28話:カイラ vs デバラジ ④
「いた、そこ!」
青い服の少年の後ろ姿を捉え、カイラは野球ボール大の石を拾い上げると、渾身の力を込めて投げつけた。
「ぐげっ!」
剛速で飛んできた石に気付かず、少年は背中に食らって前に倒れた。
カイラは迷わず少年の背中にミサイル・ドロップキックを決めようとした。しかし寸でで少年は横に転がり避ける。
カイラの足は地面にクレーターのような大穴を開けた。それを見た少年は唾を飲み込んだ。
「一応チームなのに、アタシを狙うなんて」
「オマエはバカなのか? チーム戦などと建前だ。生き残った者が勝ちなんだよ!!」
少年は掌に納まる程の小さな拳銃を2丁抜いて、カイラ目掛けて撃ち放つ。
「ぐっ!」
弾は2つともカイラの両肩を掠った。しかしひりつき焼けるような痛みがカイラを襲う。
「へっ」
少年がニヤけると、遠方から2つの銃声がした。
(!! 殺られる)
瞬時に少年の≪トイネン≫が撃った銃撃音だと気づいたが、飛んでくる方向が判らずカイラは固まった。
「舐めるなよ! 新人!!」
そこへ、バラー・マヘンドラが飛び込んできて、弾丸を剣で防いだ。
(え? マヘンドラの≪トイネン≫??)
「なんで十二神将が邪魔すんだよ!!」
少年は激高して叫んだ。
カイラも同じ疑問で目を瞬かせた。
「正々堂々戦う場に、影からコソコソと獲物を狙うなど、栄えある王族の僕のすることか!!」
「銃器士だぞ! 死角から狙うのは普通だろうが!!」
(……う、うん……アタシもそう思うかな…)
激怒している少年の主張に、カイラもつい同意してしまう。
「そこの新人娘、コイツは任せたぞ! 私はこいつの≪トイネン≫を殺る」
「は、はいっ」
バラー・マヘンドラはすぐさま飛び退っていった。
***
謁見の間に「……」といった空気が漂った。
「こっちとしては助かったけどさ……、おもろい奴だね、マヘンドラって」
「いつまで転がってやがる、ラメスの奴!」
顔を険しくさせて、アルジェン王子は肘掛けを拳で叩く。
「まー無理よー。だってカイラの石が背中にストライクしてんだもん」
カエは更にアルジェン王子の神経を逆撫でした。
「ラメスの奴、後で俺が殺してやる!」
***
「……正義感の、強い≪トイネン≫ですね…」
「くそがっ! くっ」
少年――ラメスは、起き上がろうとするが背中の痛みが酷く、中々起き上がれない。
それをジッと見下ろしていたカイラは、
「ごめんね、でも、アタシもこうするの、普通だと思うから…」
カイラの愛らしい顔が、殺伐とした色に塗り替わる。
「くっ、貴様」
ゆっくりと右足を大きく振り上げた。
ラメスの顔が、一瞬で恐怖に引き攣る。
「や…やめ」
踵がラメスの顔に定まり、カイラは勢いをつけて右足を振り下ろした。
***
バラー・ラメスの連射される弾丸を、剣で跳ね返していたバラー・マヘンドラは目を見張る。
「どうやら、あの新人娘、本体を倒したようだな」
突然攻撃を止めたバラー・ラメスは、真っ黒なコールタールのように染まり、輪郭を崩しながら地面に消えていった。
「王女も王子も、優秀なソティラスを揃えているな。≪トイネン≫共々動きが良い」
「だが、王の十二神将として、負けていられない。――次は新人娘だ」
バラー・マヘンドラは地面の黒いシミに黙礼して、その場を去った。
***
《*ルドラ視点*》
剣士の身体を纏う剣の形状は、特性主それぞれだ。
ルドラの剣は全て直刀。曲がったことを嫌う彼の性格を反映した剣は、十二神将デバラジの魔法をことごとく切り裂き、跳ねのけ、ついに懐に入り込んだ。
「おまえの魔法、蛇と炎ばかりで、芸がないよ」
ややつまらなさそうにルドラは呟いた。その態度にデバラジは歯噛みする。
「戦闘経験も浅いくせに、なんだこいつの強さはっ」
魔法士の弱みは、物理的対処が他の特性よりも甘い点だ。
大抵は魔法で近づけさせないが、稀に突破してくる者もいる。
相手はただの少年ではない、同じソティラスだ。
ルドラはデバラジの顔に肘鉄を食らわせ、体当たりして仰向けに押し倒した。
「カイラを泣かせたおまえだけは、絶対許さない」
デバラジに顔を寄せて、ルドラが凄む。
「魔法士は確かに厄介だけど、別におまえは強くない。アールシュのほうがはるかに上だ」
「なんだと!」
デバラジの心と身体を、ゾワリと恐怖が覆う。
「くだらん…貴様のような小僧に…!」
吐き捨てるように言ったその声は、怒りというより悔しさに震えていた。
ルドラは握った剣の切っ先を、デバラジの腹部に押し当てた。
「姫様の為の戦いだけど、おまえを殺すのは、カイラを泣かせた罪を償わせるためだ」
「……この命、王に捧げた時からとうに…」
王に選ばれソティラスになったとき、十二神将に抜擢されたとき。誇らしい気持ちが脳裏を駆け巡っていった。
デバラジの目は、栄光に照らされた王の姿を見ていた。
「これで、オレたちの勝ちだ」
囁くようなルドラの声が、ひときわ静かに、重く響く。
切っ先がデバラジの腹部に刺さり、刃はゆっくりと体内へ押し込まれていった。
デバラジが絶命したことを確認して、ルドラは遺体に背を向ける。そして意識を凝らした。
「カイラの≪トイネン≫とマヘンドラ本体が戦ってる…。――オレの≪トイネン≫は消えちゃってるな」
ポリポリっとルドラは頬を掻く。
どのように消されたかは判らないが、「どうせならカイラの≪トイネン≫を庇って消えててほしいな」と願望を滲ませる。
「カイラ本体は……マヘンドラの≪トイネン≫と接触したか」
眉をすがめて、カイラのいる方角に顔を向けた。
「待っててカイラ、マヘンドラ本体を叩きに行ってくる。頑張って耐えてて」
ルドラはグッと口を引き結ぶと、マヘンドラ本体のいるほうへ駆けだした。