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男飯食堂、神代亭へようこそ!  作者: 一之瀬 葵翔


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1/8

巫女の少女とおっさん

親ドル煮詰まったから書いた。

不定期連載です。

「やっと終わったのです」


 そう独り言つ少女、雪村桃叶(ゆきむらももか)

 通っている高校のテストが終わり、帰り支度を済ませて早々に教室を出ていく。

 長い黒髪をなびかせて、少し物憂げな表情で歩く姿は年齢不相応な色気があり、すれ違うものを魅了した。


「あ、あの雪村さん! よかったらこのあと一緒にカラオケでも行かない?」


 校門を出る直前、話しかけてきた男子生徒。

 おそらく同級生なのだが、名前が思い出せない。

 桃叶はぺこりと頭を下げて


「すいません、このあと用事がありますので」


 というと駆け出していく。

 そう、桃叶には大事な用事があった。

 そのために急いで帰る必要があるのだ。

 急ぎ足で歩きなれた通学路を進むと、賑わう店の前へ着く。


「ただいま戻りました~」


 並ぶ客たちを横目に店の中に入ると満席の店内。

 厨房では中年の男が鍋をふるい、客席には若い女性が二人、忙しそうに歩き回る。


「あ、もも! ナイスタイミング! 今日なんでかめっちゃ並んでるの! 助かった!」


「もも、ごめん! 着替えに行く前にゴン太様にごはんを!」


 二人は桃叶を見つけると、それぞれ声をかける。

 厨房の男が料理を出すために振り向くと、桃叶と目が合った。


「桃叶ちゃんおかえり。悪い、着替える前にこれだけ3番テーブルに持ってってくんない?」


 ここで物憂げだった桃叶の表情が笑顔に変わる。


「ももにおまかせなのです!」





 時は経って、午後二時。店の営業が終わる。

 最後の客を送り出して、のれんをしまうと三人娘はぐったりとした様子で椅子に座り込んでいた。


「ねぇ、今日忙しすぎじゃない? こんなの久しぶりなんだけど!」


 などと桃叶と同じく長い黒髪だがピンクのハイライトを入れている女、来栖がぼやけば。


「ももがいなかったら絶対やばかったよね~」


 と、黒髪ボブカットの乃亜が笑う。


「みんなおつかれ~。ほんと疲れたな! 今日が金曜じゃなかったら俺キレてたわ! ほれ、軽く食えるもん」


 お盆を持って厨房から出てきた男。

 神代悟志がカウンターに手に持つそれを置くと、来栖と乃亜がぱたぱたと歩いてお盆に置かれた椀に手を出し、中に入った味噌汁を飲みだす。

 少し遅れて桃叶も味噌汁に口をつける。

 軽く食えるもん、と言いつつ何故味噌汁なのか。

 疑問に思わないこともないが、口には出さない桃叶。


「あ~、これ。労働の後の一杯。染みるぅ~」


「今日は出汁多めなんですね。だしの素入れる量トチりました?」


「はぁ~? トチってねぇわ! 今日は白味噌だからそれで違うんじゃない?」


「ねぇ、もも! 今日のお味噌汁絶対出汁多いよね?」


 乃亜の問いかけに少し考えて桃叶はこう答えた。


「神代さんの言う通り、お味噌が違うから出汁が強く感じるのかもしれないです。でもたぶんいつもよりほんの少しだしの素の量は多いかもです」


「ほら! ももだって出汁多いって!」


「味噌の違いでそう感じるとも言ってんだろ! あ、俺買い物行ってくるから飲み終わったらお椀洗っといてな」


 そう言って、店から出ていく悟志。

 その後三人は味噌汁を食べ終わると、他愛もない話をして来栖はアニメを見るため自室へ。

 乃亜は悟志の飼い犬であるゴン太の散歩に、桃叶もまた自室へ戻り勉強を始めた。

 しかし、どうにも進まずベッドに横になる。するとさほど時間が経たないうちに桃叶は眠っていた。





「もも~! ごはんだよ~!」


 部屋の扉をノックする音と、乃亜の声が聞こえる。

 目を覚ました桃叶は枕元に置いていたスマホで時間を確認する。

 午後六時半、三時間ほど眠っていたようだ。

 揚げ物の匂いがすることに気付くと、若い身体は空腹を訴えて、ぐぅと鳴る。


「あ、はーい。今行きます」


 扉を開けて、乃亜と階段を下りる。

 来栖が悟志と話しているのが聞こえた。


「ちょっとー! 私うどんが食べたいんですけどー!」


「我が家の献立に文句が言えるのは、ばあちゃんとあの方と俺だけです。俺は俺の献立に文句って言うかツッコミか反省しかしないし、ばあちゃんは死んでるから、実質あの方だけです」


