11話:ムスタ・ソティラス
宙に身体を躍らせたアルジェン王子は、両手で短剣の柄を握り締めてカエに切っ先を突き付けた。
(さすがにもう、無理!)
両腕を顔の前で交差させ、カエは目を瞑った。
その瞬間、耳に飛び込んできたのは、頼もしくも叱咤する声だった。
「まだ諦めるな!」
「えっ」
閉じた瞼が暗くなる。
「チィ! なんだ貴様は!!」
「まるで、きかん坊の暴れ方だな。大丈夫か? シャンティ王女」
カエは目を開け、そして「ヘ?」となった。
カエを案じる不定形の黒い物体が、短剣を振り回すアルジェン王子の攻撃を防いでいた。
先ほどバラー・イシャンの攻撃を防いだ、黒いモノとは違う。
「黒いグネグネ…」
「しっかりするんだ、王女!」
黒いグネグネに一喝されて、カエの意識がクリアになる。
「起き上がれそうか?」
「えと…無理そう。身体を打ち付けちゃって…」
「そうか。なら、そこでジッとしているんだ」
「うん」
喋る黒いグネグネは、何故か防戦一方だ。
(確かに王子の攻撃は凄い勢いだけど…)
(攻撃を出し渋ってる?)
「くそがっ! バラー・ドゥルーヴ、バラー・シュリア、コイツを退けろ!」
「御意!」
「仰せのままに」
アルジェン王子の影から、別の男が2人浮き上がる。2体の≪分身≫だ。
「これはさすがに、マズイ状況だな」
苦笑を滲ませた声で、黒いグネグネは一歩下がった。
バラー・ドゥルーヴとバラー・シュリアと呼ばれた≪トイネン≫は、動き方から格闘士のようだ。長い手足を繰り出し、黒いグネグネを多角的に攻める。
「王女」
「なに?」
「我をソティラスに」
「え」
(…ど、どう見ても、子供には見えないような…)
「大丈夫だ、早く!」
「で、でも、額ドコらへん!?」
先ほどからアメーバのように、グネグネ形を変えている。声もどこから出しているのか謎過ぎるのだ。
「王女が触れたところが額だ。今のままだと防ぎきれん、早く」
「判ったっ!」
細かいことは頭から除去して、カエは少し盛り上がった部分に人差し指を押し付けた。
「我に従え!」
カエの指先から黄金の光が放たれる。そして、黒いグネグネに攻撃を加えていた≪トイネン≫たちが、光に弾き飛ばされた。
黄金の光を侵食するように、カエの視界が闇に染まる。
(今度はなに!?)
カイラたちの時とは明らかに違うビジョン。
闇に亀裂が走り、赤く燃え盛るマグマが噴き出た。そして不快感を伴う怨嗟の声が、どこからともなく耳を這う。
やがて、世界は静寂に落とし込まれた。赤黒い空はベタ塗りしたような不自然さで、ぞわっとした不気味さを醸し出している。そしてドロリとした黒い池には、墨色の蓮の葉が一面を覆っていた。
一本の茎が空に向けて、ゆっくりと伸びていく。そして、大きな蕾を更に膨らませ、一枚一枚花弁を開いていった。
花の中から黒いシルエットが浮かび、人型を成す。
「はっ!」
カエの目の前には、黄金と闇色が混ざった渦が大きく広がっていた。
やがて渦から、一本の黒い手が伸ばされた。その光景があまりにも不気味で、カエは一瞬怯む。先ほどのビジョンにも怖ろしさを感じた。
(この手が怖くても、信じるしかない――だって、あの時私を守ってくれたから)
グッと口を引き結び、恐る恐る手を伸ばして、カエは震える手でしっかりと掴んだ。
「契約成立だ」
渦が弾け飛んだ。
「きゃっ」
吹き上げる風に、カエの身体は宙に舞った。
だが、次の瞬間――。
「――心配ない」
ふわりと抱きとめられる。
「本来の姿で攻撃を出すと、王女まで巻き込んでしまうのでな」
腕の中に収まったカエは、思わず息を呑んだ。
(……この人が、さっきの黒いグネグネ……?)
