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3話:シャンティ王女として生きるということ

 召使いに呼ばれて、バークティ妃は退室した。

 カエは黄金で出来たテーブルに、ぺたりと片頬を押し付ける。


(……こんな豪華なテーブルに、皮脂とかつけちゃダメなんだろうけど)


 カエはどうでもよくて突っ伏す。

 とにかく気持ちがドッと疲れていた。


「アレから一週間経ってるってことは、思いっきり学校サボリじゃんね。皆勤賞頑張ってるってのに」


 ちょっと悔し気な笑みが口元を掠めた。


「ヨシコちゃんに数学のノート、借りっぱなしだった。チカたちとカラオケ行く約束もしてた。お父さんお母さんに何も言わないまま――私、いきなり消えちゃったんだなあ」


 せっかくハワイ旅行券も当てたのに、行くこともできない。


「あのとき、大はしゃぎして喜んでた自分がバカみたい。…まさか、こんな場所にいるなんてね。想像するほうが、無理って状況」


 色々思い出して、急にホームシックな感情が込み上げてきた。鼻の奥が熱くなり、カエの瞳がうるッとなった。


「元の世界へ、お帰りになりたいですか?」


 突然話しかけられて、慌てて顔を向ける。


「えっと」

「侍女を務めさせていただきます、マドゥ、と申します」


 感情の伺えない黒い瞳で、マドゥはジッとカエを見ていた。


「よろしくマドゥ。私は歌川カエ。カエって呼んでね」


 しかしマドゥは、ゆるゆると首を振った。


「あなたはもう、シャンティ王女殿下でいらっしゃいます。姫様、とお呼びさせていただきます」

「姫様だなんて、ムズムズする呼ばれ方だなあ。でも、なんかちょっとエラクなった感」


 思わずカエはドヤ顔になる。

 それについて、マドゥは何も言わなかった。

 物音ひとつしない、静寂な空気が部屋を流れていく。


「異世界召喚だって。展開がアニメだよね。――私のいた世界へ、いっぱーい未練とか諸々残してきちゃってるから、帰りたいと思う」


 「はぁ」とカエはため息をついた。

 マドゥはちょっと考える風に俯く。


「あなたのように召喚された女の子たちが、ブドウジュースを飲んで亡くなりました。あなたは本当に、運が良かったと思います」


 マドゥの言葉に、カエは上目遣いで記憶を辿る。


「私って13人目なんだっけ…」


 激痛に襲われた感覚まで思い出し、カエの表情が渋くなった。


「――それは惨いお姿でございました」


 身体じゅうが引き裂かれるような痛み、きっと、スプラッタな光景になってしまっただろう。

 マドゥはその時のことを思い出しているのか、ちょっと辛そうな表情になっていた。


「勝手な物言いになってしまいますが、どうかシャンティ王女として、奥様の復讐を手伝ってください。お願いします」


 使用人だから主人のために、という感じには見えないマドゥの様子。もっと深いところから、バークティ妃を思って言っているように感じた。

 そんなバークティ妃の、娘を亡くして悲しんでいるように見えない、冷たい態度が気になった。


「ナントナク感じただけなんだけど…」


 言いづらそうに言葉を切る。


「バークティさんは、シャンティ王女のこと、あんまり好きじゃなかったのかな。仲良しじゃなかったとか?」


 マドゥはちょっと言葉に詰まった。


「……あまり、よろしかったとは思いません」

「…そっかぁ」


(何かを悔しがってたしね…)


 カエは母親のことを思い浮かべる。今頃、とても心配しているだろう。

 それを思うと、他人の親子関係は、想像以上に複雑で難しそうだ。


「ね、本物のシャンティ王女って、どんな人だった?」

「お優しくて、とてもおとなしい方でした。…ですが、奥様とはあまりお話をすることはありませんでした。どこか煙たがられているご様子で」

「ナントナク、判る気がする」


 あれだけ復讐心に燃えていれば、いくら実の娘でも怖ろしいだろう。

 切実で必死な理由があるとしても、きっと辛かったんだろうなとカエは思った。


「花や動物がお好きで、いつも読書や刺繍などをして過ごされていました」

「刺繍…」


 花や動物は好きだけど、静かに本を読んだり、裁縫をするのは苦手だった。

 ガサツで女の子らしくないと、親にも隣近所にも言われていた。


「私にできるかな、シャンティ王女の代わりが」


 カエの前に、12人もの少女が犠牲になっている。もしここで元の世界へ帰れたとしても、14人目の少女(だれか)がきっと犠牲になるだろう。


「それはイヤだな」


 カエは膝の上で指を組み直し、小さく俯いた。


(こうして異世界へ引っ張り込まれて、挙句には人体改造までされた。ヴァルヨ・ハリータなんて力も継いじゃったらしいし)


 帰りたい、その気持ちはまだ心を席巻している。でも、くよくよしていてもしょうがない。すでに進むべきレールは、もう敷かれているのだ。


(まっ、ここまでされたちゃったんだし、だったらもう、腹括るしかナイのかな)

(復讐の鍵になって、私が女王になる!)


 気持ちを前向きに切り替えるのは、カエの得意の一つだ。

 自然と、手に力が入っていた。


「力の及ぶ限りお助けいたします。どうか、お願いいたします」


 マドゥは深々と頭を下げた。そして、


「お身体の調子もよろしいようなので、カルリトス老師(せんせい)をお呼びいたしましょうか」

老師(せんせい)? 何それ?」

「姫様の疑問に、色々お答えくださる方でございます」


 マドゥは初めて、ニッコリと微笑んだ。


「お連れしてきます」

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