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定食屋を継ぎたかった勇者  作者: 入道雲
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第2話 鑑定式

 記念すべき十三歳の誕生日の朝。いつもならとっくに仕込みを終えて開店している時間。でも今日は、今日だけは違う。


「ス――、ハ―――……」


「一体何回やれば気が済むのさ……だーい丈夫だって! ロロは緊張しすぎなんだよっと」


「いっった! もー、少しは加減してよ母さん……」


 バシンと叩かれヒリヒリと痛む背中をどうにかさする。この三年ですっかり恰幅のよくなった母さんは、力加減というものができない。というより、する気が無いのだ。


 まったく、十三歳のか弱い息子の体を何だと思っているのだろうか。


「バカだねえ。加減なんかしたら入る気合も入らなくなっちまうだろ?」


 日よけの布を頭に被る繊細さはあるのに、大切な息子に力加減をする繊細さは持ち合わせていないらしい。


 むちゃくちゃだよこの人。


「でもリリナさん、ちょっとは加減しないとロロくん吹っ飛んじゃいますよ? ねえロロくん、大丈夫?」


「う、うん。大丈夫」


 パワフルすぎる母さんに物申し、オレの顔を覗き込んで心配してくれるアイラ姉ちゃん。やっぱり天使だ。ユニ兄ちゃんが惚れるのも頷ける。まあ誰にでも優しくて愛想がよくて、おまけに美人なアイラ姉ちゃんに惚れない人の方が多分少ないだろう。


「そーそー、王都食堂の未来の店主に何かあったら大変だぜ? なあロロ」


「さすがユニ兄ちゃん。わからず屋の母さんにもっと言ってやってよ」


 肩を組んで頭を撫でまわしてくるユニ兄ちゃんは、いつもオレのことを「未来の店主」と持ち上げてくれる。順当にいけば調理手伝いのユニ兄ちゃんが店主になるハズなんだけど、ユニ兄ちゃんは「俺に王都食堂の看板は荷が重すぎる」と言って頑なに継ごうとしないらしい。ユニ兄ちゃんはちょっと変わっていると思う。


「何言ってんのさ。アンタら二人がそんだけ甘やかすから、アタシが厳しくせざるを得ないんだよ。っと、ロロ、いい加減にしないと間に合わなくなるよ。そろそろ腹を括りな」


「……わかった。行くよ。行ってやるよ!」


「その意気だよロロくん!」


「なーに、たとえどんな結果になったとしても、俺とアイラがお前の大好物を用意して盛大に祝ってやるから心配すんな!」


「縁起でもないこと言わないでよ。じゃあ、行ってきます」


「おう!行ってこい」


「行ってらっしゃい」


 二人の行ってらっしゃいを背中に受けて、オレと母さんは家を出た。


──── 


 母さんと横並びになって、いつものように手を繋いで、オレは鑑定式が行われる大教会に向かっていた。その道すがら、最早何度目かもわからない質問を母さんに投げかける。


「ねえ、本当に今日でオレに料理の才能があるかないかがわかっちゃうの?」


「どんだけ心配なのさ……そうだよ。“鑑定式”ってのは人の才能を見抜く”鑑定石”を使って、前途有望な子どもたちの向き不向きを調べる儀式だからね」


「才能を見抜く、か」


「そう。その子に何の才能があるのか、何に向いているのか、石に手を当てるだけですぐにわかっちまうのさ」


「うへぇ。何度聞いてもおっかないね」


「ったく、何度も言ってるだろ? 才能とか向き不向きとか、本当は大した問題じゃないんだって。大事なのは──」


「自分がどうしたいのか、でしょ?」


「その通り。それに母ちゃんだって、鑑定式では『特に何の才能も無い』って言われたんだから」


 呆れ顔でそう言う母さんの言葉は、どうにも信じ切れない。

 だって母さんは、王都に山ほどある定食屋の中で一番人気のある店の主だぜ? 何の才能も無いだなんて、すんなり信じろっていう方が無茶ってもんだ。


「そもそもさ、何で才能があるかないかなんて調べるの?」


 数え切れないほどいる国民全員の才能を調べるなんて、とんでもなく大変だと思うんだけど。


「そりゃあ、王国の利益のためさ。悲しい話だけど、向いてない人よりも向いてる人に仕事を任せた方が上手くいきやすいってのは、まあ一応の事実だからねぇ。母ちゃんの場合は……ものすご―く頑張ったし、それに加えて、色々と運が良すぎただけさ」


