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13話:奉公先には丁重にお断りをしてくる・前編

 シャムの言葉は、核弾頭並みの破壊力だった。

 カエにとって、あまりにショッキングすぎて、頭の中がザワザワとノイズのように混乱していた。

 森で転んだ時の打ち身は、幸い軽いもので済んでいた。医者の手当てを受けて、今は湿布のひんやりとした感触が、患部に染み入る。

 ベッドの上に座って、膝を抱える。そこへ、マドゥが冷たいジャスミン茶のコップを差し出した。


「喉が潤いますよ」

「…ありがとう」


 コップを握り、ぼんやりと定まらない視線を前方に漂わせる。


「ねえ、マドゥ」

「はい」

「…あいつさ、シャムのやつさ、何があったか、知ってる?」


 マドゥは即答しなかった。俯き、何かを逡巡するようにして、ようやく口を開いた。


「私が話して良いことではありません。直接、シャムにお訊ねになるほうがいいでしょう」


 とても優しい声だった。

 カエは持っていたコップをちょっと揺らす。氷同士の擦れ合う音が涼やかに響いた。


(横柄で、エラソーで、オッサンで、すぐ怒って…。なんか、モヤモヤする…)


「シャムのくせに」


 ちょっとイラッとしたように、ジャスミン茶を一気に飲み干す。


「はあ。…今は訊くの怖いけど、そうだね、近いうちに訊いてみる」


 そう言ってマドゥを仰ぎ見たとき、部屋の入口に女の召使が姿を現した。

 マドゥが入り口に駆けていく。


「カルリトス老師(せんせい)とアールシュ殿は、明日の朝、館を発つそうです」

「そっか、ソティラス候補を探しに行くんだね」


 窓の方を見ると、空はすでに夕闇に沈んでいた。




 《*カルリトスとアールシュ視点*》



 車窓の外には、陽射しを受けてさんざめく青い稲穂が揺れていた。


「集落が見えてきました、老師(せんせい)

「うむ。入口に車を停めるのじゃ」

「はい」


 運転手はシャムではなく、まだ若い青年だった。

 車が停まり、アールシュは肩にカルリトスを乗せたまま、ゆっくりと降り立った。


「待っておれ」

「はい」


 廃材を組んで作った囲いの中に集落はあり、カイラとルドラが住んでいた集落のように賑わっていた。

 集落の中を進んでいくと、井戸のある広場に出た。


「カルリトス、あの2人だ。寿命はどうだ?」


 アールシュが指差すほうに、少年と少女がいた。井戸で水汲みをしている。

 少年のほうは背がひょろりと高く、痩せぎすで冴えない顔立ち。少女のほうはあどけなさたっぷりで愛らしい。


「少年のほうは弓術士(ヨウスィ)、少女のほうは銃器士(トゥリアセ)だな」

「ほほう、うむ、寿命はどちらも90歳じゃ」

「結構なことだ」


 アールシュはにっこりと微笑んだ。


「潜在能力も高いし、必要特性を持ってて寿命も長い。すぐに見つかるとは、運が良いな」

「そうじゃな。どれ、スカウトするかの」

「ああ」


 少年が2つの水桶を持ち上げたところに、アールシュが声をかけた。


「すまないが、少しいいかな?」


 アールシュに声をかけられた少年は、一瞬怪訝そうな顔をしたが、水桶を置いてその場に平伏した。傍にいた少女も少年に倣う。


「立ちなさい、我は君たちと同類なんだよ」

「えっ」


 少年は驚いたように顔を上げた。

 金糸で刺繍の施されたシルクの黒い衣装に、高貴に整った美貌の少年。


「我はソティラスだ」

「…ああ」


 少年は数度頷き、そして立ち上がった。


「ダミニも立って…」


 少年は、少女――ダミニも立ちあがらせた。


「仕事中にすまないね。我は領主バークティ妃の御息女、シャンティ王女に仕えるソティラスだ。現在王女はソティラスを探しておられる。そこで、君たち2人をスカウトしたい」

「えっ、ダミニもですか!?」

「お兄ちゃん…」


 ダミニは少年に抱き着いた。


「兄妹か、それは都合がいい」


 アールシュはダミニに、ニコリと笑いかける。


「ボクはアヤンと申します。せっかくですが、来週から奉公へ出ることが決まっております。なので、そのお申し出を受けることが出来ません」


 アヤンの言葉に、ダミニはすぐさま悲し気に顔を歪ませて俯いてしまった。


「そうか、だがそれは困る」

「ですが」

「君たち2人じゃないとダメだ」


 アールシュはキリッと真面目な表情(かお)で断言した。

 あまりに毅然とした態度に出られて、アヤンは鼻白む。


「すでに奉公先が決まっているとはいえ、こちらは王女殿下の代理として来ている。どちらを優先すべきかは、君にも判るだろう?」

「……はい、ですが…」

「理由を言ってみなさい」


 アヤンは酷く困惑していたが、やがてため息を一つついて、襤褸の裾をギュッと握った。


「区長、ブブ様のお屋敷で、ボクは下働き、ダミニは下女として働くことが決まっております」

「お兄ちゃん…」

「ボクはともかく、ダミニが行かないと、集落を潰すと脅されているのです…」


「わあっ」とダミニは崩れて、大声で泣き出した。アヤンは慌ててダミニの肩を抱いて支える。

 アールシュは目を大きく開き、やがて鋭い目つきになった。


「君たち2人には、是非とも王女のソティラスになってもらう。だから」


 アールシュは、造形の美しい唇に不敵な笑みを浮かべた。


「奉公先には丁重に、お断りをしてくる」


 そう言いおいて、冷ややかな微笑みを浮かべたアールシュは踵を返した。

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