32話:アヤン vs スバス ③
スバスの撃ち放った3本の矢に邪魔されて、ロハンの蹴りはイシャンの頬を掠っただけに終わった。しかしイシャンの頬には、ざっくりと赤い線が浮かび上がって血飛沫が上がる。
「くっ」
「5本剣か。その程度じゃ可もなく不可もなくといった強さか。凡庸な力量だ」
「うるさいっ!!」
癇癪を起こしたイシャンは、剣で突き刺すイメージでロハンに向けて放つ。
「剣の軌道を読まれないように操作するのが剣士の基本だぞ。ほら、この通り。そんな単調な剣じゃ、俺様には通じん」
ロハンはつま先で剣を一つ一つ弾き飛ばしていく。目の前に落ちている小石を蹴り飛ばすようなノリだ。
「むしろこっちの矢のほうが怖い。気を抜くと俺様でも食らってしまいそうだからな」
スバスはロハンの動きを正確に把握することに努めた。着地点、攻撃の溜めなど、ロハンの動きがほんの一瞬止まる箇所を読んで矢を放っていた。
闇雲に剣を操作するイシャンとの大きな違い。ロハンは気付いていた。
「ふむ。俺様の意地より、王への勝利が最優先。バラー・ロハン、こっちへこい!」
アヤンが相手をしているバラー・ロハンを呼び戻した。
「イシャン、私たちの≪トイネン≫も!」
「判った」
スバスもイシャンも≪トイネン≫を呼び戻し、2対4の構図に変わった。
《*アヤン視点*》
「バラー・アヤン、ボクはどうすれば…」
傍らに戻ってきたバラー・アヤンに、アヤンは激しく迷う表情を向けた。
「正々堂々が通じる力量があれば良いですが、ロハンはとても強い。それが判っているから、スバスはイシャンと共闘している」
「うん」
「あの2人もライバルだけど、まずは十二神将をどうにかすることが先決です。我らも加勢しましょう」
そう、王女陣営も王子陣営も、まずは十二神将を倒さなくてはならない。
「ロハンを倒した後が、ちょっと心配だけどね」
スバスはちゃんと勝負をしようとするだろう。しかしイシャンがいる。
「ロハンの≪トイネン≫はあえて無視しましょう。狙うはロハンのみ。2人で狙えば必ず当たる」
「そうだね、下手にあの中に突っ込むより、ここで狙い撃ちをしたほうがイイね」
(スバスはきっと、不快に思うかもしれない…。漁夫の利を狙ったような形になるから。卑怯かもしれないけど、ボクは勝たなくちゃ)
中傷は甘んじて受ける覚悟を、アヤンは口を引き結んで決意した。
アヤンとバラー・アヤンは、気配を消し、殺意を消し、ロハンの頭と心臓に狙いを定めて矢を番えた。
《*スバス視点*》
体術と怪力で生み出される風の攻撃が、とにかく厄介だった。
スバスもイシャンも飛び道具だから相性が悪い。
「シュリアもドゥルーヴも、こんな技使わなかったぞ!」
「隠していたわけじゃなさそうだし、格の違いという奴だろうね」
仲間の格闘士に毒づきつつ、スバスはなんとか突破口を見出そうとした。
(アヤンと≪トイネン≫が気配を消した……。そうか、キミも参戦するんだね)
正攻法な勝負なら、横から手を出そうとするアヤンを不快に思うが、今は違う。まずロハンを倒すことが先決だ。
(おそらくロハンも気づいているだろうけど、アヤンが気配を消したことで、容易に位置を特定出来ないだろう)
ロハンが周囲に気を配り始めたことに、スバスは内心大きく頷いた。
(トドメはアヤンに任せよう。私はロハンに油断を作らねば)
スバスは僅かに口の端を上げた。
アヤンと共闘出来ることで、心が弾むように踊り出している。
「イシャン、私はこれから大技を出す。キミはとにかく剣を繰り出してほしい」
「おお、あの技を!」
スバスは頷くと、空に向けて矢を番えた。そしてバラー・スバスも同じように空に矢を番えた。
「喰らうがいい! 金の流星!!」
スバスとバラー・スバスの放った矢が、空で交差した。すると眩いばかりに光り輝き、次いでまるで豪雨のように無数の矢が、ロハン目掛けて降り注いだ。
「んなっ!?」
ロハンは慌てて宙を蹴り、風で矢を払い飛ばそうとした。しかしそれよりも早く、矢がロハンに突き刺さっていく。
「くはっ」
鍛え抜かれた肉体に、矢が何本も刺さり、まるで針山のような有様で痛々しい。
赤い血を幾筋も滴らせ、ロハンはかばった腕の隙間からスバスを睨みつける。
「弓術士として、すでに最高峰の力を手にしているとは…。まだ若いソティラスながら、天晴よ」
「キミの肉体を深く貫くには、まだまだ威力が弱かったけどね」
謙遜しつつ、スバスはロハンを見て目を細めた。
「銀の彗星か…。あっちの弓術士もやるな」
ロハンは血の塊を吐いて、胸に手を当てる。
心臓の位置に、深々と矢が2本刺さっていた。
(アヤン、見事なり!)
スバスは心の中で喜色を浮かべて手を握り締めた。
《*アヤン視点*》
「良かった、当たった」
アヤンはホッと胸を撫で下ろした。
目隠しとしてスバスが金の流星を使った瞬間、アヤンは矢を放った。
弓術士は実体のある矢を放ちながら、実体のない幻の矢を出すことが出来る。そしてその幻にも、殺傷力を与えることが出来るのだ。
(それが金の流星。ボクにはまだ出来ない技。ても――)
(一本の矢に全てを込めて放つ銀の彗星は、この間ギリギリで撃てるようになったんだ)
もし完璧に放つことが出来ていたら、ロハンの上半身は吹っ飛んでいただろう。
「よし、先にイシャンを」
「避けろ! アヤン!!」
「え?」
アヤンが顔を上げたとき、スバスが目の前に躍り出ていた。
……そして、その身体には、5本の剣が突き刺さっていた。
「アヤ…ン…かっ…て…」
スバスの身体がグラリと傾いで、そして頭から落ちて行った。
「スバス?」
足元で、大きく水音がした。そしてバシャバシャと凄い勢いでワニが胴を回転させている。
「…スバス…」
震えながら、アヤンは足元に視線を向けた。
真っ赤に染まる沼、そして赤く染まった水飛沫。
世界がスローモーションになったように、アヤンの耳には音が届かなくなっていた。
そこへ――
「いやあああああああああっ――」
ダミニの絶叫が、現実に引き戻した。