「そうなんだ」


 運、か。オレは自分が運の良い方だとは思わない。

 心がちょっとだけ重たくなるのを感じる。


「なら十三歳の誕生日に鑑定式があるのは何で? 大人と認められて働き始めるのは普通十五歳でしょ? 式を受けるのはその時でも遅くないんじゃない?」


「何言ってんだい。ロロは『あなたには料理の才能があります』って言われたら、何もしなくても美味しいご飯が作れるようになるのかい?」


「あ、そっか」


 オレだって、立派な料理人になるために五年前から母さんの手伝いをしている。たとえ立派な才能があったとしても、急にアレやコレやができるようになるわけじゃない。


「そういうことさ。大人になる前に自分が何に向いているのかを知って、仕事に就く前にしっかりと準備する時間を用意する。そうすることでより確実に、より長い時間、お国に利益をもたらすことができるのさ。ま、要するに全部お国の都合だね」


「ふーん。なるほどね」


 なんというか、夢の無い話だ。


「そしてもう一つ」


「ん?」


 繋いでいない方の手の人差し指を立てて、母さんがオレの方を見る。


「国民全員に鑑定式を受けさせるのは、この国のどこかに産まれるかもしれない、勇者を探し出すためでもあるのさ」


「勇者?」


「そう。王都の遥か西にそびえ立つ魔王城。そこに居座る魔王を打ち倒す偉大な偉大な英雄様。そんな逸材を探すために、王国は鑑定式を行っているとも言われているね」


「へぇ、そうなんだ」


「……話し甲斐がないねぇ。伝説の勇者だよ? カッコいいなとか、憧れるなとか、少しは思わないのかい?」


「いや全然? だって、オレの一番の憧れは母さんだもん。勇者になんて興味ないよ」


 オレの夢は今も昔も、これからも、絶対に変わらない。最早確定事項なのだ。こればっかりは、誰に何を言われても、譲る気はない。


「お前って子は……。まあでも、王国も昔ほどは勇者探しに血眼になってはいないみたいだけどねぇ」


「そうなの?」


「母ちゃんも詳しくは知らないけど、何年か前に魔族同士の大きな争いがあって、その時に魔王が代わったらしくてね。それ以降、不気味なまでに魔族の動きが大人しくなったもんだから、ひとまずは焦る必要がなくなった……みたいな状況なんだってさ」


「へーそうなんだ。良かったね」


 恐らく国にとってはかなりの大事なのだろうが、どうにも他人事のようにしか感じられない。王都は特に守りが凄いらしいし、生まれたときからこれといった魔族の被害を経験したことがないせいだろうな。


「とは言ってもだよ、魔族がいつ本格的に動き出すかなんて予測できるもんじゃないし、魔王が大人しくなったことで暴れ出した『五大魔族』なんてのもいるからね。救世主となる勇者探しは継続しなきゃならないし、見つかるに越したことはないのさ」


「ふぅん。ま、早く見つかるといいね」


「かーーっ、本ッ当に張り合いがないんだから……おっとっと、もう大教会が見えてきたね。ロロ、忘れてないだろうね?」


 今度は母さんの方から、何度目かもわからない質問だ。


「わかってるよ。たとえ料理の才能がなかったとしても、絶対に駄々をこねたりしない、でしょ?」


「わかってるならいいのさ……あ、教会に入ったら静かにするんだよ。中は声が響くからね」


「はいはい」


 このあと「『はい』は一回」と頭をはたかれてから、オレは教会に足を踏み入れた。



「うわ……」


 大教会の天井は見上げるほどに高くて、光が差し込む角度のせいなのか、中は若干薄暗かった。母さんに言われるまでもなく、騒げるような雰囲気は微塵も漂っていない。


 左右にわかれて配置された幾つもの長いベンチの間に何組もの親子が列を成して並んでいて、順番が来るのを粛々と待っている。その様子を眺めながら受付を済ませ、列の最後尾に並ぶ。


 長い列を見て結構待つことになるのかなと内心げんなりしていたけど、予想とは裏腹に、鑑定にかかる一人当たりの時間はそこそこ短かった。これならすぐに自分の番が来るだろう。心臓のドキドキがわずかに加速する。


 順番待ちをしている同い年の子たちも緊張しているようで、不安気な顔でお父さんやお母さんの手を握ったり、キョロキョロと辺りを見回して注意されたりしている。みんなオレと同じなんだなとわかって、緊張が少しほぐれた。


 ようやく厳かな空気に慣れてきたオレは、横に立つ母さんに小声で尋ねる。


「あの台座に乗ってるのが鑑定石?」


「そう、すんごく貴重な結晶から作られるんだってさ。綺麗だよねぇ」


「うん、すんごく綺麗」


 人の才能を見極められる鑑定石とかいう石は、オレの胸の高さくらいある台座の上にぽこんと置いてあった。無色透明で綺麗な球形をしていて、大きさは母さんの顔より一回り小さいかどうかって感じだ。


 台座の両隣には腰に剣を携えた騎士が立っていて、正面には若い神父のような人が立っている。

 騎士の方は、言うまでもなく鑑定石の守護役だろうな。どっちも無表情でおっかない。神父らしき人は、鑑定石に手を当てた子に何がしかを話しているところを見るに、鑑定の結果を伝える役なのだろう。


