26話:カイラ vs デバラジ ②
(良かった、ちゃんと攻撃当たる!)
(相手はベテランだし、対抗できるかずっと不安だったけど、でもやれそう)
仲間たちと模擬戦は沢山こなしてきた。しかし、敵との実戦は初。
ずっと、不安で心配していた。
(恐れてちゃダメ、姫様の為にも勝たなきゃ)
王族という天上の身分でありながら、気さくで砕けて優しいカエ。まるでお姉さんが出来たように感じていた。
そんなカエのことが大好きだから。
(負けるわけにはいかない!)
「はあっ!」
カイラの拳がうなりを上げて、もう一体の炎の蛇を叩き潰した。
呼吸を整えながら間合いを詰めてくるカイラに、デバラジは冷えた目を向ける。
「…甘く見ていた。初陣の割に、やるじゃないか。なら、本気で相手をしてやる」
デバラジの≪分身≫が戻ってきて、デバラジの背後に従う。そしてバリー・カイラも戻ってきた。
「大丈夫?」
「はい、何とか」
負傷はしているが、バリー・カイラの傷はどれも浅かった。
「あいつ、何をしてくるんだろう…」
デバラジは杖で宙に文字を書いている。それを阻止したかったが、デバラジの≪トイネン≫が牽制していて手を出しあぐねていた。
書き終わると、文字は地中に吸い込まれた。
「最上級の召喚魔法を馳走しよう。聖なる蛇王の洗礼を受けるがイイ! 招炎八頭蛇!!」
カイラの足元の土がひとりでに盛り上がり、真紅の円陣が回転し始めた。
円陣はやがて炎を揺らめかせ、次第に劫火に姿を変える。そして8体の巨大な蛇が躍り出た。
「偉大なる八大蛇王だ。その身を生贄として捧げよ!!」
「くっ」
8頭の蛇王たちが、一斉に襲い掛かる。
「ここはアタシに任せて!」
バリー・カイラが前に出た。
両腕を頭上で交差させ、二頭筋に力を込めて拳を握り、蛇王たちの頭を一斉に薙ぎ払った。
「さすがっ!!」
カイラが歓喜の声を上げる。
蛇王たちは反動を利用して、再び襲い掛かってきた。
バラバラに襲い掛かってくるため、バリー・カイラは間断なく攻撃を続けた。
熱気と焦げた空気に喉が焼ける。汗で額を濡らしながらも、カイラは足を止めない。けれど――
「っ……く……!」
ふと踏み込んだ瞬間、膝が抜けた。バリー・カイラも同じように身体をぐらつかせている。
(どうして…なんだか…痺れてきたわ)
火傷からくるものじゃない。ずっと身体の芯から、感覚や動きを阻害されるほどの痺れ。急激に身体が重くなり、全身がビリビリと痺れる。呼吸が苦しくなり、立っているのがやっとだ。
「ようやく効いてきたか。しぶといくらい防戦を続けていたな」
やや呆れ口調でデバラジは肩をすくめた。
「蛇王たちの炎の煌めきにいざなわれ、毒蝶ナットカッが周囲に集まっていることに、気付いてないのかな?」
「毒…蝶…!?」
赤い炎の揺らめきの中、エメラルドグリーンの羽根を羽ばたかせている蝶の群れ。物凄い数である。
「毒蝶ナットカッの鱗粉には、生物を痺れさせる効果が、通常の10倍以上ある」
「そん…な」
「これだけの毒鱗粉を吸っているのだ、もう動けまい」
体勢を立て直す力が出ない。正面、左右、上――蛇王たちの攻撃がかわせなくなってきた。カイラも≪トイネン≫も、防御も出来ずに強打を食らい続けた。
それでもカイラは拳を弱弱しく握る。痺れる腕に力を込め、立ち向かおうとする――けれど、身体は次第に重く、視界は滲んでいった。
意識が混濁しだしたその時、
「カイラ!!」
ルドラが声を張り上げて、カイラの元へ飛び込んできた。
「…ルドラ…」
嬉しさと安堵で身体が震える。熱い想いが目から溢れだし、カイラは涙を零した。
カイラの涙を見たルドラの顔が、サッと怒りに塗り替わる。
「よくもオレのカイラを泣かしやがって!!」
***
「よっしゃああ!! いいぞルドラ! それでこそ男ってもんよ!!」
謁見の間に轟くほどの大声で、カエが狂喜した。
「シャ、シャンティ!!」
バークティ妃が大慌てで声を張り上げた。
「あ…」
ガッツポーズをキめたカエの動きが凍り付く。
「お上品だな」
ニヤニヤしながらアルジェン王子が嫌味を飛ばしてきた。
背中には、王からの好奇の視線が向けられていることを感じ、カエは内心ダラダラと汗を流す。
(と…、とにかくカイラは助かりそうかしら…)
カエは凍り付いたまま、モニターを見やった。
***
「ルドラ、あなたの≪トイネン≫は?」
ルドラ1人だけだと気づいて、カイラは不安そうに訊ねた。
「心配するな、もうすぐこっちくる」
「…気を付けてね、あの蝶の鱗粉を吸うと、身体が痺れて動きが取りづらくなるの…」
剣で蛇王たちを払い続けながら、ルドラは上に視線を向ける。
炎に焼かれても、蝶は一向に逃げようとしていない。
「蝶って火に近づかないもんだろ。気色悪いな、あの蝶」
「ええ…」
「小僧、なんで貴様はそこで動けている!」
突然デバラジが動揺するように叫んだ。
「オレは毒に耐性があるからだ。耐毒体質なんだ、生まれつき」
焦りの色を浮かべるデバラジに、ルドラは挑発するように不敵に笑んで見せた。