29話:愛は強者を制す
「いた、バリー・カイラ!」
「え?」
ブーメランのように左右から飛んでくる剣を、ジャンプしてかわす。そしてバリー・カイラはマヘンドラの足を払った。
「なんの!」
マヘンドラは後ろに倒れそうな姿勢を剣で支えて防ぎ、すぐさま別の剣をバリー・カイラに向けて放つ。
「させるか!」
そこへルドラが飛び出してきて、マヘンドラの剣を止めた。
「新人か!」
「大丈夫? バリー・カイラ」
「……はい」
全身血だらけで、息も上がっている。あまりにも痛々しい姿に、ルドラは悲しげに顔を曇らせた。
「おい新人、なんで本体がこちらへ来たのだ?」
「え?」
「普通、惚れてる娘の方へおまえが向かって、こちらには≪トイネン≫を寄越すもんだろう」
真顔で言われて、ルドラの顔が真っ赤になった。
「な、なんで惚れてるって判るんだよ!?」
「指を吸われて赤くなっていただろう」
「!!!!!!!」
ルドラは片腕で口元を覆うと、耳まで真っ赤になる。狼狽え言葉が怪しくなり、動揺が凄まじい。
傍らで見ているバリー・カイラまで真っ赤になっていた。
「若いっていいよな」
えらく年上ぶった口調で、マヘンドラは「やれやれ」とため息をついた。
実際ルドラよりも年長者だが、見た目に差はない。
「だが、王命は”我らの勝利”だ。悪く思うな、本気で行くぞ」
マヘンドラが腕を横に薙ぐと、10本の剣はルドラとバリー・カイラに切っ先を向けた。そして1本1本バラバラの動きで襲い掛かる。
旋回しながら斬りつけてくる剣、突きを繰り返してくる剣、ブーメンランのように軌道の読めない動きで襲い掛かってくる剣。
10本からなる剣の動きに、ルドラの6本の剣が必死に対応する。
(さっきより剣の動きの精度が良い。やっぱ十二神将の名は伊達じゃないんだな)
バリー・カイラの攻撃をマヘンドラにぶつけさせようと、ルドラはバリー・カイラに襲い掛かる剣を阻もうとした。しかしそれは読まれているのか、徹底的に妨害されてしまう。
「バリー・カイラ、思いっきり地面に踵落としして!」
「は、はい!」
すぐさま右足を大きく振り上げ、地面に踵を打ち付けた。
踵のあたった場所から亀裂が走って、ズズズズっという音と共に地面が揺れる。そして大きな三重のクレーターになった。
「な、なんだっ」
バランスを崩したマヘンドラは、身体を前後に動かして倒れることを防ぐ。そこへルドラが飛びかかって、2人はもつれながら地面を転がった。
「油断し過ぎだ!!」
馬乗りになり、ルドラは剣の柄をグッと握る。そして切っ先をマヘンドラの顔に定めた。
「おまえもな」
「きゃあっ」
「!!」
振り返ると、切っ先を向けたマヘンドラの剣が、バリー・カイラを捉えていた。
「くそっ」
バリー・カイラのほうを向いたままのルドラの腹を、マセンドラは思い切り蹴とばした。
後ろに蹴り飛ばされたルドラは、慌てて立ち上がる。
すでに立ち上がって建て直していたマヘンドラは、酷く残念そうな表情をしていた。
「私とデバラジは貴族だった」
「え? 貴族??」
唐突に語られた内容に、ルドラは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「所謂”没落貴族”というやつだ。子供だった私たちは、奴隷商人に買われて、そして王に献上された」
(なんだいきなり…身の上話とか…)
「王に仕えることに不満はない。しかし、奴隷たちと同身分に置かれることは、中々受け入れられなかった」
「……そうか」
「だから必死に修行して、強くなり、十二神将の地位を手に入れた」
マヘンドラが片手をあげると、バリー・カイラを取り囲んでいた剣が戻る。
「この戦いが終われば、私は十二神将から外されるだろう。デバラジを死なせてしまったからな」
やがて10本の剣が淡く光り出し、そして1本に融合する。
ひときわ強い光を放ちながら、形を崩し一羽の白銀の鳥に形を変えた。
「剣が――変形してる!?」
ルドラはギョッと目を剥いた。
「敵対することもなければ、こういう技も教えてやれたんだがな」
マヘンドラが手を振り下ろした。
白銀の鳥が大きな翼を広げ、真正面から突っ込んできた。
「うわっ」
4本の剣を正面で交差させて、鳥の攻撃を防ぐ。
ギイィィン
激しい火花が散って、ルドラは後ろによろめいた。
鳥はすぐに旋回して、再度突っ込んできた。
(まずい)
体勢を崩しているルドラには、鳥を避ける術がない。剣の防御が間に合わない。
「バリー・カイラ、盾に!!」
その時カイラが叫び、すかさずバリー・カイラがルドラの前に立ち塞がって、鳥の突進をその身で受けた。
「なんてことを!!」
バリー・カイラの腹に食い込んだ白銀の鳥は、逃れようとしたが抜けられずにもがく。その度にバリー・カイラの血が地面にしたたり落ちた。
「これで終わりよ!」
マヘンドラの背後に現れたカイラの振り上げた足が、マヘンドラの脳天に爆裂した。
「ルドラ!!」
カイラは泣き顔でルドラに抱きついた。
「カっ、カイラ」
赤面しながらあたふたとルドラは慌てたが、泣きじゃくるカイラをそっと抱きしめた。
辺りを見回すが、バリー・カイラの姿はなかった。
カイラの顔が見たくて、ルドラはカイラの肩に手を置いて顔を覗き込んだ。
「よく頑張ったね」
「うぐっ…ルドラが…助けてくれたから」
「うん」
もっと色々かけたい言葉があったが、今は余計な言葉はいらなかった。
(抱きしめているだけで、いい…)
カイラの体温をじっくり感じながら、ルドラは戦いのことを思い起こしていた。
(曲芸師とバカっぽい奴で何とかなったけど…)
勝因は敵の性格に寄ったところが大きかったと、ルドラはしみじみと思う。
もし冷徹なまでに攻撃のみに特化していたら、戦闘経験の浅いルドラやカイラはすぐに屍を転がしていたはずだ。
(曲芸師はともかく、マヘンドラはタブン……良い奴だった)
(十二神将は残り10人と、アルジェンとこのソティラス諸々か)
「カイラ、行こう」
カイラは頷きながら、ゴシゴシとやや乱暴に涙を拭く。
「うん。頑張って敵を倒さなくちゃね」
「一緒に行動しよう。戦闘はなるべく≪トイネン≫に任せて、オレたちは回復に専念だ」
「はい!」
ルドラはカイラの手を握る。
カイラははにかみながらも、ルドラに明るい笑顔を向けた。