「……このバティーカ市国、及びリステ神教が全てをかけて封じ込めた、最高にジーニアスで、最強の邪神である私のお願いを聞けないなんて。……やっぱりすっごい屈辱! 呪い殺してもいい?」


 笑いながらそういう来栖。

 冗談なのはわかっているが、やはり少し怖い。

 なんて返そうか悟志が迷っていると、厨房の裏の扉があいた。


「悟志を殺す? わっちの前でようそんな寝言が言えたの、クルエラ・スヴァンヒルド。存在丸ごと滅してやろうか」


 後ろから聞こえた声にはっと振り向く悟志。

 その表情には安堵が浮かんでいた。


「いらっしゃい、プラム様」


「おうよ悟志、たまにはこっちの食事が食いたいと思っての。馳走になりに来た。で、どうなんじゃ?」


「ちょっ、ちょっと冗談に決まってるじゃない! プラム様と私で位階がどれだけ違うと思ってるの? 私なんて一瞬で塵になっちゃうから!」


「いんや、この国の他の人間どもに悪さするくらいなら100年くらいで復活するように加減するがの。悟志を狙ったのなら、塵すら残さんぞ」


 必死の弁解をする来栖と真顔のプラム様、と呼ばれた見た目十歳くらいの金髪少女。

 実は異界を管理する神である。

 諸事情から悟志の祖父母と友誼を結び、困ったときには力を貸してくれる心優しき神。

 邪神と善神の対峙、そこに乃亜と桃叶も混ざる。


「ちょっとくるぴゃん? 店主さんに手を出すならプラム様の眷属、ノアール・シロップサワーも黙ってないよ?」


「くーさん、私も人の身ではありますが、帝様とアマツキオオカミ様より神代さんを守るためなら力を貸すとお言葉をいただいております。この国の神の力も食らってみますか?」


