第8話 シュルト
鑑定式から三ヶ月が経った。
剣術修行の進捗は、恐ろしいほどに順調だ。
起きている間は常に身体強化を練習していたおかげもあって、ちょっとやそっとの相手じゃ苦労しなくなった。
元々は料理の役に立つと考えて始めた練習だったけど、図らずも剣術の方にも活かされている。
もちろん、格上の騎士に最初から勝てたわけではない。
中級騎士は魔法の使い方も小慣れていて、対応できるようになるのに時間がかかった。魔法の使えないオレが彼らに対抗するために、剣に魔力を纏わせて魔法を切り裂く技術を身につけた。
訓練の相手が上級騎士に変わってからは、戦闘の次元が変わったと言っても過言じゃなかった。視線によるフェイントや足捌き、無駄のない剣筋、効果的なタイミングでの魔法の使用。
「上級」という肩書を名乗るだけあって、父さんから教わっていたアドバイスだけでは乗り切れない場面が多々あった。
何度も地面を転がされたし、生傷を負った。今度ばかりは一筋縄ではいかないかもなと、漠然と覚悟したりもした。
しかし、そうはならなかった。
自分でも理解に苦しむほどに剣術に関する学習能力だけは高くて、一度でも喰らえば十分対応できるようになったし、二度も喰らえば万全な対応が可能になった。
騎士たちの恨みがましい視線にもとっくに慣れた。
問題はそこじゃない。
「はぁー……」
この頃、息を吸うように溜息を吐いている。
自分でもうんざりだ。
オレの料理の才能の無さには。
「皮むきは、辛うじてマシにはなった」
と信じたい。
少なくとも、まな板の上に野菜の分厚い皮の山が築かれることはなくなった。
とは言っても、速度が話にならない。
ペトラさんが一瞬で行えることが、オレには数分かかる。こんな腕では、お腹を空かせたお客さんが怒って帰ってしまうだろう。
貰ったアドバイスはすべて取り入れたつもりだ。指摘された部分はなるべく修正したつもりだ。
なのに、一向に上達しない。
「ちくしょー……」
宿舎に戻る足取りが鉛の如く重い。
このままそこいらをほっつき歩いて時間を潰そうかな。
なんて考えていたときだった。
「探したぞ」
「うわっ!」
突然の声にビクリと肩が跳ねる。
振り返ると、短く整えられた黒髪に、細長いシルエットをした男の人が怪訝そうな顔をして立っていた。
何だこの人、まるで気配を感じなかったぞ。
「何を驚いている」
ん? 待てよ、どこかで会ったことがあるような。
……ああ、思い出した。
「グウェントさん、でしたか」
「他に誰がいるというのだ」
「そ、そうですね」
魔術師団長のグウェントさん。
城に来てアレーニスさんに初めて会った時、オレを一目だけ見て何も言わずに立ち去った人。アレーニスさんが「あいつは剣士に欠片も興味が無いからな。許してやってくれ!」とか言っていたのでギリギリ記憶に残っていた。
何の用だろうか。
目の前に立っているのに、気配が薄くて気味が悪い。
「来い」
「えっ?」
「聞こえなかったのか? 来いと言っている」
「あ、はい」
スタスタとどこかへと向かい出したグウェントさんに、とりあえず付いていく。
何を考えているのか全然わからない……。普通に怖い。父さんも負けず劣らず口数が少なかったけど、怖いと思ったことは一度もない。
この差は一体何なのだろうか?
……目か、目だな。
オレを見る目が違うんだ。父さんの視線には温かみがあった。だけどこの人は、オレが剣を見るのと同じような視線をオレに向けてくる。その違いだろう。
「おい、何をしている。俺の時間を浪費する気か?」
「す、すみません」
うへぇ、苦手だなぁ。
なんて言えるわけもなく、オレは黙って後を追った。
城に入り、静かな廊下を会話も無く歩くこと数分。
「ここだ、入れ」
そう言って、グウェントさんは見覚えのある部屋の前で足を止めた。
かと思いきや、
「俺は確かに案内したぞ。じゃあな」
「えっ、ちょっと!?」
引き止める間もなく、彼はスタスタとどこかへ去ってしまった。
「……えぇー」
本当になんなんだ。興味が無いにしても限度があるだろう。
「はぁ」
まあいいや。
この部屋はアレーニスさんがオレとニコの雑談の場として指定してくれた談話室だ。多分、中でニコが待っているのだろう。
と思考を止めてドアノブに手をかけたところで、違和感を覚える。
ニコ以外にあと一人、気配がある。知らない気配だ。
思い当たる節を探るために一瞬だけ手を止めたものの、「入ればわかるか」と思い直し、そのままドアを開けた。
正面に大きな窓があり、陽の光が中を明るく照らしている。
窓際には四人ほど座れる円卓が置いてあって、そこに、二人が座っていた。
一人はニコだった。オレを見て小さく会釈する。
どういう心境の変化があったのかはわからないけど、最近はあまり避けられなくなった。しかし、それでも仲良しとは程遠い。せいぜい顔見知り程度だ。
正直かなり寂しいけど、アイラ姉ちゃん曰く「大人しい子にはあんまりグイグイいっちゃダメ!」らしいから、ここはグッと我慢して、ゆっくり距離を縮めていこうと思う。
