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男飯食堂、神代亭へようこそ!  作者: 一之瀬 葵翔


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11/20

夢追う女の子とあったかごはん

すまんな、メール対応してて更新が遅れた。

今週も日曜深夜ってことでひとつ。

「う、うそでしょ……」


 とある日の昼。

 神代亭の入り口で茫然とする女性が一人。

 彼女の名は観月莉子。

 夢を叶えるため、地元を離れて、この街にやってきた。

 家賃は安めで、治安もよく、都会まで電車で三十分ほど。

 騒がしい都会に慣れるまでの間だけと思っていたが、ずっとここに住むのも悪くない。

 そう思って三年ほど経った。

 そんな彼女に転機が訪れたのは半年よりもう少し前。

 駄菓子屋と雑貨屋が合わさったような個人商店が定食屋に変わった。

 店主だったおばあさんが亡くなったから、お孫さんが別の店を出すそうで。

 話したのは二度か三度くらい。

 地元を離れて一人で暮らしていると話したら、たくさんのカップ麺を持たせてくれた優しい人。

 そんな人のお孫さんのお店だから、と一度恩返しのつもりで顔を出した。

 そして、どっぷりとハマった。


「えっ……、どうしよ。給料日までツケが利くここでしのごうと思ったのに……」


 この店の素晴らしいところ。

 安い。だいたいのメニューが五百円から八百円。

 一番高いメニューで千百円。


 一部メニューはおかわり可能。

 一番安いごはんセット、三百五十円。

 小さめの丼といってもおかしくない大きさの茶碗にどかっと盛られた白米。

 店主曰く、もしかしたら一合くらい盛ってるかもしれん。

 それと、前日の気分で変わる汁物。

 味噌汁だけじゃなく豚汁やトマトスープにコンソメスープ。

 すべてが具沢山でとてもボリューミー。

 そこに小鉢までついてこの値段というだけでも驚きなのだが。

 なんと二回までは値段そのままでおかわりが許される。

 さらに保冷だったりできるものがあればおかわりを使って持ち帰りも可能。


 店主のノリで色々が変わる。

 ごはんセットの小鉢、通常は一つなのだが。

 なんとなくで作った、という料理が追加されて小鉢が二つ。

 足繁く通っていると、体調悪そうだからと雑炊を作って持たせてくれたり。

 俺がこの店のルールだ! を体現している。


 最後にツケが許される。

 だいたい翌々月末くらいまでに精算すればよいとのことで、全部ひっくるめて金のない夢追い人には大助かり。


 それでいてよく潰れないもんだと感心する。

 一度おまけをたくさんもらった時は怖くて、お店大丈夫なんですか?

 そう聞いた彼女だったが


「大丈夫、政治家相手にぼったくってる。昨日なんて水を一リットル五十万で売ってやった」


 と親指を立てて、誤魔化される。

 流石にぼったくりは冗談だろうと思うが、別の手段で大きく稼いで、税金対策でここは赤字を出してるんだろう。

 前にバイト先の社員さんにそういうところもあると聞いた。

 この店もその類か、と気にすることをやめた。

 そんなこんなで店主に甘えるべくこの店を訪れたわけだが……、店が開いていない。

 絶望を感じつつ、店から離れようとしたその時だった。


「あれ……? ミズキさんじゃないですか。どうされたんです?」


「え、ももかちゃん? あれ、学校は?」


 店の扉がガラガラと開き、出てきたのは桃叶。

 普段学校でこの時間はいないはず、店に出たのは確か夏休みだけだった。

 なのにどうしたのか。不思議に思って尋ねる。

 

「今週は中間テストなので早く終わるのです。それよりお店に入るならどうぞ」


「え? 今日お休みじゃないの?」


「やってますよ? 今日はちょっとのあさんの体調悪くて、特別営業なんです」


 ラッキーでしたね。

 ふふっと笑って店へ案内する桃叶。

 体調不良で特別営業? それでラッキー?

