22話:葬儀会場にて
「さあ、行くわよみんな」
優雅に自信たっぷりに、バークティ妃が微笑む。
ラタ王女の葬儀当日。
みんな真っ白な喪服で会場へ向かう。
バークティ妃、カエ、スニタ、カルリトス、シャム、マドゥ、そして7人の≪分身≫が付き添った。ソティラスたちはアンブロシア宮で待機だ。
「シャンティ様がドジを踏まぬよう、私が後ろでしっかりサポートします」
「こ…心強いですわ」
カエの口元が、上品に引き攣る。
この3か月間、スニタによる地獄の王女教育を耐え抜いた。その成果が今日、試される。
会場はウシャス宮殿の中央、王の寝所ヴリトラ宮にある庭で行われる。
「オリンピックの開会式場みたい…」
ヴリトラ宮の召使いに案内されて入った庭は、何もない、だだっ広い競技場のようだ。
すでに大勢の人々が地面に座っていた。
案内された一角は、見ただけでも判る、高貴な身分の人々が椅子に座っている。
王族だ。
(あっ)
カエはアルジェン王子の挑発的な視線に気づき、表情を引き締めた。
「これはこれは、ハジメマシテ、我が妹シャンティ王女」
「ご挨拶を先にありがとうございます。初めましておにいさま」
アルジェン王子とカエの間に、火花がバチバチぶつかる。
その場の空気が一瞬にして凍りついた。
(ケッ! なあにが「おにいさま」よ、気持ち悪いったら)
胸中で粗野に毒づく。
「アイシュワリヤー妃殿下、御久し振りでございます」
この空気を意に介するふうもなく、バークティ妃がいつものニコニコ笑顔で割って入った。
「こちらこそ、御久し振りですね、バークティ妃殿下」
青い髪をした美しい女性が、ゆったりとした仕草で会釈する。
アルジェン王子の母、アイシュワリヤー・ルディヤーナだ。バークティ妃とは対照的に、ニコリともせず冷たい表情を浮かべていた。
「この度は、王子共々ソーマ宮に?」
「ええ、もちろんですわ」
ソーマ宮は東側にある、男の後継者が住まう宮殿だ。
アイシュワリヤー妃は象牙細工の扇で口元を隠し、切なげにため息をつく。
「年齢で言えば、18歳になるアルジェン王子が、ラタ王女の後を継ぐのですけれど。何故陛下は、シャンティ王女と競わせようとなさるのか…」
アイシュワリヤー妃が声のトーンを一つ上げて言い放つ。
「確かに年齢順で言えばそうなりますけれど…」
いったん区切り、バークティ妃は美しい柄をあしらった鉄扇を、”バッ”と大きな音を立てて開く。
「ホホホ、せっかくヴァルヨ・ハリータの力を継いだ子供が、2人もいるんですもの。競わせたくなるのも、無理はありませんわ」
バークティ妃のこの言葉に、アイシュワリヤー妃よりも周囲がざわめいた。
「相変わらず強気じゃのバークティ。――ヴァルヨ・ハリータの力を継ぐことができなかった、王子王女を持つ他の妃たちじゃ」
カルリトスがそっと耳元で囁いた。
少し離れたところにかたまって座っている。
ディシャ・ウルタード妃、20歳になるアーメッド王子。
アヌプリヤー・エスキベル妃、21歳になるダルシャン王子。
シュリヤ・デラ妃、13歳になるビベック王子。
カージャル・ペラレス妃、10歳になるシータ王女。
他の4人の兄弟妹たちは、ヴァルヨ・ハリータの力を授かることが出来ず、後継者争いから完全に外されていた。
身分的なものを持ち出せば、同じ王族であっても、アルジェン王子とシャンティ王女とは格が違うらしい。
腹違いとはいえ同じ血を分けた兄弟妹だが、アルジェン王子以外の兄弟妹たちは、目を合わせようともしなかった。顔に「屈辱」と書いて俯いている。
(なんだか悲しいな…。まあ、私が後継者候補だから、そう思えるのかもしれないけど)
アルジェン王子とアイシュワリヤー妃とは、少し離れたところの席へ座った。
会場に全ての客が入り席に着くと、やがて銅鑼の音が会場に轟いた。
「あれが、あなたのお父様よ」
「どれどれ…」
バークティ妃が扇で示すほうへ視線を向ける。
ボーディ・カマル・イリスアスール。
即位してすぐ周辺7国へ攻め入り隷属させ、国土を一気に広げた『偉大なる王』とも呼ばれている。
45歳になる王は、褐色の肌に金色の髪をしていた。
(某アニメに出てきそうな、王子様顔っぽい。授業参観に来ると、クラスメイトに自慢したくなるような。ウン、そんな感じ)
勝手な感想を脳内で並べていると、一瞬だけ王と視線が重なった。
「……」
しかしそれだけで、王は座席について会場を見渡していた。
(バ、バレたかと思った…ビビったわ…)
カエは内心ドキリとして、冷や汗を流した。
王から遅れて、1人の女性が召使いに付き添われて姿を現した。
「ハンシカ・フェレイロ・イリスアスール王后よ」
バークティ妃が囁くように教えてくれる。
やや褐色の肌と黒髪の、奇麗な人だった。
とても控えめな感じで、バークティ妃やアイシュワリヤー妃のほうが、よほど気位が高い。とくに今は、娘を亡くして悲しみに暮れる母親という雰囲気に包まれている。
王后が席につくと、式が始まった。