41話:アルジェン王子の最期、そして
「いやああっシャム! シャム!!」
「お…落ち着け…ぐっ…、俺はまだ、死んでねえ……痛てぇ」
片膝をついたシャムに、カエは半狂乱でしがみついた。
「死んじゃう、シャムが死んじゃう、ヤダヤダ、やだああ」
「だから…グボァ」
取り乱すカエを落ち着かせようとするが、シャムは血の塊を吐いて咳き込んだ。
「おいおい、こんな状況でラブラブごっこか? このビッチが」
パタを肩に担ぎ、アルジェン王子はシャムとカエを見下ろした。
「レヤンシュ! 魔法陣を急げ。こいつら生かしたまま魔法陣に突っ込んでやる」
フヒっとアルジェン王子は片方の口の端をつり上げた。
針に貫かれた体勢のまま、ニシャの死体を操りレヤンシュは再び魔法陣完成を進め始めた。
「シャムぅ、姫え、とか言いながら、お互いの手を掴もうと必死にもがく。そして2人はめでたく引き裂かれてお陀仏エンドだ」
わざとらしく下手な演技を交えて貶す。
「笑わせんな、三流の昼メロかよ。ダッセーな」
傷口を押さえて、シャムはじろりとアルジェン王子を見上げる。
「色々とつまらん小細工をしやがって、肝っ玉がちっせーんだよ、男のくせによ」
「あ?」
「策ばっか弄して、自滅してろや! カルリトス!!」
シャムは玉座のほうへ、ありったけの大声で怒鳴った。
「聞こえておるよ」
カルリトスは自らの≪分身≫の頭に立ち、小さな前脚を上げてアルジェン王子に示した。
「元の、自分の世界へ帰るがよい」
≪トイネン≫の周りに浮いていたタルワール10本が、アルジェン王子に狙いを定めた。
「すまんのう、我らの世界の王位継承争いに巻き込んでしもうて。――じゃが、おまえは危険にしかならぬ、去るがよい!!」
10本のタルワールは、アルジェン王子を貫いた。
「ぎゃあああっ」
胸から腹にかけて突き刺さり、そしてアルジェン王子の身体を持ち上げる。
カルリトスはクイッと人差し指を上に向けた。
タルワールはアルジェン王子ごと宙を飛び、そして魔法陣へ突っ込んでいった。
「……あばよ」
それを見上げて、シャムは眉間を寄せた。
叫ぶ気力もないのか、アルジェン王子は無言でそのまま魔法陣へと姿を消した。そして、ニシャの死体を操っていたレヤンシュも、完全に息絶えた。
魔法陣は徐々に縮小していき、手のひらサイズの小さな円形の魔法陣に形を変えた。
「あっけねえな、あのサイコパス野郎の最期も」
「シャム…ぐすっ…ぐすっ」
シャムは苦痛を表に出さないように気を付けて、背にすがるカエに振り向いた。
「だから、俺はこの程度じゃ死なねえって」
「だって、だって」
涙と鼻水でグジャグジャなカエの顔を見て、シャムは「はあ…」っと疲れたような長い息をつく。
「涙はしゃーないが、鼻水で滝を作るな…」
「う、うるさいんだよ…ヒック…シャムのくせに」
カエは慌ててサリーの裾で鼻をかんだ。
「怪我、してないか?」
「うん…」
「コソコソ剣の特訓してた甲斐があったってやつか」
「ギクッ」
スニタの王女教育授業の合間に、こっそり剣術を磨いていた。誰にも言わずにやっていたのに、どうやらバレていたようだ。
「ま、今回は役に立ったか」
シャムは頭をカシカシ掻いて、肩をすくめた。
「うん」
カエは拳骨の一つも覚悟していたが、優しく頭をポンッと叩かれただけだった。
「ううっ……やっぱ痛てぇ…。治療してくれ…」
そう言って、シャムはその場に仰向けに倒れた。
「シャム!!」
カエは跳び上がって驚き、シャムに縋りついた。
「大丈夫じゃ。こやつも半分は闇の異形、この程度の傷じゃ死にゃせん」
「老師…」
≪分身≫は消えていて、いつものチンチラ姿のカルリトスが、カエの肩に駆け上がった。
「泣いてる暇はないぞ、『妖精の森』に送られているソティラスたちを呼び戻してやらねば」
「そうだった」
「そして、力を尽くしてくれたニシャを、手厚く葬ってやらねばの」
「……はい」
天井から差し込んだ光に照らされて、ニシャの顔はとても穏やかだった。生前と変わらぬ愛らしい顔は、優しく微笑んでいるように見えた。