6話:貧民街へ
マドゥに案内されて、カエはカルリトスを肩にのせて外に出た。
「うわあ…」
目の前にデンッと停まる一台の車。黒塗りのバカデカイそれは、セレブや要人が乗り回すあの高級車にソックリだ。
「ファンタジーなのに…馬車じゃないんだ?」
「馬車なんぞ、農民や業者が使うもんじゃ」
「…そ、そうなんだ……」
(まあ、ファンタジーも多種多様…。それにしても凄い高級感。ロールスなんとかいうのに似てるなあ~)
「ドコへ行くんだ、カルリトス」
運転手の男が車から出てきた。
「王女のソティラスを揃えに行く。まずは貧民街だの」
「おうけい」
そう言って、運転手はタバコを「ぷかあ」とふかした。
(なにこの態度の悪い、ムサいオッサン…)
痩身で不精髭顔、全身からだらしなさが漂っている。しかし太々しい態度とは裏腹に、どこか、猛禽類に似た鋭さを感じた。
「こやつは、運転や下働きをするシャムじゃ」
「へぇ、ついに仕上がったってワケか。まあ、見た目は及第点だな」
怪訝そうに見上げるカエを、シャムは偉そうに見下ろした。
「なんか田舎くせー雰囲気が、滲みだしすぎてんぞ」
「ンなっ」
「見た目はソックリだが、気品の欠片もねーじゃん。庶民丸出しってやつだ。もっと優雅に振舞え、オ・ウ・ジョ・サ・マ」
(カッチーン! なんなのよコイツムカツク!)
(雑用ごときがエラソーにい!!)
田舎臭いだの、気品がだのと、図星の王子様過ぎてカエは唸る。自覚しているぶん、心にグサッと深く突き刺さった。
「どうどう、車に乗るがよい」
カルリトスは小さな手で、慰めるようにカエの頬をぺちぺち叩く。
(チンチラに慰められたし! くっそう!)
カエは悔しさで半べそになりながら、車に乗り込んだ。
カエが熱心に外を見ていたからなのか、シャムは車をゆっくり走らせてくれた。
広大な敷地の外はあまり日本と差がないと思うくらい、近代化した街並みが広がっていた。遠景に高層ビルが見当たらないくらいだろうか。
電柱は立っているし、他にも車が走っている。自転車もバイクもあった。
歩いてる人たちの服装は洋服の形をしているが、攻めた柄がアジアン風の民族衣装に似ている。
(異世界って聞くと、中世ヨーロッパっぽいイメージが私の中で定着してたかも。西洋のアンティークな町並みと、のどかな牧草地。貴族のお屋敷と馬が闊歩する世界)
好んで読むラノベの世界は、そんな世界観が多い。
(でもここってモロ、映画にあるインド風な感じだもんね。私の衣装、めちゃ派手派手だし…。サリーとかいうんだっけ)
斜め前の助手席に座るマドゥを見る。ピンク色の生地に黄金のブレードの縁取りは、カエより地味だが充分豪奢だった。
近代的な街並みを通り過ぎ、郊外の草原を抜け、やがて森のようなところに入り込んでいく。道は舗装されておらず、むき出しの地面はあぜ道のようだ。
「着いたぜ」
高さが不揃いの竹で囲まれた集落の入り口前に、車は止まった。
「あれが、貧民街じゃ」
廃材で組まれたあばら家が、ずらっと奥に続いている。
あばら家にドアなどなく、襤褸きれをカーテンのようにつけてるだけ。台風がきたら一貫の終わりだ。
(廃墟の間違いじゃ…)
しかし環境に負けないくらい、住民には活気があった。飛び交う大声、様々な笑い声、子供たちの元気な声が、絶えまなく集落を騒がせていた。
見える範囲では、魚を軒下に吊るしながら、笑い声を交わす人々。破れた服は細かく繕われ、何度も染め直した色合いが、かえって目を引いた。
(見た目はちょっと酷いけど、雰囲気明るいなあ。人として、ちゃんと暮らしてる)
(なんか、あったかいな)
時代劇ドラマで見た、おんぼろ長屋みたいな感じだなと思った。
「老師、ソティラスってどうやって見つければいいの?」
「まず10歳から14歳までの子供が対象じゃ。そして、寿命が多い程良い」
カエは小首をかしげる。
「んー、どうやって寿命が多いって判るの?」
「儂が判る」
「おおっ! さすが数千年を生きるチンチラ! ……いやもう、その存在だけで色々おかしいけど!」
肩に乗るチンチラを、カエは大絶賛した。カルリトスはどやぁっと胸を張った。
「じゃあ、集落に入って探せばいいね」
そう言って車から降りようとしたカエを、シャムが慌てて止めた。
「お前は車から出るんじゃねえ!」
「え、なんで?」
「お前は王女だろうがっ! 自覚を持て自覚を!」
「姫様、王族はみだりに下々にお姿を見せないものでございます。お車の中でお待ちくださいませ」
それまで黙っていたマドゥが、落ち着いて口を挟んだ。
「そ…そゆものなんだ…」
「はい。子供たちは、シャムが連れてまいります」
「そうだバカ」
「バカってゆーな!」
カエとシャムは、額を突き合わせて睨み合う。
「ん?」
カエは前方の窓から見える、2人の子供に気付いた。
野菜の入った大きな籠を頭に乗せた女の子と、水桶を持つ男の子。重そうな水桶の取っ手を、女の子が一緒に持とうと手を伸ばし、男の子が慌てて断る仕草をした。姉弟のような2人の様子が微笑ましい。
(なんかきゃわわっ)
窓が閉っているから会話は聞こえないが、楽しそうな2人の笑顔が眩しく見えた。
「老師、あの桃色の髪をした子と、黒髪の子、2人の寿命は?」
「ん?」
カルリトスはカエの指し示す子供2人に、赤い瞳を向ける。
「ふむ…」
赤い瞳が淡く光った。
「元気じゃな。命の輝きが大きいのう…ちょうど80歳じゃ」
カエの野性的勘が働いた。
「あの子たちきっとスゴイよ、絶対! ビビッと来ちゃったもんね、心に!」