5日目「常夏のたけし」
それは一瞬の出来事だったと思う。
カラマツの林が放射状に広がり、影がその空間の中央に飲み込まれていくとともに、ぼくの身体は強力な引力で背後へと引き寄せられた。髪を掴んだままの手は前に進んでいくのに、身体は確かに後ろの方に進んでいく感覚がある。
それはぼくの知っている物理法則を大きく無視した奇妙な感覚だった。
ぼくは絶対にこの髪の毛を離すまいと決めた。全身が燃えるように熱く、たけし先輩の悲鳴が空間にこだまし乱反射していた。
「いてててて、離して! 離してくれ! 悪かったから! 離して!」
たけし先輩の悲痛な叫び声が、この超現実な空間を満たす。この世の地獄があるのだとしたらここだと思った。
やがて彼の声が明瞭になってくると、ぼくの体はふかふかとした柔らかい何かの上に放り出された。
「いってぇよ!」
目の前には髪の毛を掴まれたままの、ぼくに押し倒されたたけし先輩がいた。全身を包む暖かさに違和感をおぼえてあたりを見渡した。
——青い空
——白い砂浜
——常夏のビーチ
そこには南国リゾートのような光景が広がっていた。
「やっと帰ってこれた!」
ぼくを押しのけ、たけし先輩が立ち上がると身体についた白い砂を払いながら言った。
「やっと俺の世界に戻って来れた。本当に寒かったなあ」
「”俺の世界“?」
「そう、俺は転移者なんだ。この世界からの」
「えっ、転移? 世界? 言っていることがわかりません。だって先輩はA県の出身で……」
「そんな事実、いくらでも用意できるよ」
戸惑うぼくにグッドマークを作ってみせた。
全身こんがりと日焼けした姿で。
ビキニラインだけを残して。
せめて、あの忌まわしいビキニパンツは履いて欲しかった。