俺も話をしに行くから、ここらでお暇するよ。迷惑かけた詫びだ、お釣りはいらないよ」
そう言って財布から札を取り出して机に置き、店から出ていく田崎。
あっという間の出来事に呆気にとられた神代家。
それ以降変な客が来ることもなく営業を終えた。
「……ってことがあったんだ~」
「ノアールさぁ、あんたかわいいんだから気を付けないと」
「え? かわいい? 私が?」
数日後、乃亜が親友のサクラと会った際にこのことを話すと呆れながらサクラが言った言葉。
今までそんなこと一回も言ったことなかったのに。
不思議に思っているとサクラが続ける。
「そうだよ~。芝居や歌を司る上級神様に仕えて、人間の世界を見てきたんだけどね。それでかわいいってのがなんとなくわかったんだ。あんたはかわいい」
「え~、ほんとにぃ~?」
神代亭で働いているときにもかわいいと言われたことはある。
ただ、それは孫や娘、妹みたいで、って意味合いだと思っていた。
あれ? もしかして? わたしってかわいい?
どれくらい?
「あ、ごめん。私そろそろ行かなきゃ。上級神様に呼ばれてるの。じゃ、またね」
「うん、またね! たまにはこっちきてよ」
「愛し子様の家に気軽に行ける立場じゃないっての。ま、でも考えとくね」
そういって別れた二人。
そろそろ夜ごはんの時間。
今日の夜は何だろうか。
楽しみにしながら乃亜も家へと戻る。
玄関の扉を開けるとじゅうっという音と、肉の焼ける匂い。
それが乃亜の食欲をたまらなく刺激する。
気付けば座敷へバタバタと向かっていた。
「ちょっと、乃亜うるさい!」
「のあさんおかえりなさい」
座敷に着くと、こたつで寝転がる瑠実と桃叶。
そろそろこたつ片付けてもいいかもな、と言い出した悟志に
もうちょっとこたつのままにしよ? ね、お願い?
と頼んで延長が決まったそれを満喫している二人。
「るーみんごめん! もも、ただいま!」
そう言って自分もこたつに入り込む。
日中は暖かかったのに、夕方になると肌寒い。
少し冷えた身体にちょうどいいぬくもり。
それを堪能していると悟志がお盆を持ってやってくる。
「乃亜ちゃんおかえり~。ごはんできたよ~」
「あ、悟志さんただいまです! 今日のごはんは何ですか?」
「今日はね~。久しぶりにハンバーグ食べたくなったから、これ」
悟志がお盆から座敷の机に器を並べていく。
今日のメニューは……
「ロコモコ! 悟志くんじーにあす!」
「これデミグラスソースとかグレイビーソースじゃなくて、オーロラソースだからハンバーグ丼ってことにして」
そう、ごはんの上にハンバーグと千切りキャベツ、目玉焼き。
さらにウィンナーを乗せたあとオーロラソースをかけたロコモコっぽい丼。
「わ、玉ねぎとコーンのスープ!」
「味噌汁でもよかったけど、やっぱコンソメかな~って」
瑠実や桃叶とやり取りしている間にもぱたぱたと動き、四人分の夕飯が座敷に並ぶ。
いつもの席についた四人。
誰からともなく手を合わせる。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
こうして神代家の夕飯が始まった。
早速、乃亜はハンバーグをスプーンでまず一口分割る。
するとあふれ出る肉汁。
「肉汁すご!」
思わず声に出してしまうが、瑠実も桃叶も似たように
「えっ、すご」
「どばどば出てきますね」
と驚く。
それも気にせずがっつく悟志。
作るのは大変なのに、食べちゃうときには一瞬でぱく!
ごはんだから仕方ないけども、自分で作ったとはいえもうちょっと興味を持ったら?
なんて言いたい気持ちを抑えて、ハンバーグを食べる。
玉ねぎとひき肉がちょうどよく混ざったタネ。
それを外はカリッと、中は柔らかく火を通す。
オーロラソースの酸味がちょうどよく、無我夢中で食べ進めるとコンソメスープ。
これもまたひき肉の脂を流すのによく、優しい味だった。
わいわいがやがやと話す三人娘と、それを見つめる悟志。
いつの間にかやって来たゴン太も混ざって、いつも通りの夕食が終わった。
「あ、そういえばね。今日サクラと会ってきたんだけど、かわいいって言われちゃった」
夕飯後のまったりタイム。
瑠実は本日一番風呂。
乃亜と桃叶と悟志にゴン太でぼーっとしていると乃亜が思い出したように呟く。
「のあさんはかわいいですよ? セクシーはももが譲りませんけど」
「ね、悟志さんはどう思います?」
「かわいいと思うよ? 今でこそ慣れてきたけど、最初はもうずっとテンパってたもん」
不意の告白に少しドキッとする乃亜。
それに少し不満げなのが桃叶。
「悟志さん! ももの時はどうだったんですか? テンパりました? ドキドキしました?」
「桃叶ちゃんの時はさ、未成年を家で預かることにドキドキしたよね。通報されやしないかって」
「もー!!」
悟志がいたずらっぽく言うと、ぷんすか怒り始める桃叶。
それはともかく。そっか、かわいいかぁ。
悟志がそう思ってくれていることが何故か嬉しい乃亜だった。
私事ではございますが、週末誕生日で東京におりますので今週末の更新はお休みをいただきます。
次回更新は4月入ってからです。
よろしくお願いいたします。