 こっちの方はまだ愛想があるっぽい。良かった。


「才能のある子が鑑定石に手を置いたら、石が光って教えてくれるんだってさ」


「そうなんだ」


「光の色で才能の種類がわかって、光の強さで才能の等級がわかるんだって」


「等級?」


「あーっと、要は、どれだけ優れた才能なのかってことさね。百人に一人なのか、千人に一人なのか、はたまたそれ以上なのか。鑑定石が明るく光れば光るほど、他に類を見ない、とんでもない才能だってことになる。等級は五段階評価で、下から順に『有望』『優秀』『傑物』『国宝』『天賦』に分類されるって母ちゃんは教えられたね」


「なるほど。じゃあ、たとえば『有望』は何人に一人くらいなの?」


「えーっと、確か五十人に一人とかだったかねぇ。一個上の『優秀』が千人に一人ってのはキリが良いから覚えてるんだけど」


「ふぅん」


 下から二番目でさえ千人に一人か。その上ともなると、オレには想像もつかないな。


「鑑定を受けて才能があるってわかったら、やっぱりその才能に見合った仕事をしなくちゃいけないの?」


「んーにゃ、必ずしもそうではないよ。『有望』なら別にどっちでもよくて、『優秀』なら何か特別な理由が無ければ適した仕事に就かないといけないんだって。ただ、『傑物』以上はあまりに貴重だから例外なく……って噂だね」


「えぇ……強制されるのは何か嫌だなぁ」


「まぁねぇ。でも、代わりにお国からたっぷり報奨金が貰えるんだってさ。あ、ほらアレを見な」


「──わっ、光ってる」


 母さんの指さす先では女の子が鑑定石に手を置いていて、その石の中心は、淡く紫色に光っていた。


 それを見た神父の眉がピクリと動き、ほんの少し考える素振りをしてから口を開く。


「商人の適性アリ。等級は有望とする。おめでとう」


「やった……!」


 女の子が控え目なガッツポーズを取って跳びはね、横にいる父親に飛びついて喜びをあらわにしている。そんな女の子の様子を、神父と二人の騎士が微笑ましそうに眺めていた。


 なんだ、あの二人にも感情はあったのか。だったら最初からニコニコしていてほしい。いや待てよ、それはそれでちょっと不気味か? まあ、どうでもいいか。


 それにしても商人の適性か。あの喜び方からして、望んでいた才能だったのだろうか。だとしたら羨ましいことこの上ない。


 ひとしきり喜んだ女の子は満面の笑みを浮かべて、父親と一緒に帰っていった。


 その後女の子の番からオレの番まで十人くらいの子が鑑定を受けたのだけど、鑑定石が光ることは一度もなかった。しかし才能がある方が珍しいというのは共通認識らしく、がっくりと肩を落とす子はいても駄々をこねる子はいなくて、みんな割かしすんなりと結果を受け入れていた。


 そして遂に、オレの番がやってきた。


「…………」


「大丈夫だって、ほら」


 じっとりと手に滲んだ汗をズボンで拭うオレの背中を、母さんが優しく押す。一歩二歩と前に出たオレの目の前では鑑定石が台座の上に鎮座していて、次なる子どもが手を乗せるのを静かに待っていた。


「…………」


 恐る恐る、右手を近付けていく。

 あと五十センチ。三十センチ。十センチ。


 ──ピトリと、石に手が触れる。


 ああ、思ったよりも冷たいんだなと、ひんやりとした感触が手のひらを通じて伝わってきた直後。


 銀色の閃光が、教会を埋め尽くした。


「っ!?」


 なんだ? 何が起こった!?


 あまりの眩しさに目を開けていられない。一瞬遅れて両目の前に手をかざす。見えないけど、後方で並んでいる人たちの短く驚く声がハッキリと聞こえた。


 強烈な光はすぐに収まり、教会に静寂が訪れた。


 チカチカとした視界は徐々に正常を取り戻し、オレはゆっくりと辺りを見回す。


「…………」


 誰もが言葉を失っていた。

 神父も、騎士も、母さんも、他の親子たちも。みんなみんな、揃って絶句している。


 ……光った、んだよな? 多分銀色だった。一体何の才能なのだろうか。知りたい。料理の才能だと良いな。


 再び正面を向いたオレは微かな期待を込めて、神父の目を見た。

 今起こったことが何だったのか、説明できるのはこの人しかいないと思ったから。


 視線に気付いた神父は我に返り、深く深く、考え込んだ。

 

 ややあって、信じられないといった表情を浮かべた神父は口を開き、


「……剣士の適性アリ。等級は……不明」


 と静かに呟いた。


 ──剣士の適性アリ。力の抜けた声だったけど、それでも確かに、そう言った。


 目の前が、闇に閉ざされた気がした。

明日以降は完結まで毎日1話ずつ投稿していく予定です。

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