あまりのギャップの差に言葉が出ない。
金糸の髪に白磁の肌、憂いを帯びた赤い瞳が特徴の、まるで月影の化身。
(ヤッば! 乙ゲーキャラな美貌、肌つやつや、目はルビー!)
金糸の刺繍が施された黒いアオザイ風の装束が、肌の白さを際立たせていた。
(闇に浮かぶ、淡い光を放つ白い月…的な)
カエの思考は微弱な電気のように、ビリビリと痺れる。
「はぅわああ…」
ふるふると唇がわななき、次の瞬間、
「いやああああん! 超絶美形!!」
歓喜の声を張り上げた。
「はぁ、はぁ、美形天国過ぎて、異世界最高…」
「カルリトスから聞いていたが、この容姿で満足か?」
「はいっ! 大満足です!!」
ビシッと親指を立て、カエは目を輝かせた。
「希望にそえて、なによりだ」
カエを抱っこしている≪トイネン≫の後ろから、容姿のよく似た少年が姿を現す。額には赤いチャクラが浮き出ていた。
「挨拶が遅れて申し訳ない。我が名はアールシュ。王女のソティラスとなるために、カルリトスから呼ばれて参った」
「老師から…」
「良きタイミングで接触出来た。痴れ者たちから王女を護ることが出来たからな」
アールシュが顎をしゃくると、敵の≪トイネン≫たちが呻きながら立ち上がっていた。
「お前たちもそれなりに悪くはない。しかし我はムスタ・ソティラスだ」
バラー・ドゥルーヴとバラー・シュリアは、アールシュの言葉にハッとなった。
カエは気付いていないが、アールシュから発せられる圧に、2人は委縮したように表情を強張らせた。
「王子は気を失っているようだ。退くがいい」
「さっきから静かだなぁって思ってたら、気絶してたのね」
アールシュのソティラス化と、アールシュの影から生まれた≪トイネン≫出現の余波を受けて、気を失ってしまったようだ。
バラー・シュリアが素早く王子を抱きかかえて後退する。
「退くぞ、バラー・イシャン」
「承知」
王子と3体の≪トイネン≫は、森の暗闇に溶けるように消えた。
「追わなくていいのか?」
「放っておけ。今回の奇襲はイレギュラーな行動だろう」
アールシュの傍に、黒いモノがスッと現れた。最初にカエを護ったものだ。
「本気で王女を亡きものにするなら、ソティラスごと攻めてきてただろう」
カエは小さく首を傾げる。
「ねえ、ムスタ・ソティラスって聞いて、あいつら驚いてた」
「我とセスは、闇の異形なのだ。そして闇の異形がソティラスになると、ムスタ・ソティラスと呼ばれる」
「それって、なんか強いの?」
「強さだけでいえば、圧倒的だ。普通のソティラスが赤子なら、ムスタ・ソティラスは大人に等しい」
「お、おお……でもなんでそんなすごいのが、私なんかのソティラスに?」
「希望の綱である王女のためにと、小動物に乞われたのでな」
(老師あざーっす!)
「王女、すまぬがセスもソティラスに」
「はいっ」
(うふふーっ! また美形の追加よ~!)
(もう、美形ラッシュで眼福が追いつかない!)
黒いうねっとしたモノに指を押し付ける。
アールシュと同じビジョンを再び見て、そしてカエは押し黙る。
(…確かにさ、めちゃくちゃ強そうなんだけどさ…)
空を仰ぎ、カエは絶叫した。
「こんなゴリラはイヤぁっ!! 何この進化キャンセル感!!」
「俺は、アールシュのような容姿は好まん。男の強さとは、俺のような姿を指すのだ」
「せっかく超絶美形ゾーンだったのにブチ壊しよ!! 今すぐ美しくなりなさいよ!」
2メートルは楽勝に超えているほど大きなガタイをした、剣を10本纏わせたゴリラみたいな≪分身≫だった。
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