37話:カルリトスの正体
「カ、カルリトス!?」
背を向け後ろ脚で立つチンチラを、バークティ妃は驚いて凝視する。
「あなた、何故ここに…」
バークティ妃の問いには答えず、カルリトスは王を見上げた。
「王よ、姫の無礼はこの身に免じ、許されよ!」
「……余は殺されるところであったのだぞ。そら、この傷を見るがよい」
王は腹部の傷を見せる。
パッと見だけでも、傷はあまり深くはなさそうだ。出血も止まっている。
「痛くて泣きそうだ」
両腕を広げて、王はわざとらしくおどけてみせた。
「あなたの身体は強固じゃ。その程度なら、すぐに傷口も塞がろう」
「ふむ」
「姫はきっと本気であったのじゃろうが、故郷を征服され、色々辛い思いをしたのじゃ。どうか命を取ることだけは勘弁してほしいんじゃ」
カルリトスは頭を下げる。
その様子をたっぷり見つめ、王は身を乗り出した。
「闇の異形だな。余の命を狙った姫を見逃し、それでそちは何をしてくれるのか?」
「あなたのソティラスになろう」
途端、王の顔に残酷な笑みが広がった。
両の口の端がつり上がり、頬の肉が狂気に歪む。愉悦が満面を覆い、エメラルドグリーンの瞳が鋭く光った。
「ムスタ・ソティラスか!! これは良き、良きぞ!!」
パンッと膝を叩いて、王は大いに喜んだ。
「さあこちらへ来い! バークティの命は殺らぬと約束しようぞ!!」
カルリトスは頷き、止めようとするバークティ妃の手を振りほどいて、王の前に立った。
王は約束を守った。
夜伽の時は、バークティ妃は縛り上げられ、それ以外の時間は自室に軟禁された。それから半年経ち、バークティ妃は身籠る。
それが判ると、ただちにカリオフィラス領の領主に任命されて、王都リリオスを追い出された。
カルリトスは監視の名目で、バークティ妃と共にカリオフィラス領に赴いている。
《*バークティ妃視点・終わり*》
「どうも余は、昔から王妃たちに刺されやすいようだ。油断と隙が溢れているのが原因か?」
王はアイシュワリヤー妃に刺されたまま、切なげなため息をついて後ろに語りかける。
「わざと隙を見せておるんじゃろう。あなたは昔からそうじゃ」
髭をそよがせ、困ったようにカルリトスが受ける。いつの間にか、玉座の後ろにカルリトスが立っていた。
「あれっ? 老師いつの間に!?」
声に気づいたカエが、素っ頓狂な声を上げた。
「アヤンの戦闘の時には、もうおったぞ」
「うそん…」
「小さすぎて気付かなかった!」と抗議を垂れるカエは、いきなり手が引っ張られてバークティ妃に顔を向ける。
「バークティさん?」
バークティ妃はカエの手を掴んだまま、玉座の階段を上がり始めた。
「ちょ、ちょっとダメだって…」
カエは慌ててもう片方の手でバークティ妃の腕を掴んだ。
「今上がっちゃダメだよ!」
「アイシュワリヤーが」
「でもダメ!!」
カエは力いっぱいバークティ妃を引き戻す。上の空のようなバークティ妃だが、思っている以上に力が強い。
下の2人の様子にチラッと目を向け、王は手を上げた。
ザシュッ
「ぐあああっ」
突如3人の影が現れて、アイシュワリヤー妃の身体を剣で刺し貫いた。
「アイシュワリヤー!!!」
「そんな――」
青い髪の毛が揺れるように宙を舞い、真っ赤な血が飛沫となって玉座を濡らした。
バークティ妃は絶叫し、カエは崩れ落ちるバークティ妃を慌てて支えた。
足元に倒れたアイシュワリヤー妃を、王は冷たく見下ろす。
「目障りだ、捨ててこい」
「御意」
応えた影たちの額には赤いチャクラ、王のソティラスたちだった。
ソティラスたちはアイシュワリヤー妃の身体を持ち上げると、またもや忽然と姿を消した。
項垂れるバークティ妃の身体を支えるカエの耳に、スーリヤ宮が振動する音が再び飛び込んできた。
「そうだ、ニシャ――」
《*ボーディ・カマル視点*》
暫しの沈黙の後、王は口を開く。
「ずっと不思議であった。何故、余のムスタ・ソティラスになってまで、バークティを救おうとするのだ?」
尻尾を揺らし、カルリトスは赤い目を王に向ける。どこか、懐かしむような表情が口元に浮かんだ。
「バークティは……、ミラージェス王家は、儂の子孫なんじゃよ」
王は軽く目を見開いた。
「5000年前になるかのう……、儂は70を過ぎたあたりで王位を息子に譲り、シヴァ神の神殿に帰依しておった」
「……そうか、クマール王の」
「酷いもんじゃ。ヴァルヨ・ハリータの力を神官たちで試したんじゃ。そればかりか、神殿に仕える者たち全てが実験体じゃ」
カルリトスの小さな影が、後ろに大きく伸びる。
「儂も容赦なく実験されて、闇色の不気味な何かに姿を変えられてしもうた」
「愛らしい動物姿ではないか」
「1000年ほど前にこの姿に変えた。このほうが、何かと便利でな」
髭が踊るように揺れる。
「余のムスタ・ソティラスなのに、そちの≪分身≫は見たことがなかったぞ」
「お見せしよう」
カルリトスの影から、一人の老人が姿を現した。
何種類もの布を複雑に頭部に巻き、賢者のようなローブを身に纏っている。
10本のタルワールが老人を取り囲んでいた。
剣士の≪トイネン≫。
「ふふっ、素晴らしいな、カルリトス王」
王は天井を見上げる。
黄金と宝石で彩られた天井は、中心がガラスで覆われて光を取り込めるようになっている。
明るい光が謁見の間に差し込み、王は目を細めた。
「一つ、面白い話を進呈しよう。聞く価値が大いにあるぞ」
「……拝聴しよう」