8話:泳ぎ勝負!
集落の中を通り、離れたところに流れる川に案内された。
「うわあ、奇麗な川ね」
カエはキラキラと目を輝かせた。
(濁った水の、死骸が浮いてそうな某川を想像してたから、よかったあ…)
澄んだ水で空の色を反映して青い。陽の光を弾いてキラキラと水面が輝いていた。
ルドラは岸辺に立ち、対岸を指した。
「ここから対岸までいって、折り返して先に着いたほうが勝ち」
「おうけーい」
流れはそんなに早くない。水が奇麗だから、視界も良好だろう。カエは鬱陶しいサリーを脱ぎ捨てる。
(どうもこの巻きつける着付けは、動きにくくて慣れないわ)
脱いだサリーは、マドゥが受け取った。
ルドラも襤褸の上着を脱ぎ捨てる。
2人とも年齢の割に背が低く痩せこけているが、ルドラの身体はほどよく筋肉でしまっていた。
「おいカルリトス、いいのか? こんなことが奥様にバレたらヤバくね? あれでも一応王女だぞ」
シャムは渋面を作って声をひそめる。
「よいよい。ソティラスを整えるためじゃから、バークティも文句は言えまいて。――たぶん」
「”たぶん”って言うなや…」
カルリトスはカイラの頭上で髭をそよがせた。
「いくわよ、ルドラ」
「いつでも」
「んじゃ、俺が合図したら飛び込めガキども」
シャムが両手を腰にあてて、偉そうに言う。
カエとルドラは横に並んで構えた。
「行け!」
シャムの合図で私とルドラは同時に飛び込んだ。
(泳ぐの一カ月ぶりくらいかな? これでも水泳クラブに通ってたんだよね。地区大会で優勝だってしたことあるし!)
川の流れは緩やかであまり抵抗はない。対岸まではだいたい100メートルくらいだろう。
チラッと隣を見ると、若干遅れてルドラはついてきている。
(私の泳ぎについてくるとか、案外やるじゃない)
カエが先行で岸をタッチして折り返す。
(これなら楽勝!)
勝利を確信したその時、
(げっ)
突然右脚が攣った。
攣った瞬間の痛みで水をガブっと飲んでしまい、その拍子に身体がバランスを崩して沈んだ。
(やっば、助けてえええ)
叫ぼうとしたが「ゴボゴボ」と口から空気が抜けていく。
脚をバタつかせようとしたが、痛みでうまく動かず、腕をもがくように動かすけど全然身体が浮かない。
(割と深いんだねこの川、どんどん沈んで流されていく…)
さすがにこれはマズイと超焦り始めたとき、ルドラがカエの身体に手を回し浮上していった。
「ぶはっ!」
水面に浮かび上がった瞬間、肺が破れそうなほど大きく息を吸った。
「大丈夫かおまえら!」
シャムが鬼の形相で泳いでくる。
「足攣った…」
ルドラに支えられながら、カエはそれだけを言って意識を失った。
「ううん…」
「気がつかれましたか、姫様」
泣きそうな顔でマドゥがのぞき込んできた。
「…ルドラに助けられてから気絶したんだっけ」
気付けば辺りはもう、夕焼け色にふわりと染まっていた。
カエは車の後部座席に寝かされていた。
「大丈夫かの?」
顔の横に座っていたカルリトスが、髭をそよがせながら訊いてきた。
「だいじょうぶだよ。もうすっかり」
「起きれるか?」
「はい」
マドゥに助けられながら身体を起こす。脚の痛みはもうおさまっていた。そして目の前に既視感を覚える光景再び。
カイラとルドラが平伏してた。
2人を見てカエが渋面を作ったのに気付き、マドゥがカイラを促した。
「先ほどの話を、姫様になさい」
「は、はいっ」
カイラは視線を伏せたまま顔を上げた。
「私どもは8年間ずっと、同じ貴族様にお仕えしておりました。とても変わったお方で、ルドラに優しく接してくださいました」
平伏したままのルドラの肩が、ぴくりと動いた。
「ご主人様は、物事をお決めになるときは、あらゆる種類の勝負を用いておりました。その方法を、ルドラにも教えていました」
(なるほどね…)
カエは胸中で頷いた。
「”身分に関係なく誰に対しても”とご主人様は仰せになっておりました。それゆえ殿下に対し、分別のつかない行動に出てしまったのです」
「誰に対してもって、限度があんだよ限度」
ったく、と呟きながら、シャムはガシガシと頭を掻いた。
「ごめん、こんなことになるなんて、思ってなかった…」
落ち込んだ表情になって、ルドラは地面に額を押し付けた。
「無事で、本当に良かった」
ルドラなりに罪悪感を持ったのだろう。相変わらずぶっきらぼうな口調だが、僅かに声が震えていた。
カエはルドラの前にしゃがみ込んだ。
「前のご主人様のこと、好きだったんだね」
「…はい。でも好きだったからだけじゃない。ソティラスになるってことは、自分の命を削ることだ。ただの奉公とは違う、危険なものだ」
「うん、そうだね」
ルドラは平伏したまま、地面につける手をギュッと握った。
「オレたちは奴隷だから、命令には逆らえない。だから、どんな主に仕えるのか、カイラの命を削らせる相手が、本当にその価値があるかだけは、オレが見極めたかった」
(…うん?)
チラッとカイラに視線を向けると、カイラの褐色の肌が赤く染まっていた。
カエの胸が「きゅんっ」と鳴る。
(男だっ! これが男ってモンだよ!!)
(やっべえ、ムネアツ過ぎて涙出そう)
「じゃあ、私は合格?」
「王女様なのに勝負を断らなかった。潔くて良いと思った。合格、溺れたけど」
そう言って、ルドラは我慢できずに吹き出した。それにつられるようにして、カイラもクスクス笑った。
「お黙り、こましゃくれめっ!」
顔を真っ赤にしたカエは、ルドラの頭をコツンと叩いた。




