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定食屋を継ぎたかった勇者  作者: 入道雲
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第19話 邂逅

「ここが、魔王城か」


 そう呟いたロロくんの顔からは、珍しく緊張の色が滲み出ている。でも、それも無理はないと思った。


「不気味だな、この静けさは」


「うん」


 シュルトの言うように、魔王城は不自然なまでに静かだった。というのも、城に近付くにつれて、魔物の数は増えるどころか急速に減っていったのだ。まるで、魔物ですら魔王城を避けているかのようだった。


「でも、行くしかないよな」


「ああ、当然だ」


「うん」


 ワタシたち三人は意を決して、城に足を踏み入れた。



 魔王城の天井は王城に負けず劣らず高く、ステンドグラスの窓からは薄暗い陽光が差し込んでいた。


「何も、いなさそうだな」


「一体どうなっているのだ」


「…………」


 城内には、一匹たりとも魔物は見当たらなかった。


 だけどワタシは、この時点で冷や汗が止まらなかった。それを二人に悟られないようにするので、必死だった。


「とにかく細心の注意を払って進もう」


「ああ」


 二人はまだ気付いていないようだった。口にするかどうか一瞬だけ迷った後、言う必要は無いと判断して、ワタシは二人の後を追った。


 恐らく魔王がいるであろう玉座の間に向かう道中でも、魔物には一度も遭遇しなかった。てっきり魔王と戦う前にその臣下たちと戦うことになると想定していたワタシたちは、ほんの少しだけ拍子抜けしていた。


