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定食屋を継ぎたかった勇者  作者: 入道雲
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第6話 ニコ

「さて、まずは自己紹介といこうじゃないか」


「はぁ……」


 宿舎に戻る途中で一人の女の子を連れたアレーニスさんと出会ったオレは、落ち着いて話せる場所を求められたので食堂に来ていた。


 この時間なら、食堂にはペトラさんたちしかいないハズだ。


 案の定がらんとした食堂に並べられた長テープルの一つにアレーニスさんが腰をかけ、その隣に女の子が遠慮がちに座り、二人の正面にオレが座っている。


 のだが、いきなりのことなので状況がよくわからない。


 アレーニスさんは先ほどの一言で自分の役目は終わったとばかりにニコニコ顔で黙っている。前から思っていたけど、この人、結構な自由人だ。


 ……とりあえず、言われた通り自己紹介をしておくか。


「オレはロロ、よろしく」


「よ、よろしくね。ワタシはニコ」


 ニコっていうのか。覚えやすい名前だ。


 オレはニコの顔をじっと見つめる。


 俯いていて前髪がかかっているから顔はよく見えないけど、鼻の辺りにそばかすがあるのはわかる。パッと見で華奢な雰囲気の子だと思っていたけど、よく見るとうっすら筋肉がついている。もしかすると、お家の手伝いとかで自然と鍛えられているのかもしれない。


 あとは……


「あの!」


 突然、ニコがオレの視線を遮るように両手を顔の前に出した。


「は、恥ずかしい、かも」


「あ、ごめん!」


 慌てて視線を逸らす。


 しまった。遠慮が無さすぎた。


 顔が赤くなるのを感じる。そう言えば、前にアイラ姉ちゃんに女の子と話すときの注意事項を教えられていた気がする。


 確か「女の子の顔や体をジロジロと見ないこと。というか、初対面の人をジロジロと見ないこと」だったか。くそっ、オレとしたことが。


 同い年の子と話す機会なんてほとんど無かったし……いや、これは言い訳か。申し訳ないことをした。


 気まずい空気になり、二人して黙り込む。

 

 とそこで、


「ハッハッハ! 話がまったく進まないな!」


 アレーニスさんが豪快に笑い出し、ニコの肩がビクリと跳ねる。


「ご、ごめんなさい」


「謝る必要は微塵もないぞ。ただ、私が間に入った方が良さそうだな!」


 コホンと一つ咳払いをして、アレーニスさんが話し始めた。

 できれば最初からそうしてほしかった、とは言うまい。


「端的に言おう。ロロくん、彼女はキミとともに魔王討伐を志す者だ」


「えっ」


 反射的に視線をニコに向けてしまう。


「っ!」


 えげつない速度で目を逸らされてしまった。オレのアホめ。

 それはさておき、こんな大人しそうな子が魔王討伐に?


 お世辞にも強そうには見えないけど。


「えっと、戦えるんですか?」


「ハッハッハ! 戦うのは難しいだろうな。何故ならば、彼女の適性は僧侶だからだ」


「僧侶、というと」


「『女神』の魔法をもって仲間の傷を癒し、守る者を指して、私たちは僧侶と呼ぶ。僧侶は剣士や魔術師と比べると数が少ない。王国にとって、非常に貴重な人材というわけだ」


「なるほど」


 仲間の傷を癒して守る。そういう役割の人もいるのか。


「女神の魔法というのは何ですか?」


 うろ覚えだけど、王国の国教である大陸教の神は男だったハズだ。名前はトュガスで、この大陸とそこに生きる原初の種族を創造したとかなんとか。


「おっと、またもや説明が足りなかったな。私の悪い癖だ、すまない。『女神』というのはとある女性の二つ名だ」


「とある女性?」


「ウム。かつて王国に生まれ、たった一人で“治癒魔法”というこれまで存在しなかった魔法を編み出し、数え切れぬほどの命を救った『天賦』の才の持ち主──それが『女神』エルトリエだ。彼女の偉大なる功績を忘れぬよう、治癒魔法は今でも『女神』の魔法と呼ばれている」


「エルトリエ……」


 新しい魔法を編み出しただなんて、凄まじい人もいたものだ。そんな人と同じ等級の才を自分が持っているなんて、未だに信じられない。これが料理の才能だったらどれほど良かっただろうか。


 チラリと横目でニコを見る。


 ニコは前髪の隙間から覗く目をキラキラとさせてアレーニスさんの話を聞いていた。多分、この話を前から知っていたのだろう。強い憧れの籠った目だった。


「そして、今話した僧侶の才──それも『国宝』級の才を持っているのがニコくん、というわけだ。そうだろう?」


「えっ、あ、はい!」


 突然話を振られたニコがこくこくと頷く。小動物みたいで可愛らしい。


「へぇー、凄いね!」


「いやいや、ロロくんの方がよっぽど凄いよ。だって、『天賦』の才なんだよね?」


「まあそうなんだけどさ」


「確かに希少性で言えばロロくんの方が上だろう。とは言ってもだ。『国宝』級の才を持つ者は王国内にニコくんを含めて八人しかいないのも事実。どちらも選ばれし者と言って相違ない」


