14話:奉公先には丁重にお断りをしてくる・後編
「そんなにあの2人の素質は優れておるのか?」
ずっと口を閉ざしていたカルリトスは、車に乗り込んでから口を開いた。
「ああ、驚くくらい優秀だ。3カ月もあれば、想像以上に素晴らしいソティラスになるだろう。王女も喜ぶ」
「ふむふむ。ならば、こちらに譲ってもらわねばの」
運転手に行き先を告げ、集落から30分ほどの距離にナラシンハ地区はあった。
美しく整えられた大きな街。
街へ入って南へ進むと、やがてデカくて派手な屋敷が見えてきた。
「ふむ…、なんだか、領主館よりも大きくないか?」
「そうじゃの…」
運転手も口の端がひきつっている。
成金趣味というものだろう。おそらくブブという者を模したものか。黄金のデカイ像が左右を飾る玄関前に、車を停めてもらった。
「成金とは、愉快なものを作るのだな」
アールシュは軽く笑った後、全然笑ってない目で黄金像を見上げ、腕から伸びた黒い触手のようなもので黄金像を切り刻んでしまった。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
カルリトスはアールシュの肩の上で、楽し気に笑った。
「趣味が悪い。行くぞ」
同じように黄金で出来た玄関扉も、切り刻んで屋敷に入る。
玄関の騒ぎを聞きつけ、召使やら衛兵やらが駆けつけてきて騒然となった。
「何者か!」
隊長らしき男が声を張り上げた。
「お邪魔する、ブブという者はいるかな?」
「無礼な、侵入者を排除せよ!」
アールシュの問いには答えず、かわりに銃弾が激しく飛んできた。しかし弾はアールシュには届かず、見えない壁にあたって宙で止まった。
「なんだと!?」
銃をぶっ放した男たちは、驚愕して目を見張って動きを止める。
「無礼はお前たちの方だ。質問に答えず、何をするか」
アールシュは感情の殺げた声で言うと、腕から黒い触手を数本伸ばして、弾をすべて切り刻んだ。
「もう一度訊こう、ブブという者はいるかな?」
「……い、いない」
「なんだ、そうなのか」
アールシュは長い人差し指で、宙に文字を書いた。
その場にいる人々が訝しみながら見ていると、文字は赤く光り、床にスッと消え、
「吹き飛べ」
そうアールシュが言うと、その瞬間床に閃光が走って大爆発した。
爆風が地面を揺るがし、空に土煙と瓦礫が舞い上がった。だが、アールシュの周囲だけが静謐そのもの。彼は無傷のまま、微動だにせず立っていた。
「爽快、爽快」
カルリトスは尻尾を揺らしてご機嫌だ。
「区長とか言っていたな。この時間なら、まだ職場の方か」
そう言って、瓦礫を避けながら、アールシュとカルリトスは車に戻った。
車も無事だった。そして運転手も無傷だが、放心状態になっていた。
「役所に向かってくれ」
アールシュが肩をトントン叩いて現実に引き戻してやると、運転手は慌てて車を発進させた。
「さすがじゃの、先ほどの戦い、ソティラスとして仕上がっておる」
「人間の子供じゃないからね。契約を結んだ時点で、すでに完成形となっているから」
「そうじゃな。そこが”ソティラス”と”ムスタ・ソティラス”の違いじゃ」
カルリトスは髭をそよがせた。
「ソティラスは≪分身≫を生み出すための本体じゃ。本来持っている特性の力を発揮するのは≪トイネン≫のほう。しかし段階を踏んで成長すれば、ソティラス自身も特性の力を扱えるようになる」
「先ほどの我のようにな」
アールシュの特性は魔法士。アールシュ自身も≪トイネン≫と同じように、あらゆる魔法を駆使して戦える。
「更に我は闇の異形、本来持つ能力も扱える」
「便利なことじゃ」
「フッ、だから、我とセスを招いたのだろう」
「うむ。……バークティの為じゃ」
カルリトスはゆったりと尻尾を揺らした。
(王女の方ではなかったのか…?)