 意味が分からないが、営業しているならよかった。

 ほっとした様子で莉子は店内に入る。


「いらっしゃい。ごめんな、観月さん。今日は乃亜ちゃんが体調不良でね。さっと出せるメニューしか出すつもりないんだ」


 莉子を迎えた店主の悟志は、そういうと手早く盛り付けを開始する。


「あ、いつものごはんセットって大丈夫です?」


 カウンターに座った莉子がそう言うと、


「ごはんセットお待ちどう」


 と言いながら悟志はごはんと味噌汁を莉子の目の前に置く。

 そして、残るは小鉢だけなのだが……。


「え? いいんですか、こんなに……」


「いいよいいよ、もう今日店閉めよっかなって思って。最後のお客さんだから」


 通常小鉢は一つだけ。

 しかし、莉子の目の前に置かれた小鉢は三つ。


「しらすとポテトサラダと……お肉?!」


「あ、なんとなくで作った煮豚的なやつね。温泉玉子も乗せといた」


「神代さん! ももにも煮豚をください! もちろん温泉玉子つきで!」


「あとでね」


 桃叶の一言に思わず苦笑いの莉子。

 しかし、ごはんと味噌汁、しらすにポテトサラダに煮豚。

 もうこれは定食といった方がいいのではないか?

 そう思いながらもごはんセットとして出してくれるのは嬉しい。

 早速煮豚を一切れ箸でつまみ、口に入れようか。

 そう思った瞬間、大事なことを思い出す。


「いただきます」


 手を合わせて、そう言うと改めて目の前の食事に向き合う。

 肉! まずは肉! と煮豚を一切れ口の中へ。

 表面に焼き目を入れてからしっかり煮込んだそれは、口の中でほどけて肉のうまみを届けてくれる。

 たまらずごはんを一口。ほっかほかのごはんは肉と相性が抜群だ。

 忘れちゃいけない味噌汁。

 今日はわかめとあげと玉ねぎのようだ。

 具材を箸でつまみ上げ口の中に放り込む。

 噛んだ瞬間に出てくるあげにしみた味噌汁。

 これがまたうまくて、ごはんに合う。

 しっかりとマッシュされたジャガイモにハムときゅうり、マヨネーズを加えて混ぜたポテトサラダ。

 それはいかにも町の定食屋、といったどこか懐かしい味。

 あっという間にごはんを一杯平らげると莉子は笑顔で


「ごはんおかわりください!」


 と言う。その言葉に悟志も


「あいよ」


 と返すが、炊飯器のふたを開けて、ごはんを茶碗に盛るのは桃叶。


「おまたせしました」


「ありがとう」


 差し出された新しいごはんを受け取ると、どんどん食べ進めていく。

 その様子を見て何か思ったのか、悟志は厨房で調理を始める。


「神代さん、ももに煮豚を!」


「はいはい」


 客席から厨房へ移動して、奥に引っ込むと悟志に声をかける桃叶。

 皿を手に取り、鍋から煮豚をすくって盛りつけるとネギをぱらぱらと散らして温泉玉子を乗せる悟志。


「ほい。米とかは自分でやってね」


「ありがとうございます。……いただきます!」


 そんなやり取りを見ながらも莉子の箸は止まらない。

 目の前の食事を食らいつくす。そのことで頭がいっぱいだった。





「……ごちそうさまでした」


 三杯目のごはんを残しておいたしらすと、おかわりした味噌汁で食べきって。

 莉子の腹の中はもうパンパンだった。

 久しぶりに感じた吐きそうなほどの満腹感。

 心も身体も満たされた。

 さて、あとはツケにしてもらって帰るだけ。

 悟志にお願いをしようと思ったその時だった。


「今日は無料でいいよ。あと、これ」


 そんなことを言う悟志。

 そしてその悟志が手に持っていた袋の中を覗くと


「これ……お弁当?」


「なんか最近ちゃんと食ってないような気がしたからさ。サービス」


「そんな! いいんですか?」


 確かに最近はスタジオを借りることが多くなって食費を削っていた。

 なんでわかるんだ。申し訳ない、でも嬉しい。


「……お言葉に甘えて、いただきますね」


「うん、あの~あれだ。我慢せずにお腹すいたらうち来なよ。ツケでいいからさ。夢叶えて、めちゃくちゃ稼げるようになったらその分含めて払ってくれたらそれでいいし。応援してるよ、頑張れ」


「……ありがとうございます!」


 悟志の優しさに少し目が潤む莉子。

 この街に来てよかった。

 おばあちゃんに会えてよかった。

 そう思いながら頭を下げて店から出ていく莉子。

 確かに特別営業、ラッキーだったな。

 店に入る時に桃叶に言われたことを思い出す。

 お弁当をその手に持って歩いていくいつもの帰り道。

 時折ひゅうっと吹く冷たい風、それでも莉子の心と身体は温かかった。

お読みいただきありがとうございました。

次回もたぶん22日か23日の更新になるかと。

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