39話:アルジェン王子の告白
カエの挑発的な態度を見て、アルジェン王子は目を眇めた。
「本当に、テメーみてーな奴は、気に入らねえよ……思い出したくもないくらいに」
《*アルジェン王子視点(アルジェン王子の独白)*》
国が変わろと、世界が変わろと、クソはクソだ!!
スクールカーストで俺は万年3軍だ。別に望んでそうなってるわけじゃない。
エレメンタリーに通ってた頃からそうで、ハイスクールになってからは酷くなった。
俺は、そこから解放されたかった。自由になりたかった。
ほぼ毎日1軍の奴らからイジメられ、腐った気分で家に帰る。両親は共働きで、家の中は静まり返ってる。妹が1人いるが、兄を兄と思わないほどバカにしてきて大嫌いだ。
あの日も2階へ上がる階段のところで出くわし、俺を軽蔑の目でじろりと見て、無言で出かけて行った。
「クソが…」
余計頭の中が濁っていく。
苛立った気分でバックパックを自室に投げ入れた、その時だった。
突然眩暈が起こる程の奇妙な感覚に襲われ、辺りが真っ暗に一変した。そして強烈な光の飲み込まれ、気付けば派手な部屋だ。
映画のセットかと思うような部屋に、青い髪の女と枯れ木のような老人がいた。
「さあ、これを」
女から赤黒い液体の入ったコップを手渡され、飲めと言う。
しかし、どうも怪しい。
俺はコップを投げ捨てようとすると、急に身体の自由が利かなくなった。何かにガッシリと掴まれたように、そして勝手に手が動き、コップの中身を飲み干してしまった。
そのあとはもう、思い出すのもうんざりする激痛地獄だった。あの痛み方を言葉で表現できる奴がいるのか!? そのくらいの凄まじさだった。
やがて痛みが治まり、女が俺の前に鏡を向ける。
映った俺の容姿に仰天した。
「だ…誰だ、これは!?」
女と同じ青い髪をし、肌が褐色になっている。顔つきもまるで違う。
「あなたは今日から、アルジェン王子として生きるのです」
床に寝る俺の傍らに膝をついて、女は冷たい笑みを浮かべていた。
「そして、必ず後継者の座を掴み、イリスアスール王国の王になりなさい」
「……はあ?」
痛みが去った余韻で頭の中が痺れたようになってて、マトモに考える余裕なんてねえんだよ。それがなんだ? 後継者? 王だと??
暫くは、自分の身に起こったことを理解し、飲み込む時間が必要だった。
毎日鏡の前に座り込んで、自問自答を繰り返す。
俺は、明るい茶色の髪に、薄い茶色の瞳をしていた。そして肌は白かった。
顔は……あまり冴えない感じで、モテるような貌じゃなかった。
今の容姿は良い。青い髪の毛がちょっと見慣れないが、悪くはない。
それに、王子様だと? 巨大な国の、王子様だって言うじゃないか。
スクールカーストで3軍だった俺がだぞ!
俺をイジメるやつらはここにはいない、俺を馬鹿にするやつらなんていない。
そう思うと、腹の底からジワジワと込み上げてくるものがあった。
この感情は、愉悦だ! 虐げられていた立場から、虐げる立場に変わったんだ!
ゾクゾクするな、ワクワクする。
「オーウェン・ライトはもう居ない、俺はアルジェン王子なんだ!!」
気に入らない奴は殺して良いんだ。逆らう奴は居ないんだ。
手下をいくらでも侍らせて、今まで出来なかったことを、やりたかったことを、全部やれるんだな!
良いぜ、なってやるよ、次の王様に!!
《*アルジェン王子視点(アルジェン王子の独白)・終わり*》
アルジェン王子はパタを握り直し、慎重にカエとの間合いをジリジリ詰める。
「お前、ドコの国から来たんだ?」
「え、日本ダケド」
一瞬アルジェン王子は目を点にしたが、
「ああ、ジャパニーズか」
言い方に棘を含んだ韻が混じっている。それに気づいて、カエの眉がぴくりと動く。
「そうでーす、ジャパーン! ですがナニカ?」
「ふん! 黄色いサルがいっちょ前に王女様かよ。世も末だな」
「サル馬鹿にすんな! 知らないの? サルは賢いんだよっ!」
「そうかよ!!」
以前森で戦ったときよりは、正確に急所を狙ってくる。
鉄扇で攻撃を食い止めていたが、剣相手では分が悪い。
「くそー…なにか武器…」
カエは玉座の方を振り向き、そしてギョッと目を見開いた。
「王様クシ刺しになってるし!?」
坐したまま、10本の剣をその身に刺されて絶命している王の姿は強烈だった。しかしそれに驚いて固まっている暇はない。
「老師聞こえるー? そこにいますー!?」
「なんじゃ」
「いた!! つか、なんか冷静過ぎ!!」
角度が悪くてカルリトスの姿は見えないが、声が聞こえてカエは頷く。
「そこの剣一本ちょうだい!! ギブミーギブミー!!」
手をクイクイ振って、カエは急かす。
「しょうがないのう」
カルリトスは王の身体から剣を一本抜くと、カエの手元に投げつけた。
「ちょー助かりまっす!」