9話:ソティラスにするとこうなる
館に戻ったカエは、ベッドに俯せに倒れ込んだ。
「あー、疲れたああ…」
疲労が全身を覆い尽くしている。
カイラとルドラは、明日館に来ることになり、カエは先に戻った。しかし車中でシャムに滅茶苦茶説教を食らいながら、帰路につく羽目になった。
「足がつっておぼれるとか、迂闊すぎんだよおまえは!」
「う、うっさいシャムのくせに!」
車が走り出した途端、シャムの説教がスタート。
「今回は事なきを得たが、これで死んだらシャレにならねえんだぞ! 次また似たような展開になったら、尻引っ叩いてでも止めるからな!」
「泳ぎは得意だから、まさか足が攣って溺れるとか思わなかったんだもん!」
シャムの座席を掴み、カエは身を乗り出した。
「姫様お座りください、危のうございます!」
マドゥに窘められ、カエは素直に従った。
「起き抜けで、準備体操もせずに飛び込むバカがどこにいる! ――あ、ここにいた」
「キィイイイッ!」
サリーの裾を噛んでカエは悔しがった。
こうしてシャムの説教+嫌味は、館に到着するまで延々続いた。
「シャムのくせにー…、お腹空いたなあ…」
突っ伏したまま呟くが、同時に気持ちのいい眠気が全身を侵食していた。
「ちょっとだけ寝ようっと」
カエはうと、うとと瞬きを繰り返したが、やがて目を閉じ眠りについた。
結局カエは朝までぐっすり眠り、マドゥに起こされて憮然とした。ちょっとだけ眠るつもりだったのに。
「まあ、色々あったしね…」
昨日のことをザっと思い出して、小さく息をつく。そしてカエはベッドを出た。
「湯あみをなさってください。その後朝食に致しましょう」
「はーい」
学校のプールほどあるデカイ風呂に入って、見るだけでお腹いっぱいになりそうな朝ごはんがズラッ。
「恐るべし、王族…」とカエは朝からゲッソリする。
食事のあと、マドゥに案内されて館の離れに連れてこられた。
「あ!」
カエはパッと顔を明るくして声を上げた。
「カイラ、ルドラ!」
2人は真っ白なアオザイのような服を着て、右手を胸に当てて頭を下げた。館の召使たちがしているような挨拶だ。
カエがちょっと首を傾げたことに気付き、マドゥが声を顰める。
「あの者たちは、姫様のソティラスになります。それで簡易挨拶が許されたのです」
「ふむり」
(本来なら土下座するところなのに、ってコトか)
マドゥの声音でカエは察した。
「2人ともその服、似合ってる」
カエが褒めると、カイラははにかみ、ルドラはちょっと照れくさそうに目線をずらした。
「来たか」
カルリトスはルドラの肩に乗って、前脚を組んでカエを見た。
「ソティラスの儀式を始めよ」
「始めよ、って、どうやるの?」
「簡単じゃ。2人の額に人差し指を押し付けよ。そして”我に従え”と言うのじゃ。そうすれば2人の額にチャクラが浮かび上がる。それでソティラスになる」
「え、そんだけ?」
「そんだけじゃ」
(簡単すぎる…)
内心ちょっとガッカリする。
もっと、おどろおどろしい儀式でもするんだと想像していたからだ。
「それじゃあ、カイラからいくね」
「はい」
ドキドキしたような緊張気味のカイラの額に、カエは人差し指をあてる。
「我に従え」
次の瞬間、カエの指先が黄金色の光を大きく放った。
(――これ)
カエの脳裏に、あらゆるビジョンが再生されていく。
――圧倒!
宇宙にいくつもの銀河系が吸い込まれ、闇の中に幾重にも光の線が張り巡らされる。それは巨大な木の形を成し、枝からは沢山の葉が生えた。
朝焼けを映す池には、無数の蓮が葉を連ね、やがて大きな一つの蕾が花開く。後光が射し込み、光が弾けて強く輝いた。
「ハッ」
意識が現実に引き戻され、カエはカイラの額から指を離した。
(な、なに今の…?)
