第17話 ガランド-後編
オレの合図を聞いた二人が、素早くお互いに距離を取る。
「良い判断だ! テメェらの実力があってそれだけ互いが離れていれば、俺様が誰かひとりをぶっ殺している間に逃げ帰ることができる! その上で加勢することも可能な絶妙な距離感だ。俺様の実力を正しく測れていなければできない芸当、最高だなァ!」
「そりゃどうも」
軽口を返す。が、こちらの“散開”の意図をほとんどお見通しのガランドに内心焦ってしまいそうになる。
奴の言う通り、オレが散開を出すときは「相手がこちらよりも格上だった場合で、かつ最悪のケースを想定し、生き残った者が少しでも多くの情報を持ち帰れるようにしなければならない場合」に限られる。
「おいロロ、腕の感覚はまだ残ってるかァ?」
「当り前だろ、舐めるな」
とは言ったものの、奴の拳を真正面から受けたせいで左腕の感覚がほとんど無い。間違いなくヒビは入っているだろう。
なんだったんだアレは。
超スピードで接近してきたかと思えば、わざわざ目の前で急ブレーキして腰を深く落とし、四本もある腕の内一本だけで鋭い突きを打ってきた。
一見無駄だらけにしか思えない所作の連続だったのに、その動きには確かに洗練された何かを感じずにはいられなかった。
「ククク。強がりは好きだぜ? 実際、俺様の正拳突きを受け止められたのは半世紀振りだ。それだけで十分誇って良い」
「強がってるのはそっちだろ? 今の一直線がお前にとって最速の攻撃だったハズだ。それを受け止められて内心焦ってるんじゃないのか?」
「それはテメェが一番よく知ってンだろ」
表情一つ変えやしない。挑発の類は効きそうにないな。
「んじゃ、続きと行こうぜ」
その一言を皮切りに、ガランドの姿がまたブレた。
「シュルト!」
「任せろ!」
瞬間移動みたいな速度で眼前に迫るガランドを迎え撃つように、奴の足元から《土槍》が突き出る。当然ガランドはそれを腕の一振りで打ち砕くのだが、お陰でこちらを攻める腕の数が二つ減る。
「そうすりゃ……っ!」
オレが防ぐべき腕の数は通常の人間と同じ二本。辛うじて対処可能となる。
「最高の連携じゃねェか! ここまで緻密なヤツは初めてだ!」
褒め称えながらも、ガランドの腕は止まらない。
「クッソ」
腰を落とす、構える、打つ。
腰を落とす、構える、打つ。
この動作が極限まで圧縮され、音速を優に超えた拳が迫ってくる。
「バカスカ打ち込みやがって……!」
受け流すので精一杯だ。まともに受け止めようなんて考えてはいけない。次は確実にオレの剣か腕の骨が砕け散る。
「いつまで凌げるか楽しみだなァオイ!」
まるで暴風雨。一向に止みそうな気配は無い。
『宝剣』の中に一人だけ、この嵐とほぼ同じ速度で剣を振るう人がいた。
オリヴィア・リズリースさんだ。『宝剣』で唯一の女性で、まだ歳も若く、将来の『宝剣』を担うとまで言われていた。美しい人だった。
彼女の剣技を学べていたおかげで、オレは辛うじて生きている。
「完璧な角度、完璧な力加減。どちらが欠けても俺様の拳は受け流せねェ! 誇れ! テメェはやはり天才だ!」
「う、る、せぇ……!」
オレが一言を返すのでいっぱいいっぱいなのに、奴はベラベラと喋る余裕がある。ムカつく野郎だ。
しかも、奴はこの間もシュルトからの魔法攻撃にもすべて対処している。歯痒そうにオレたちを見守るニコも、額に汗を滲ませているシュルトも、オレの視界にきっちり収まっている。
──だから。
「まだ、大丈夫ッ」
言い聞かせるように、絞り出す。
「ロロ!」
シュルトが叫ぶと同時に、ほぼ直感で一歩飛び退く。
「おぉ! なんだなんだァ!?」
直後、分厚い壁がガランドを四方から囲み、奴の視界を完全に奪った。ガランドの楽し気な声が籠って聞こえる。余裕ぶっこきやがって。今に見てろよ。
