21話:宝石の星空の下で
「さっき見つけたんだ、すげーなこれ」
「わお…」
体育館ほどの広さを持つ小さなフロア。高い吹き抜けの天井には、一面星座が描かれていた。まるでプラネタリウムだ。
フロアの床には水が張られ水蓮が浮かんでおり、中央にあるステージみたいな処には、ゆったりとした長椅子が置かれている。そこまでは細い一本の路が引かれていた。
カイラとニシャの≪分身≫は入口に控え、カエとシャムは中央の長椅子に座った。
「天井の黒い部分はオブシディアンだな。あの星座、星が全部ダイヤモンドだろう。星と星をつなぐのはプラチナかシルバーか」
「なんつー贅沢な…」
「ははっ。こだんけ豪勢な宮殿だぞ、このくらい普通だろ」
わははっとシャムは笑った。
「これを普通呼ばわり出来るなんて、目が肥えてんのね」
「ここは黄金と宝石とシルクだらけだぞ。肥えねえほうがオカシイ」
「確かに」
星座を模した宝石たち。
(あの一粒でどのくらいのお金になるんだろう)
カイラやルドラの貧しかった集落の様子を思い出すと、とても切ない気分になった。
「ねえシャム、私が女王になったら、身分制度見直しって成功すると思う?」
女王を目指す、カエ自身の目標。
ぽつりと言ってみると、返事はすぐに返ってこなかった。
睨むように星座を見ていたシャムは、やがてため息をつく。
「一代では無理だ。子々孫々まで根気強く進めていけば、いつかは見直されるかもしれん」
「…女王の命令でも?」
「ああ。限度はあるだろうな」
「そこまで絶対最強無敵ってわけじゃないんだ」
上目遣いになり、カエはちょっとガッカリする。
「村程度のちっちゃな国でも、王の好き嫌いで治められるほど簡単じゃねえ。一時支配できたとしても、すぐに反発が出る」
シャムは諭すように言った。
「国は王1人が支えてるんじゃねえ、民1人1人の力で支えあってるんだ。ある程度の独裁は許されるだろうが、身分制度は国の根幹をなす。長い時間をかけて、ゆっくり変えていく必要がある」
「うん…。なんかさ、もっと単純に考えてた。女王になれば色々変えられるって」
「イリスアスール王国は巨大な国だ。歴史も長い。現国王が領土を拡大したから、それだけ統治も大変だろう」
(教室をまとめる程度に考えてたかも…。規模が全然違うな…はうん)
「なんでえ、そんな殊勝なこと考えてたのかよ」
「そ、そりゃあ女王になるんだから、マシなことしないとだし」
「ハハッ。おめーはまず、王子に勝つところから悩まないとだろ」
「そうなんだけどお…」
まずは目先の課題をこなす。
「まあ、何も悩まず考えないよりはずっとマシではある。無能なやつが玉座についてもこの国は揺るがねえ。だが、腐敗は進む。そしていつかは滅びの一途を辿るだろう」
頭の後ろで手を組み、シャムは天井を見上げた。
「完全に滅びきるまで苦しむのは民だ。改革も大事だが、まずは民に苦しみを与えないようにすることを考えるんだな」
「そか…。うん、そうだね」
「後継者になったら、しっかり勉強して調査して備えろ。女王になったとき、臣下をうまく動かせるように」
(まさか、シャムに滅茶苦茶マトモなこと、言われるとは予想外…)
(まあ、色々苦労してきたから、現実が見えてるんだよね)
「シャムのくせに、マトモなこと言うじゃん」
「ケッ、バーカ」
目をすがめて、シャムは口を尖らせる。
「私って、ラクして後継者になれちゃいそう。子供たちが頑張るだけで、たいした努力もせず、勝たせてもらうだけなんだろうな」
「別にいいんじゃね?」
「だって、私、なにもしてないのに?」
シャムはしばらく私を見つめた後、抑えていた感情が爆発したように、いきなり私を押し倒した。
「ちょっ」
(なになに! 顔が近いよヤダもうなに!!)
カエは一瞬で顔を赤くして、身体を緊張で強張らせた。
「問答無用でこちら側に引きずり込まれ、激痛に耐えて身体を改造され、今の人生押し付けられて何もしてないだと?」
「そ、それは…」
「じゅうぶんすぎんだろ! 知らない世界に引っ張り込まれた時点で発狂モンだぞ? 身体をいじられて精神崩壊しないほうがおかしいんだ」
本気で怒っているシャムの顔を見上げ、カエはグッと口を噤む。
「全部受け入れて前向いてるじゃねえか。それがどんだけ凄いことなのか、判ってないのはオマエだけだ、バカ野郎が」
シャムは身体を起こして座り直した。
「ミラージェス王国にとって救世主なんだ、おまえは。バークティ様も含め、ミラージェス王国民はみな感謝してる。そこんとこ、改めて自覚しとけ」
(……そうだね…言われてみれば、私の境遇凄いと思うわ)
(外見を手術とかで整形されたとかじゃなく、構造から造り替えられてるんだもんね)
本当に死ぬ思いを味わったし、もう元居た世界へは戻れないと断言された。
そしてそのことを受け入れて、ウシャス宮殿までたどり着いた。
あらゆる非現実と共に、前を向いて進んできたこの3カ月あまり。
(救世主って考え方は出来てなかったな…。でも、本当に救世主になるのは、正式に後継者になれたらダケド)
隣のシャムを見ると、難しい顔を天井に向けている。
(相変わらずオッサンのくせに。……なんか、あれ、ドキリとしてしまった!?)
急に意識したせいなのか、耳の奥で鼓動がエンジン全開だ。
背中に汗が噴き出し、全身がカッと熱くなった。
「バッ! シャムのくせに!」
「あん?」
「何でもないもう寝る!」
「お、おう…、しっかり寝とけ」
いきなり怒って立ち上がったカエに驚いて、シャムは椅子からズリッとズレた。
「おやすみっ」
「…おやあ」
顔が赤くなるのを見られたくなくて、カエは急いで部屋を出た。カイラとニシャの≪トイネン≫が慌てて追いかけてくる。
(なっ、なんでシャムにドキリってするん! 顔赤くなるの意味不!! 別に美男子でもないし半分人間じゃないし無礼者なのに!)
目の前の黄金の壁を、拳で思いっきり連打したくなる。
足早に迷わず自分の部屋に戻ると、挨拶もそこそこにベッドに潜った。
心臓がドクドク早打ちする。
(こういうのを血迷ったっていうんだよね! なんだってシャムなんかに)
いくらカレシいない歴15年でも、よりにもよってシャムとか。
(私の好みはルドラやアールシュの≪トイネン≫のような美形なのよ。なのにむさいオッサンなシャムにトキメクとか、まずアリえないし!)
(乱暴だし、紳士的じゃないし)
それに、それに。
(なんか、優しいし…)
バカにしたような言い方をしてくるけど、でもカエを大事に思って言ってくれていることばかり。
「惚れちゃったらどう責任取ってくれるんだよ…バカ」
「……っていうか、もう惚れちゃってるかもしれない」
カエは掛布団を目深にかぶった。