10話:狂気のアルジェン王子、奇襲
「2人とも素敵すぎて正気を保てそうもないわ…」
カエはため息をつきつつ天井を仰ぎ、ジタバタして、顔を真っ赤にして大喜びする。これを繰り返すので、プチッとキレたカルリトスが、後ろ脚でカエの頬に飛び蹴りした。
「庭の池に飛び込んで、頭を冷やしてくるのじゃ!」
前歯を尖らせて、カルリトスは扉を指さした。
「追い出されてしまった…」
カエは1人で庭をトボトボ歩いた。
「いやあ…、ホントにあの2人の≪トイネン≫には吃驚したよ~」
先ほど見た≪トイネン≫を思い出し、「ホゥ…」と切ないため息が漏れる。
「≪分身≫って子供たちの大人の姿なんだよね。ルドラの場合”大人のルドラ”、カイラは”大人のカイラ”って呼ぶんだね」
≪トイネン≫の性別で呼称が変わる。男が”バラー”、女が”バリー”。
「それにしても、2人の≪トイネン≫チョー良かったあ。あれがあの子たちの大人の姿。完璧じゃん! ――ただねえ…」
ソティラスになった子供は、外見の成長が止まってしまうそうだ。
「なんか、可哀想なコトしちゃったかも…」
寿命を削らせ、身体の成長を止めさせてしまった。罪悪感が心をチクリと刺す。
「背負っていかなきゃいけないんだよね、私が。はあ…」
楕円形に整えられた植木の舗道を通り、裏庭へ足を運ぶ。そこはちょっとした森になっていた。
「ウチの近所にあった森みたい」
懐かしさを覚えて、カエは森に踏み込んだ。
風に揺れる葉の隙間から漏れる陽射しを眩しく感じながら歩いていると、少し離れた前方に、何者かが佇みこちらを見ていた。
「だ、誰?」
思わず声をあげると、何者かはかぶっていた布を頭から外した。
「やあ」
青い髪の毛をした少年だった。同い年くらいだろうか、中々のイケメンである。しかし怪しげな笑みを浮かべ、不穏な気配を漂わせまくっていた。
訝しんで無言でいると、少年はにっこりと笑った。
「そんなに警戒しないでいいよ、シャンティ」
「あんた一体…」
不快感が少年の方から漂ってきて、カエの直感が警鐘を鳴らす。
「ボクはアルジェン・ルディヤーナ、腹違いのキミの兄だよ」
「ンなっ!?」
(ちょっとヤダ! 敵のアルジェン王子がなんでこんなところにいるの!)
カエの背筋に冷たいものが走る。咄嗟に身構え、警戒心をあらわにした。
「あと3カ月後には、キミと俺は争うことになるね。でも、そんなことをしなくてもイイ方法があるんだ」
「えっ」
「今すぐココで、キミを殺しちゃえばイイんだよ!」
「はぁ?」
アルジェン王子は愉悦を込めニヤリと笑うと、腰に佩いていた短剣を抜いてカエに飛びかかってきた。
「うわっ」
カエは咄嗟に横に飛び退って逃れ、急いで身体を起こした。
「良い反応だね。でも、死んじゃえよ!」
「ちょ! 何このサイコ野郎!?」
まるで怒ったネコのようだ。そうカエは思って眉をすがめた。
(反撃する武器は……武器なんて持ってない!)
(アタリマエだけどっ)
斬りつけてきたアルジェン王子の短剣の切っ先が、カエの腕を浅く裂いた。
「痛い!」
血の飛沫が宙を舞う。
ヒリヒリとした焼けつくような痛みに、カエは片目を瞑った。
傷は深くないのか、出血はそれほど多くない。でも、これは本当にマズイ状況だ。
「ちぇ、浅かったか」
無茶な振り回し方で短剣を突き付けてくるが、扱い方が下手くそなのか、カエは充分かわせている。足もそれほど早くない。
(どうしよう…、今はかわせてるけど)
(そのうち疲れて刺されそう…)
体力は無限じゃない。
改造前のカエの体力なら、もっとかわせ続けられる。しかし”シャンティ王女”になってから、基本的な体力は落ちていた。
なんとか攻撃をかわしていたが、突然アルジェン王子が攻撃を止めた。
「ふう、疲れるな全く…。ボクの手でラクに殺せると思ったんだけどなあ。ドコがしおらしくおとなしいんだよ、情報と全然違うじゃないか」
アルジェン王子は顔を歪めて、大きく舌打ちした。
(ふんっ、ざまあ! 生憎中身が違うんですヨ)
と、声に出して言うわけにはいかず、胸中で毒づくにとどめた。
「仕方ないね、バラー・イシャン」
アルジェン王子の影から、スルっと1人の男が出てきた。
(ハッ、まずい! アレってもしかしなくても≪分身≫!?)
カエの心を、冷たいものがヒヤリと嬲った。
「時間の無駄だから、殺っちゃって」
「御意」
バラー・イシャンと呼ばれた≪トイネン≫は、1本の剣を袖からするりと取り出した。
(剣を使ってるってことは、剣士の特性なのかな……とか、冷静に分析してる場合じゃない!)
カエは片方の頬をペチッと叩く。
(アレはかわせない、だってプロだもん!)
バラー・イシャンは真っすぐカエのほうにダッシュしてきて、間合いで剣を振り上げた。
(刺される!!)
ガキィン!
思わず目を瞑ったところに、金属の擦れ合う音がギギギッと響いて目を開く。
「はっ」
バラー・イシャンの剣が、何か黒いモノに防がれている。
驚いた拍子にサリーの裾を踏んづけて、カエは後ろにひっくり返ってしまった。
「あぐっ」
地面に激しく背中を打ち付けて、胸が圧迫されて息が詰まる。
(これ…は…本当に、ヤバイかもしれないっ!)
(つったたた…脚が動かない…アルジェン王子は!?)
姿が見えない。しかし殺気を感じて、カエは横に転がった。狂気を宿す目のアルジェン王子が、短剣を突き出してきた。
「勘がいいな、死ね!」