 そして実にあっさりと、何物にも邪魔されることなく、玉座の間に辿り着いた。


 ここまで来た時には、シュルトの顔色も僅かに青ざめているのが見て取れた。


 ああ、シュルトも気付いたんだなと、ワタシは静かに悟った。


「じゃあ、開けるぜ」


 そう言って、ロロくんは扉に手をかけた。


 ギギィっと、錆びたような不快な音を立てて扉が開く。


 そこには──


「よく来たな、勇者一行よ」


 一人の少女が、玉座に座っていた。


 薄紫色のふわりとした綺麗な髪に、真っ赤な瞳、人間で言えば十五歳くらいの未成熟な体型。


 ワタシたちと唯一違うのは、頭の横から天に向かってに生える、長い二本の漆黒の角。


 間違いなく、魔人だった。


 見た目は可愛らしい少女と言ってもよいぐらいなのに、震えが止まらない。


 ──魔力量が、違いすぎる。膨大という言葉すら、彼女の魔力量を表現するには物足りない。


「二人とも、下がれ」


 ロロくんがずいっと一歩前に出る。額からは汗が垂れていた。魔力探知が苦手なロロくんも、実際に目にしたことで彼女の異質さを悟ったのだろう。


「話し合いで解決とは、いかんのかのう……」


 彼女が言葉を発するだけで、ガランドが眼前に迫ってきたかのような圧力を覚える。


 これが、歴代最強クラスの魔王か。足の震えが止まらない。


「一つ、訊いていいか?」


 ロロくんが口を開く。これは合図だ。時間を稼ぐための合図。


 瞬時に理解したワタシとシュルトは、即座にバレぬように臨戦態勢に入る。あるいは、ロロくんを見捨てて情報を持ち帰る体勢に入る。前々から、話し合って決めていたことだ。


「なんだ?」


「お前の、目的は何だ?」


「目的だと?」


 ハァと溜息を吐いて、魔王は言った。


「そんなものは無い。私はただ、静かに平穏に、ひっそりと暮らしたいだけだ」


 何故それが理解できないのかと言わんばかりに、疲れ切った表情でそう言った。


 ワタシには、どうしてもそれが虚言の類には見えなかった。


 けど、その時に魔王が発した、ほんのちょっとの怒りの感情が、魔王の魔力に乗ってこちらまで届いた瞬間、


「オレが時間を稼ぐ、二人とも逃げろ!」


 今まで立てていた作戦はすべて無駄だったのだと理解させられた。


 ロロくんが柄にもなく叫んでいる。そのことに一瞬頭が真っ白になりかける。


「ニコ」


 そんなワタシに冷静さを取り戻させてくれたのは、シュルトだった。


「うん」


 踵を返し、玉座の間から逃げ去ろうとした直後。


 ブオンと、魔力が膨れ上がり、圧縮される音がした。初めて耳にする音だった。


 反射的に振り返る。


「ハァ……逃げるのであれば、致し方あるまい」


 呟いて、魔王は拳大の《火球》に似たナニカを放った。ビリビリと大気が震え、肌が粟立つのが感じられた。


 ──あれは絶対に喰らってはいけない。


「《魔力障壁》!」


 逡巡する暇もなく、ワタシは奥の手を使っていた。


 魔力を大気中で編み込んで構成する魔法の盾だ。気の遠くなるような集中力を要するこの技を、呼吸するかの如く発動できるようになるまで、ワタシは血の滲む訓練を続けた。


 ロロくんがガランドに殴り飛ばされたあの時、何もできなかった自分が悔しかったから。皆の傷を癒すだけじゃなく、皆が傷を負う前に守れる盾になりたいと願ったから。


「ほぉ。やるのう」


 魔王の感心するような声が耳に届いた直後、パリンと軽い音を立てて、ワタシの盾は突き破られた。


「あとは任せろ!」


 ワタシが絶望する間もなく、更に一歩出たロロくんが目にも止まらぬ速さで剣を振るい、微かに勢いの衰えた火球を真っ二つに切り裂いた。


「……ッ」


 魔王が初めて瞠目する。


 刹那の後、爆発音がした。二手に分かれた火球が、城の壁を吹き飛ばしたのだ。


 吹きすさぶような風が玉座の間に入り込む。魔王は玉座から動いてすらいない。


 圧倒的という言葉が陳腐に思える程隔絶した力の差が、そこにはあった。


 勝てる見込みなど欠片も無い。今からでも遅くはないハズだ。


「シュルト、ロロくん、逃げ──」


「もう一つだけ訊かせてくれ。オレの予想が正しければ、オレたちは逃げる必要も、争う必要も無い」


 ワタシの言葉を遮って、ロロくんは魔王に語りかけた。その顔には、もう恐怖や畏怖の感情は欠片も無かった。


 理解が追い付かないワタシとシュルトは、ただただ二人の様子を見守っていた。


「……なんだ?」


「お前はさっき、平穏に暮らしたいだけだと言った。あの言葉に嘘は無いな?」


 質問と言いつつ、ロロくんの瞳には確信の色が宿っていた。


「断言しよう。無い」


「そっか」


 そう言ってロロくんは顔を綻ばせ、ワタシたちに振り返ってこう言った。


「戦いは終わりだ」


──── 


「ど、どういうこと?」


 今しがた死にかけたというのに、ロロくんは既に臨戦態勢を解いていた。理解ができない。シュルトも、何が何やらという顔をしている。


「わかったんだよ。こいつは嘘を吐いていない。オレたちと戦う気も、本当は無かったんだ」


「ッ!」


 先程よりも明らかに、魔王は驚愕の表情を浮かべた。その反応こそが、何よりの証拠だった。


 それでも、にわかには信じられない。信じられるわけがない。


「どうして、そう思ったの?」


「理由は三つある」


 ロロくんが指を三本立てた。


 すべてを察したように、魔王がニヤリと笑った。


「まず、あの魔法を見ただろ? ニコの魔力障壁で勢いが殺せていなければ間違いなく三人とも死んでいた。あの一撃で、だ。もしも、もしもだぜ? あの一撃をオレが玉座の間の扉に手をかけた瞬間に放っていたら、どうなっていた?」


「あ……」


 言われて、ゾッとした。


 ワタシは城に足を踏み入れた瞬間から気付いていた。魔王の絶大なまでの魔力量に。口にしたところでやることは変わらないからと、黙っていたけど。


 だから、魔王があの魔法を撃った瞬間に《魔力障壁》を張ることはできただろう。だが、それだけだ。


 障壁はあの魔法の勢いを僅かに殺すことしかできない。しかも、ロロくんは扉に手をかけている。言うまでもなく、剣を抜いて魔力を纏わせ、全身全霊の力を込めて魔法を切り裂くなんて芸当はできるわけもない。


 死だ。確実な死が、ワタシたちを待っていた。


「次に、魔法を撃ってきたタイミングだ。オレたちが玉座の間に入ってきた時ではなく、オレが二人に逃げるよう指示を出したタイミングで魔法を撃ってきた。『逃げるのであれば、致し方あるまい』と、そう言って」


 逃げるのであれば。じゃあ、逃げなければ?

 だけど。


「それだけで……たったそれだけで魔王に戦う気が無いと断言できたのか?」


 シュルトが言う。

 その通りだ。何かの作戦かもしれない。何の作戦なのかは、さっぱりわからないけど。


「落ち着けって、まだ三つ目の理由がある」


 どうどうとワタシとシュルトを宥めすかして、ロロくんは続けた。


「最後に、魔王が今の魔王に変わってから、この世界に何か動きはあったか?」


 動き……?


