20話:子供たちと他愛ない時間
「どっしぇえ…黄金の使用量…」
アンブロシア宮殿の内装のゴージャスさはハンパナイ。黄金以外の面積のほうが少ない有様だ。
水蓮を模した花模様を中心とした装飾彫刻に、シャンデリアはルビーやダイヤモンドを惜しみなくあしらっていた。ベッドなど、黄金と象牙細工で出来ている。
後継者になったらずっと住むことになる、王女の部屋の中は凄かった。煌めき度100倍増し。
小さな中庭には、噴水と水路、蓮の浮かぶ池があり、オスのクジャクまで歩いている。
隣接してある侍女の部屋もすさまじく豪華で、マドゥも驚きのあまり開いた口が全然塞がっていなかった。
「ひ、姫様っ」
カイラとダミニとニシャが、慌てふためきながら駆け込んできてカエに飛びついてきた。みぞおちに幸せタックルがちょっと痛い。
「ど、どうしたの!?」
「あたしたちのお部屋が黄金だらけで、ベッドカバーとかシルクなんですよ!」
大興奮しているニシャがまくし立てた。
「私たちのお部屋、姫様のすぐ近くなんです」
ダミニとカイラが、嬉しそうににっこり微笑んだ。
「それは良かった、すぐ会える距離なんだね」
「はい!」
輝く笑顔で喜ぶ子供たち。
「ソティラスといえど、奴隷身分の子供が、王女に馴れ馴れしくしてはいけない」そうバークティ妃は散々言っていた。
しかしカエは、自分を守るためにいる子供たちに、奴隷だからなどと、隔たりは作りたくなかった。
時と場所は選ぶとしても、大切な仲間なのだ。
(私自身に戦う力はない。子供たちを戦いの武器に造り替える力しか…)
亡きシャンティ王女が忌んだ力、でもカエは躊躇わなかった。
(私は子供たちに守ってもらう立場。計画遂行のためには)
(身分だの立場だの「クソ食らえ」でございます!)
スニタ先生風の口調で、決意を確認する。
「さすが王女の部屋だな、凄い豪奢だ」
アールシュ、セス、ルドラ、アヤンが部屋に入ってきた。
「オレたちの部屋も凄かった。あんなところで寝起きしてたら、罰が当たりそう」
ルドラがげんなりと言うと、アヤンはクスクスと笑った。
「なんだかボクたちも、王侯貴族になった気分です」
「みんなの部屋も奇麗でよかった」
アヤンは嬉しそうに頷き、クジャクに気づいて珍しそうに見つめ始めた。
「セス、宮殿に見合うようその見た目を」
「変えぬわ!」
「ちぃっ」
カエは唇を尖らせた。
「王女よ、これからはあなたの部屋に、カイラとニシャの≪トイネン≫がつきっきりで入る。他の≪トイネン≫は部屋の外などに配置するよう決めてきた」
「おっけい」
アールシュはぐるりと部屋を見渡す。
「このウシャス宮殿全体に、おそらく王配下の≪トイネン≫たちが、いたるところに配置されているな。だからアルジェン王子の≪トイネン≫が侵入してくる可能性は、低いと見ていいだろう」
「え…そんなにいるん? 王の≪トイネン≫たち」
「ああ。気配を消して、見えないようにしてあるが、かなりの数だな。さすがは1万もいるというエセキアス・アラリコだ」
「ひえ…」
アールシュは肩をすくめて苦笑する。
(見えないとはいえ…24時間常に監視されてるんじゃ、胃に穴があきそうよ)
げそーっとカエは肩を落とした。
夕食はカエの希望で部屋に運ばれて、子供たちと楽しく料理を囲んだ。
みんな初めて出会ったときは、ガリガリの痩身だった。しかし今は、年相応のふっくらさを取り戻している。ルドラとアヤンは、鍛えて見違えるほど逞しくなっていた。顔つきも精悍さが際立ち頼もしい。
他愛ないお喋りで楽しい時間はあっという間に過ぎ、カエは大欠伸をした。
「とりあえず今日はもう寝よっか。あんだけ爆睡したわりに、もう眠いわ…」
子供たちともっと話していたかったが、眠気のほうが勝ってしまった。
「そうですね。もう寝ましょう」
「みんな、おやすみ~」
「おやすみなさい、姫様」
「おやすみなさい」
カイラとニシャの≪分身≫だけ残し、子供たちは部屋を出て行った。
寝支度を手伝ったマドゥが侍女部屋へ下がり、カエはベッドに入る。そして近くにいるバリー・カイラを見て、ふと首を傾げた。
「≪トイネン≫は寝なくて平気なんだっけ?」
「はい。一生寝なくても大丈夫みたいですよ。というより、眠気が全くなくって」
「…それは」
にっこりと答えるバリー・カイラに、思わず引き攣った笑みを向けた。
疲れも感じず、食事もトイレも必要ないそうだ。
(≪トイネン≫はソティラスの影から出てくる、影が実体化したようなもの。…生き物…じゃないんだよね)
不思議な存在、などと思いながら、カエは眠りについた。
真夜中に目が覚めた。枕が変わってもすぐに熟睡できるカエにしては珍しい。ここがウシャス宮殿だから、緊張でもしてるのだろうか。
(朝までまだあるし、もう一度寝よう)
目を閉じる。しかし何故だか意識が冴えわたっていて眠れない。
「なんだろうね…、まあ、しゃーない…」
ベッドからもそもそ這い出た。
この部屋のベッドは壁のない箱のようなものの中にあって、3方向をシルクの布で幾重にも覆っている。部屋の中からはベッドが見えないようになっていた。
「あら、姫様」
薄明りの中でジッと立っていた、バリー・カイラが小さく声を出した。
「へへ、なんだか目が覚めちゃって。水でも飲もうかな」
「まあ」
バリー・カイラはテーブルの上にある黄金の水差しを取り、黄金のコップに水を注いだ。
「ありがとう」
コップを受け取り、水を一気に飲み干した。
そこまで差はなさそうだが、カリオフィラス領より王都は若干蒸し暑い。それで喉でも渇いたのか、もう一杯水を飲んだ。
「よし、涼みに、ちょっとアンブロシア宮の探検でもしよう」
「お供いたします」
「あたしもっ」
バリー・ニシャが慌てて駆け寄った。
「うん。3人でいこっか」
部屋を出ると、通路は明るかった。
いたるところの壁に火が灯っていて、黄金で出来たランタンだ。
(こういうとこは、アナログだよね…。なんで電気じゃないんだろうか。火事の心配はしてないんかな…)
磨き抜かれた大理石の通路を、のんびりと歩く。
「広いなあ…領主館が小屋に思えてきたよ…」
初めて領主館を歩き回ったときは「どんだけ広いんだよココは!」と思わず叫んだくらいだった。それなのにアンブロシア宮は、その比ではない広さ。1人でうろついたら迷子確定だ。
「こんな時間になに徘徊してんだ?」
突然素っ頓狂な声で言われて、びっくりして声のほうを見るとシャムだった。
「老人じゃねーし! 徘徊じゃないよ散歩だよ!」
「もう真夜中だぞ。ガキは寝てる時間だコラ」
「そーゆーシャムこそなにしてんのよ」
「夜這い相手を探してて迷ってた」
こいつは…。
「ま、ちょうどいいや。眠くなるまでちょい付き合え」
「……」
断ろうとしたが、眠くないのでカエは黙ってついて行った。