連絡をもらったときと違うことを言ったカルリトスを、アールシュは見つめるだけにとどめた。
「我も全霊で力になるよ。それに」
アールシュは窓の外を見て、優しく微笑んだ。
「王女は面白い子で、気に入ったからな」
区長の屋敷から、車で10分ほどの距離に区役所はあった。
「……バークティ妃は、この悪趣味な建物を知っているのか?」
「おそらく知らんじゃろ…」
アールシュとカルリトスは、屋敷で見た悪趣味な黄金のブブ像を、役所の前でも見る羽目になった。
「目障りだ」
そう言って、アールシュは黒い触手を出して、ブブ像を切り刻んだ。
建物に入り受付に問い合わせると、区長は最上階の区長室にいるとのことだった。
「アポはとっておられますか?」
「いや」
「では、アポを取っていただいてから、改めて来ていただけますか。区長はとてもお忙しいのです」
受付の女性を、アールシュは冷たく見下ろす。
「我も忙しい」
素っ気なく言うと、受付を離れて案内板を見た。
「区長室の位置が判った。行くか」
アールシュは階段へ向かった。
5階の一番奥に区長室はあった。
「失礼する」
ノックはせず、ドアを開けながら一声かける。
「なんだね君たちは!?」
驚いた声のブブ区長に迎えられた。
「……」
「……」
アールシュとカルリトスは、揃って目をすがめた。
ブブ区長はぶよぶよな肥満の裸体で、部屋の奥にあるソファでお楽しみの最中だった。お相手を見ると、まだあどけなさが際立つ少女だ。
アールシュの美しい顔に、軽蔑と嫌悪の色が浮かぶ。
「なるほど、道理でダミニが泣くわけだ」
「そうじゃな。王女がこれを見たら、こう言うじゃろう」
いったん切り、そしてカルリトスはクワッと目を開く。
「その子を放しなドスケベデブエロ変態鬼畜野郎! とな」
「クククッ、違いない」
まさか、少年の肩にいるチンチラが叫んだとは思っていないブブ区長は、少年に侮辱されたと思って顔を赤らめた。
「この無礼者めが! 部屋から出て行け!!」
「そこの少女はもらうぞ」
アールシュが少女に向けて手をかざすと、泣き崩れていた少女の身体がふわりと浮いて、アールシュの前にそっと降り立った。そしてどこから取り出したか判らないシーツを、少女の身体にかけてやった。
「カルリトスと一緒に、車の中で待っていなさい」
カルリトスが少女の肩に移動すると、アールシュは「パチン」と指を鳴らした。すると2人の姿が忽然と消えた。
「さて、ブブ区長、我はこういうプレイが好みなんだよ?」
アールシュの腕から、黒い触手がいくつも生えて、ウネウネと揺れ動く。
「愉しもうか」
白い面が、妖艶にほくそ笑んだ。
「うわっ」
運転席で待機していた運転手が、ギョッと目を剥いて後部座席を振り向いた。
「落ち着くがよい、アールシュの魔法じゃ」
「どっ、動物が喋った…」
泣いていた少女が、目をぱちくりさせながら、膝の上のチンチラを凝視する。
「儂は世にも珍しいチンチラじゃ。老師と呼ぶがよい」
「は、はい」
少女は素直に返事をした。
「お主、齢と名は?」
「ニシャです、13歳」
「ふむ」
そこへ、後部座席のドアがノックされた。
「お待たせ、”話し合い”は無事済んだよ」
陽の光に照らされた笑顔が眩しい、どこか満足そうなアールシュだった。
「大人は話し合いという解決手段を持つものじゃ。良き良き」
「そうだね。さて、アヤンとダミニを迎えに行こう。運転手、先ほどの集落へ」
「はいっ」
車が発進する。
「ところで、ニシャの特性はなんじゃ?」
「この子は、我と同じ魔法士だよ。寿命は?」
「80じゃ。――これで、5つの特性が揃ったのう」
「幸先が良いことだ」
機嫌よく笑うアールシュとカルリトスを見て、ニシャは目をぱちくりさせた。
その後、ブブ区長の消息を知る者はいない。
《*カルリトスとアールシュ視点・終わり*》