 乃亜、ことノアールも若い神であった。

 力はプラムに遠く及ばないが、来栖ことクルエラなら抑え込める。

 悟志を悪しきものから守るため、プラムの命でこの世界に送り込まれたのだ。

 桃叶もまた、悪しきものを祓い清める巫女の家系である。

 この日ノ元の象徴たる帝様と、守り神であるアマツキオオカミから悟志を守れと神託と力を授かり、ここにいる。

 四面楚歌、絶体絶命。そんな状況に来栖は


「すいませんでした~!」


 と謝ることしかできなかった。

 四人で暮らし始めて何度もやったこのやり取り。

 今では冗談だと全員わかっているが、暮らし始めた頃は神経をかなり使った。

 本気で滅さねばならない、と覚悟を決めたこともあった。

 それがどうだろう、ギャグマンガのお約束のようになっているではないか。

 月日は人を変えるんだ、と強く実感する桃叶だった。


「それで今日の夜は何じゃ? 肉か、魚か、それとも煮込みか?」


 お約束も終わったところで、プラムが興味津々といった様子で悟志に献立を尋ねる。

 少なくとも来栖がここにきてから一番の好物になった、うどんではないことは確かだ。


「ああ、今日は豚のから揚げですよ」


 その一言に桃叶はあっ、となる。


「一人分くらい揚げて、みんなが食ってるところにどんどん追加していこうと思ったけど。先にプラム様食べてもろて。ごはんと白菜のスープ、今持ってきますね」


 そう言って、厨房に入る悟志。


「お手伝いするのです」


 と桃叶は悟志の後に続いて厨房に向かった。

 悟志の代わりに茶碗にご飯をよそい、器にスープを注ぐ。

 お盆へ唐揚げの乗った皿と共に載せて、プラムの元へ。


「プラム様、どうぞ」


「おっ、すまんの。……それじゃ、いただきまーす」


 この国の流儀に合わせて、元気よく手を合わせて食事前の挨拶をしたプラム。

 まずは唐揚げを一口。


「ん~! うまい!」


 ぱくぱくもぐもぐ食べ進めるプラムを見ていると、腹の減りが増していく。

 なんて飯テロ。三人がそう思っていると


「来栖ちゃん、乃亜ちゃんの分できたから取りにきて~。そんで桃叶ちゃんは厨房きて~」


 悟志の呼びかけに来栖と乃亜が嬉々として、自分の分を取っていくと一人残された桃叶。

 目の前で悟志が料理をしているのをじっと見ている。

 醤油、酒、みりん、しょうが、にんにく、砂糖を焼肉用にカットされた豚バラ肉に漬け込み、そこに片栗粉を入れて、よくもむ。それを温度低めの油で揚げた豚のから揚げ。

 あと白菜と刻みネギを煮て、鶏がらスープの素と少しの醤油で味付けしたスープ。

 本来の夕飯はそうだった。しかし、桃叶の夕飯だけは違ったのだ。


「桃叶ちゃん、テストお疲れさん。豚のから揚げ、前食べたそうにしてたでしょ? 頑張ったご褒美。桃叶ちゃんにだけ特別な一品」


 悟志はボウルに卵を数個割り入れてかき混ぜていく。

 しっかり黄身と白身が混ざったところで一旦放置。

 冷蔵庫から取り出したのはタケノコの水煮。それに水で戻した干しシイタケ。

 細かく刻むと、それを熱していた中華鍋へと入れて炒め始める。

 少し炒めたところで、カニ缶を二つほど開けて入れる。

 塩コショウとうま味調味料を加えて火を通し、溶き玉子。

 ジュワーっと玉子に火が通る音が聞こえる。軽くかき混ぜたら、中華皿にごはんをよそう悟志。

 火を止めて、半熟くらいの薄焼き玉子をよそったご飯の上へ。

 少し分けておいたスープに水溶き片栗粉でとろみをつけて、かけると桃叶の前へ。


「お待たせ、天津飯もどき。豚のから揚げは今から揚げるから、先食べてて」


 再びコンロの前に戻る悟志。

 その背中を見送ると小さく呟くいただきます。


「んっ! おいし!」


 タケノコの歯ごたえがアクセントとなった玉子。

 優しい味付けで少し物足りないが、これはこれで……。

 そう思っていた桃叶だったが、悟志の持ってきた唐揚げに衝撃を受ける。


「はい、唐揚げ。たくさん食べな」


「ありがとうございます」


 箸でひとつつまんでパクリと一口。

 濃い! 思わずごはんと玉子をレンゲですくって口に入れる。

 するとどうだろうか、ちょうどよくなる。

 ごはんが優しい味付けだったのはこのためか!

 びっくりして悟志を見ると笑みを浮かべて左手の親指を立てる。

 うん、うん、と頷いたあとはもう止まらない。

 目の前の皿が空になるまでひたすらに口に入れていくのであった。





「ふう……」


 あれからプラム様たちに見つかり、桃叶だけずるいと騒ぐ神たちのためにかに玉を作った悟志だったが、特別扱いは隙を生じぬ二段構え、と言わんばかりに風呂上がりの桃叶によく冷えたいちごオレを渡す。

 それを一口飲んでベッドに座る。

 春先の自分が今の自分を見たらどんな顔をするのだろうか。

 大人ぶった自分を受け入れ、でも子ども扱いし、世話を焼いてくれるお姉さんでもある仲間。

 一緒に馬鹿をやれる友達、どこか憧れていたものが手に入った。

 ありのままの自分でいても許される、騒がしいけど楽しい日常。

 こんな日がずっと続けばいいのに、そう思いながらぱたんとベッドに倒れこむと桃叶は眠りについた。

 その日見た夢は大好きなくーさん、のあさんと遊びに出かける夢。

 晩ごはんはうどんがいい! とごねるくーさんに、ここはパスタでしょ! と譲らないのあさん。

 じゃんけんで決めたら? と呆れる桃叶。

 ファミレス行けば全部あるじゃん!

 と笑いあって近くのファミレスに向かう。

 そんな夢。

次回更新は未定ですが、読者様の期待が高いのであれば週末にでも?

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