「そんな私なんて……いえ、頑張ります」


 と謙遜を打ち消して、ニコは小さくガッツポーズをした。気合を入れているつもりなのだろう。やっぱり可愛い。


 控え目なだけじゃなくて、どうやら根性もあるみたいだ。


「さて、これで少しは場も和んだ。もう一度二人で自由に話してみるといい。好物の話とか、お互いの出身地の話なんかが盛り上がりやすいぞ!」


 そう言って、アレーニスさんは再びニコニコ顔で黙り込んでしまった。


 けど気まずい空気が無くなったおかげで、その後は割かし自然と話すことができた。


 ニコは王都の南にある農村の出身らしい。弟がいるごく普通の四人家族だ。一人っ子のオレ的にはかなり羨ましい。

 先月十三歳の誕生日を迎え、鑑定式の結果を受けて自ら魔術師団に志願したそうだ。


 王都食堂のために嫌々名乗り出たオレとは大違いだ。


 他にもオレが料理の修行を頑張っていることとか、細々とした話を交わして、最後に、将来の夢の話になった。

 話題を振ったのはオレだ。特に理由はなかった。強いて言えば、厨房から漂ってきた鼻腔をくすぐる良い匂いがオレに料理の二文字を想起させたからだろうか。


「ワタシは……立派な僧侶になって、沢山の人を助けること、かな」


 ニコは少しの間を置いて、俯いたままでそう言った。


「そうなんだ! じゃあ僧侶の才があって良かったね!」


「え? う、うん。そうだね。ロロくんは?」


 一瞬だけ目を逸らしたニコの反応が気になったけど、オレは深く考えず、素直に答えた。


「立派な料理人になって、王都食堂を継ぐこと! あ、王都食堂ってのは母さんがやってる食堂のことね」


 瞬間、ニコの表情が固まったように見えた。気のせいだったかもしれない。


「騎士様じゃ、ないの?」


「うん。実は騎士ってあんまり好きじゃないんだ。だから、魔王を倒せたら騎士団を抜けられないか頼んでみるつもり。もしかして、変かな?」


「う、ううん! 凄く……すっごく良いと思う。叶えられるといいね」


「ありがと──」


「おっと。人が増えてきたな。今日はこの辺りにしておこう」


「あ、はい。わかりました」


 遮るようにして、アレーニスさんが会話を打ち切った。言われてみれば、訓練を終えた騎士たちがぞろぞろと食堂に入ってきていた。これでは落ち着いて話すことはできないだろう。


「キミたち二人はこれから共に戦う仲間となるわけだ。故に、今後も定期的に話し合って仲を深めるべきだろう。仲の良さは連携に如実に表れる。場所や日時は改めて連絡しよう。いいかな?」


「はい」


「よろしくお願いします」


 こうして、中途半端な感じになってしまったけど、ニコとの初顔合わせは平和に終わった。

 オレはこの時、それなりに仲良くなれたと手応えを感じていた。


 けど、すぐにそれは勘違いだったと知る。


 最初は、ニコが人見知りなだけだと思っていた。


 でも、週に一回の話し合いの場がどんどんぎこちない空気になっていったことで考えが変わった。それだけじゃなかった。


 たまに見かける度に声をかけていたけど、徐々にさりげなく避けられるようになった。最近に至っては、ニコはオレの気配がわかるのか、話し合いのとき以外は見かけることさえ無くなった。


 まったくもって、さっぱり原因がわからなかった。ただただ困惑した。


 食堂で一人ご飯を食べているときに、彼女が凄まじい勢いで僧侶としての実力を伸ばし始めているという騎士たちの会話が耳に入ってきた。どうやらニコは毎日魔力が尽きるまで治癒魔法を訓練し、魔力が尽きたら人体の構造に関する勉強に取り組んでいるようだ。


 治癒魔法の効果は人の体のつくりに詳しければ詳しいほど効力が上がるらしく、ニコは難しい内容にもかかわらず必死に、貪欲に学んでいると聞いた。


 その姿勢が認められ、彼女の城内での評判はすこぶる良い。その上、騎士とも魔術師とも仲良くなっているのが噂の端々から感じられた。


 オレとの歴然とした差に嫉妬したし、どうして避けられているのかわからなくて悲しかったけど、オレにはペトラさんたちがいるから関係ないと自分に言い聞かせた。


 そうして、日々が過ぎていった。

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