そんなことはさておき。
もう一人は、案の定知らない子だった。恐らく同い年の男の子だ。
金色でサラサラの髪。鋭い目の真ん中にあるブルーの瞳は、青空みたいに澄んでいる。座っているから身長はわかりにくいけど、顔はすんごくカッコいい。あと、服が高そう。もしかすると、貴族の子なのかもしれない。
それから──
「どうした? 座らないのか?」
「え? あ、うん。座る座る」
またやってしまった。
初対面の人って、ついじっと観察しちゃうんだよな。よくない癖だ。
「えっと」
椅子を引いて座り、どう切り出したものかと口をもごもごとさせていると、
「ボクはシュルト・バーデングルクだ」
と、男の子が先に名乗ってくれた。胸を張って、堂々とした態度だった。
「オレはロロ。よろしく」
続いて自己紹介をする。
「バーデングルクってことは──」
「そうだ。王国北部の国境地域を治める、あのバーデングルクだ。ロロも知っていたか。ま、王都に住んでいれば当然か」
うんうんと頷くシュルト。
「…………」
知らなかった。
オレはただ、「貴族なの?」と尋ねようとしただけだったのに。何か勝手に納得されてしまった。
いやでも、「ロロも」という口ぶりからして、ニコは知っていたのか。ということは相当有名なお貴族様なのだろう。
ここはありがたく、勘違いに乗っかっておいた方が良さそうだ。ついでに、ボロが出ないよう話題も逸らそう。
「ま、まあね。シュルトには何の才能があるの?」
同い年くらいの彼がここにいるということは、やっぱりシュルトにも何かしらの才能があるのだろう。そう考えての質問だった。
「む、そうか。そうだな。既に聞いているニコには悪いが、改めて自己紹介をさせてもらうとしよう」
一瞬、ニコの頬が引き攣るのが見えた。
そして、シュルトの長い長い自己紹介が始まった。
彼の由緒あるお家の歴史やら、ありがたい家訓やらの詳細は省くとして。
シュルトは伯爵家の長男らしい。
魔術師の適性があって、才能の等級は『傑物』なのだそうだ。「等級こそお前たち二人には遠く及ばないが、ボクはその分努力してきた。期待していいぞ」という物言いからして、シュルトは自信に満ち溢れた男だった。
でも嫌味な感じはまったくないし、裏表の無いカラッとした性格で実に気の良い奴だった。
そう、気の良い奴だった。
最初の顔合わせから一週間後。再び談話室で親睦を深める日がやってきた。
相も変わらず料理の修行は上手くいかず、加えて騎士たちに毛嫌いされて常に居心地の悪いオレとしては、この時間が割と楽しみだった。
その日、会話の流れでまたもや将来の夢の話になった。
切り出したのはオレじゃない。シュルトだ。
「わ、ワタシは……立派な僧侶になって、一人でも多くの人を助けられたら、いいなって」
前よりも一層自信なさげにニコが言うと、
「おお、生まれ持った才能を活かした素晴らしい夢じゃないか! ボクは応援するぞ!」
シュルトは身を乗り出してニコの両の手を握り、大きな声で激励した。
「あ、ありがとう……!」
ニコが頬を赤く染めながらお礼を言う。
なんて良い奴なんだ。コイツならきっと、オレの夢も応援してくれるだろう。
そう確信した。
だから、
「ロロはどうなんだ?」
と尋ねられたオレは、胸を張って応えた。
「最高の料理人になって、母さんの王都食堂を継ぐこと!」
なのに。
直後、シュルトの表情が曇った。
「料理人だと?」
「え、うん。そうだけど……」
予想外の反応に困惑する。何かおかしなことを言っただろうか?
「ロロ、お前には剣士の適性がある。そうだな?」
「まあ、そうだね」
「しかも等級は『天賦』だ。お前ほど恵まれた人間は王国の長い歴史の中で十人しか生まれていない。そうだな?」
「うん。だから?」
言いたいことがいまいち掴めない。それがどうしたというのだろう。
「ハァ。まさか、あの噂が本当だったとはな」
大きく溜息を吐くシュルト。
胸がざわつくのを感じた。
「お前が剣の訓練もそこそこに、ままごとなんぞに時間を費やしている、という噂だ。料理人を目指していると耳にしたときは半信半疑だったが、よもや事実だったとはな」
心底呆れたという風に、シュルトは言った。
「……ままごと?」
オレの努力が、ままごと?
「そうだ。お前には誰より優れた才能がある。力がある。前にも言ったが、力ある者にはその実力に相応の振る舞いがある。だというのにお前は──」
「訂正しろ」
自分でも驚くくらい、低い声が出た。
「何?」
「訂正しろと言ったんだ、シュルト。オレの夢は、誰にも馬鹿にさせない」
「……訂正するのはお前の方だ、ロロ。お前の才能は、決して無駄にしてよい代物ではない」
言葉では埒が明かない。多分、どっちもそう確信したのだろう。
「ここから近いのは、騎士団の訓練場だよね」
「あぁ」
ガタリと立ち上がって、睨み合う。泣きそうな顔のニコには申し訳なかったけど、こればかりは絶対に譲れなかった。
「決闘だ」
これが、オレとシュルトの、最初で最後の大喧嘩だった。