(あれか、悟りを開いちゃった系??)
目の前のカイラの額には、涙型をした赤いチャクラが浮き出た。
カイラは額のあたりをまさぐっている。なんだかヘンな感じがするみたいだ。
「一瞬、姫様の記憶のようなものが、頭の中を流れて行きました」
「ナント」
カエとは違うビジョンを見たようだ。
「成功したようじゃの。これで王女とカイラは魂で繋がった」
「マジ?」
「マジじゃ。そなたが死ねば、一蓮托生でカイラも死ぬ」
「なんだって!」
それまで黙っていたルドラが声を荒げた。
「主従の契りが結ばれたんじゃ。お主はカイラを死なせたくなければ、王女をしっかりと護らねばならんの」
「任せろ!」
(ルドラ頼もしいっす!)
カエはガッツポーズする。
「ちなみに、カイラが死んでも王女は死なぬ」
「老師、それ一蓮托生とは言わないと思うんだけど!」
「ものの例えじゃ、例え」
「そっすか…」
カルリトスに促され、カエはルドラにも同じようにした。
やはり、同じビジョンがカエの脳内を走り抜けていった。
「ソティラスにするたんびに、この映像見せられんの? しんどいわよ…」
肩を落としてガックリした。
「どれ、≪分身≫を見ようかの」
「≪トイネン≫?」
「まあ百聞は一見に如かずじゃ。カイラ」
「はい」
≪トイネン≫の出し方が判るのか、カイラはぐっと顎を引き、意識を集中させた。すると、彼女の足元から黒い影がズズズと伸び、静かに、けれど確実に空気を変えた。ひんやりとした冷気が一帯を包み込む。
カエは頬に冷たさを感じ、ゾクっと背筋が震えた。
影が盛り上がり、中心に灯った小さな光が――星のように弾けて一閃した。
ドンッ!!
爆音とともに地面が震え、黒い霧が弾け飛ぶ。カエの長い髪が風に踊った。。
霧の中から、一歩、そしてもう一歩――
桃色の髪をショートにした、凛とした女戦士が現れた。
スラリと伸びた体躯、切れ味の鋭い瞳、身にまとう漆黒のアオザイ風装束が、光を受けて鈍く煌めく。
「うおおおおお!」
カエは大興奮して吠えた。
今のカイラをグッと大人にしたような顔立ちは、凛々しさこのうえない。
「どうやら格闘士のようじゃな」
見かけの愛らしさとは裏腹に、カイラは格闘士の特性の持ち主だった。
「萌える! 萌えるわ!! さあルドラはよ、はよ!」
「お、おう…」
カエの異常なテンションに引きつつも、ルドラもカイラと同じように意識をこらす。
その瞬間、館全体に重苦しい圧が走った。
彼の背後に伸びた影が、ぐにゃりと蠢く。ただの影だったはずのそれが、ゆっくり、確かに人の形を作り上げていく。
ズズズ……ッ
影から漏れる音は、聞く者の背筋を撫でた。
不気味さを醸し出す気配に、カエはゴクリと唾を飲み込んだ。
空気がビリリと震え、床に淡い光の紋様が浮かび上がる。一拍遅れて、今度は雷鳴のような音が轟いた。
バアァァンッ!!!
闇が弾け、ルドラそっくりの、だがひと回り大きく、精悍な男が現れた。
濃紺のアオザイのような装束が白い面に映える。しなやかな体つきに、鋭く憂いを帯びた切れ長の目――凛々しく美しい、完璧な姿だ。
「きゃああっ! ナイスよ、ナイスよおおおお!」
カエのテンションは最高潮だ。
「オレって、あんな顔になるのか…」
自分の≪トイネン≫を見て、ルドラは思わず呟いた。
「うむうむ、ルドラは剣士じゃの」
「ど、どうしよう…どっちも良すぎて心臓発作起こすかも」
「馬鹿もん…」
カルリトスはマドゥの肩の上で、深々とため息をついた。