「……なるほど」


 長い沈黙の後に、シュルトが頷いた。


「魔王がおよそ十年前に代替わりしてから、魔王による被害というものは記録されていない、しかし……」


 シュルトは分かりやすく困惑していた。ワタシだってそうだ。


 追い打ちをかけるように、ロロくんは言う。


「何より、こうしてダラダラ隙を晒して喋っているのに攻撃してこないのが何よりの証拠だろ?」


 四つ目の証拠をロロくんが突き付けた途端、


「クク、クハハ、クハハハハ! 最高だ! 最高だぞ貴様! これまで城を訪れた中で最も弱い貴様らが、これまで交わした中で最も有意義な対話をしている!」


 魔王が高らかに笑う。それだけで大気が揺れるような錯覚を覚える。


 けど、もうそこに敵意のような圧は感じられなかった。



「じゃあ、何から話そうか」


 魔王は玉座から下りて来て埃塗れの地べたに座り、ロロくんはその目の前に座っていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、頭が追い付かない」


「わ、ワタシも」


「よいよい、時間はいくらでもある」


 ワタシたちの困惑に応えたのは、他の誰でもない、魔王だった。


 優しく、柔らかい声色だった。


 それから、ワタシたちは実に三日の時をかけて魔王と言葉を交わした。


 魔王は、なんと前代魔王の娘だった。


 生まれた直後から莫大な魔力量を有しており、将来の魔王は確実だと魔族の中で期待の星として崇められていたのだそうだ。


「しかし、私はうんざりしていた。終わりの無い戦いに。命を奪い合う行為に。そして、勝ち目のない戦いを続ける魔族という種族に」


 魔王は誰よりも強かった。故に、誰よりも冷静でいられた。


「傍観者の立場を崩さないエルフの国レランタを除いても、四大国すべての勢力を合わせれば、如何に魔族といえどひとたまりもない。数の暴力というのは、それだけ強力なのだ。というより、万が一にもあの『守り人』を敵に回せば、それだけで魔族の命運は尽きる」


 魔王は当たり前のように断言した。


「何故そんな簡単なことがわからないのか、私には理解ができなかった」


 魔王は何度も父親に訴えたらしい。こんな無駄なことはやめるべきだと。しかし、「ならば儂を力でねじ伏せてみせよ」と、父親は耳を傾けてくれなかったそうだ。


「だからその時、私は初めて本気を出した。親父もまさか生まれて数十年の娘に負けるなんて思ってもみなかったのだろう。勝負はたったの二撃でついた。圧勝だった。つまらん殺し合いだったよ」


 そして、魔王は静観を決め込んだのだ。


 訪れた者には対話を求め、戦いを仕掛けて来たものには確実に死を与えたらしい。


 もしも魔王の超越した実力が知れ渡れば、今は小競り合いをしている五大国が手を取り合って本格的に魔族を潰しかねないと危惧したから。仕方なく、魔族という種族と自分を守るために、命を奪ったのだと。


「気休めにしかならんが、そいつらは城の裏に墓を建てて埋めてある。ほとんどの者は名前を聞く前に殺してしまったから、名を刻んである墓は少ないがな」


 確かめてはいないけど、確かめるまでもなかった。そう思えるくらい、魔王の顔は疲れ切っていた。


 かわいそうだと、ワタシは素直にそう思った。


 声が枯れるまで語り合った後、三日目の朝に、ロロくんが尋ねた。


「なあ、あんたの夢はなんだ?」


「夢? そんなものはとうの昔に──」


「いいからさ。夢を語るのは、誰だってタダだろ?」


 有無を言わせない、力強い言葉だった。


 魔王は力なく笑って、


「……世界を、周ってみたかったんだ。荒れ果てた魔族の土地はもう見飽きた。不毛な殺し合いももう飽きた。自然豊かで、空気が美味しくて、食べ物も美味しい。そんな世界を見たい。……そうだ、私は、人族たちの食べる美味しい食べ物を口にしてみたかったんだ」


 思い出すように、ポツポツと、魔王は素朴な夢を語った。


「ならさ、ウチに来いよ」


「……なんだと?」


「オレの母さんの王都食堂の飯は、世界一美味いぜ?」


「ハッ、何を言い出すかと思えば。馬鹿も休み休み言え、私は魔族だぞ?」


「──誰にでも等しく、お腹いっぱいの美味い飯を。それが王都食堂のモットーだ」


 呪文を唱えるように、ロロくんは言った。暖かい笑みを浮かべて。


「……いいのか? 私は魔王だぞ?」


「オレを誰だと思っている? 勇者だぞ?」


「クハハ、何だそれは。まるで理由になっておらんではないか」


 その時の魔王の顔は、年相応の少女に見えた。


「決まりだな」


「そうだね」


 こうして、魔王との戦いは幕を閉じた。


「あ、そうだ」


「ん?」


「名前だよ、名前。訊くの忘れてたや。オレはロロ、こいつがシュルトで、こっちがニコ。まあ、今までの会話で何となくわかってたとは思うけどさ。で、あんたは何て名前なんだ?」


 魔王はキョトンとした顔をして、それから可愛らしく笑った。


「ワプタだ。覚えやすいだろう?」


「なんだ、可愛い名前じゃないか」


「そうか? 人間の言葉に直せば、『根絶やし』という意味なのだと親父に聞いたが」


 ぜ、全然可愛くない……。


「そ、そうか。でも、響きは可愛いぞ、な?」


「お、おう」


「う、うん」


「ありがとう。生まれて初めて言われたぞ」


 それからまた少しだけ話したあと、ワタシたち()()は、魔王城を後にした。


次で最終話です。

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