「しっ!」
相当量の魔力で剣を強化し、渾身の突きを入れる。
『宝剣』の中で最もレイピアの扱いに長けていたユージン・ドルストンから学んだ最強の“突き”だ。木剣で鉄の胸板を紙切れの如く貫く彼の突きを学んだおかげで、この連携は意味のある技となる。
空気を切り裂く音を伴って、堅牢な壁がぶち破られる。それで勢いの衰える突きではない。
だがしかし。
「良い技だ!」
「ちっ!」
真正面から、受け止められてしまった。音か、気配か。あるいはその両方か。閉じ込めた程度では奴から隙は奪えないらしい。
けど、これで終わらない。
「おぉっ!?」
初めてガランドの余裕が崩れる。
たかが一発の鳩尾への蹴りだ。
『宝剣』の中で最も荒々しい剣技に優れた男、ロイドア・ジース。彼の冒険者を彷彿とさせる、これ以上なく生に執着した動きには何度も驚かされたし、ゲロを吐かされた。
騎士が剣を使わずに攻撃をする。たったこれだけの「ありえない」で、敵はいともたやすく動揺してくれるのだ。ありがたい。
「いくぜ?」
オレが言うと、
「来い!」
ガランドは邪悪な笑みを浮かべて応えた。
──攻守交代だ。
「シュルト!」
オレが叫ぶと、シュルトが待っていましたと言わんばかりに様々な属性の“槍”を浮かべる。
その数、実に数百本。初めて喧嘩した時とは比べるまでもないほどに、シュルトの魔法は極め上げられていた。
「ウハハ、凄まじい数だな。俺様が魔法に頼っていた時代なら余裕で撃ち負けていただろうよ」
着弾による爆発音が生じる寸前、ガランドがそう呟いたのが聞こえた。
オレは全身に身体強化を施して、降り止まない魔法の槍の中に身を投じる。
「ふっ!」
鋭く息を吐いて剣を振るう。振るう。振るう振るう振るう。
「カカカ、腕が四本あっても足りやしねェ」
今にその余裕を打ち消してやる。
ガランドの硬い皮膚に少しずつ切り傷が増えていく。決して深くはないが、浅くもない傷だ。
悪くない。今のところ作戦は上手くいっている。
──そういう時に限って、敵はこちらの予想を超えてくるんだ。
父さんの声が警告をしてこなければ、多分、オレは死んでいただろう。
「オラァ!」
地面への強烈な一打。
たったそれだけで、半径二メートルが大きく陥没した。
半径二メートル。直径だと四メートル──オレの剣の間合いとほぼ同じだ。
つまりそれは、
「うおっ」
オレの足元の消失を意味する。
「行くぜ?」
血濡れのガランドが笑う。
「来いよッ!」
オレは敢えて、全力の笑みで応えた。
衝撃。
バキンと、左腕の折れる音が体内に響いた。
「い、てぇ……」
土埃に塗れながらも立ち上がる。ほんの一瞬だけだけど、意識が飛んでいた。
「…………」
左腕が上がらない。完全にイカれてしまった。それでも表情は変えず、右腕だけで剣を構える。
「おいおい強がンなって。剣は片腕より両腕で振った方が強ェンだぜ?」
「そう思うなら、かかって来いよ」
舐められたと判断したのか、ガランドの表情が険しくなる。
バカめ。お前は知らないのだ。
『宝剣』の怪物。クリストロン・ウェールズさんの、隻腕の剣技を。
『天賦』の才の持ち主を片腕の剣士がボコボコに打ちのめす、なんて大事件を起こせるのは、後にも先にもあの人だけに違いない。
「……破れかぶれ、ってわけじゃァ、ないみてェだな」
少しだけ、ガランドの口角が上がった。
とはいえ、その程度だった。
オレはクリストロン・ウェールズさんじゃない。あの人の剣技を完璧に習得したわけでもないし、ましてや片腕であの人を倒せるわけでもない。
要するに、劣化版だ。破れかぶれではないが、時間稼ぎにしかならない。
「あァ、楽しかったひと時も、もう終わりか」
「はぁ、はぁ……」
ガランドが断言できるくらいには、息も絶え絶えだった。
オレだけじゃない。片腕を失ったオレの代わりに魔法でカバーし続けていたシュルトの魔力にも底が見えていた。
「ここまで楽しめたのは本当に久しぶりだ」
勝ち誇ったガランドが、静かに口を開く。
「なァ、最期に言い遺すことはねェか? 楽しませてもらったからには、礼を尽くさないとならねェしな」
ガランドは、どこまでも武人だった。魔族とは思えない程に、口調はともかくとして、振舞いには敵への敬意が感じられた。
だから、そんなガランドに、オレも敬意を払おうと思う。
「お前は強かったよ、今まで戦った、誰よりもな」
その刹那、地面が僅かに盛り上がり、瞬く間にガランドの足を拘束する。
シュルトの最後の拘束魔法だ。
「オイオイこんな小手先の技で──」
「《火球》!!」
ボフっと、ガランドの顔面をニコの魔法が包む。これまで静観を決め込んでいたニコが、この瞬間を狙い澄ましていたニコが、初めて使ったのは、治癒魔法ではなく、シンプルな攻撃魔法だった。
間違いなく「ありえない」一手だ。ほんの一瞬だが、予想外の一撃にガランドの視界が塞がれる。
「しっ!」
その隙を突いて、オレはガランドの腕を二本、切り落した。
「あァ……!?」
『相手が”有り得ない”と思う手札を切るのが大事なんです。そうすれば確実に意表を突けるし、より着実に敵を追い詰められるんス』
ガランドは間違いなく心臓を突かれると思っただろう。ようやく、やっと突けた隙だ。奴の筋肉の動きが、それを物語っていた。
故に、腕を切り落した。「ありえない」を重ねた
虚を突かれ、突然二本の腕を失ったガランドが体勢を崩す。先ほどとは比にならない隙だ。
オレは剣を上段に構え、ガランドの目を見据える。
そして、
「天晴れだ」
そう呟いたガランドの、心臓を真っ二つに切り裂いた。
ドサリと、ガランドが地面に崩れ落ちる。
──オレたちの、勝ちだ。
「よォ、やっと近付いて来てくれたなァ、シュルトにニコ」
「フン、死に際の顔くらいは看取ってやろうと思ってな」
「……痛みだけは取り除いておいてあげる」
「ククク、至れり尽くせりじゃねェか」
これまでで間違いなく最も強かった敵への敬意を示すため、オレたちはガランドを取り囲んで奴の最期を見送ることにした。
「ロロ、シュルト、ニコ」
「なんだよ」
ガランドの目が急速に生気を失っていく。恐らく、これが最期の言葉になるだろう。
シュルトもニコも、黙って耳を傾けている。
「正直な話、テメェは俺様を殺しかけたあのジジイに比べればまだまだ弱っちい。多分、俺様が魔法も併せて戦えば普通に勝てただろうよ」
「……だろうな」
負け惜しみだとは思わない。なら何故魔法を使わなかったのか、とも思わない。
武人だからだ。こいつは『極技』のガランドだからだ。その一言で事足りる。
「でもよ、テメェらは連携と忍耐で俺様を打ち破った。特に僧侶のテメェは、仲間を治したくてたまらなかっただろ?」
「……うん」
「よく我慢したもんだ。おかげで、最後の最後まで、テメェの存在が頭から抜けていた」
「そのための『散開』だからな」
「……なるほどな。俺様ァ最初からテメェの術中だったわけだ」
「結果的には、な」
「ケケッ、誇れよ。テメェらは、この俺様を殺したんだぜ?」
「あぁ、そうだな」
「それで良い。俺様も、テメェらと戦って死ねたことを誇りに思う……っと、じゃあな」
そう言って、あっけなくガランドは死んだ。
「敵に褒められても何も嬉しくないと思ってたけどさ、訂正するよ」
もう喋らないガランドに向かって、オレは語りかけた。
「お前に誇りに思ってもらって、オレたちも鼻が高いよ」
シュルトとニコが、ゆっくりと頷いた。
ガランドとの死闘が、終わりを迎えた瞬間だった。




