第15話 初陣
「よくぞおいで下さいました。あなた方が魔王征伐隊……ですか?」
マジかよ、という表情を隠し切れていない港町ポートフィルの長──ヘカントさんはぎこちなくオレたちを“歓迎”した。
こんな若僧たちに果たして水竜が倒せるのか? と丸く太った顔に太字で書いてある。無理もないか。自分よりも二回り近く下のガキんちょたちがやってきて“魔王”征伐隊を名乗っているんだからな。
「はい。若輩者ではありますが、ツェリードヴィヒ・ノルムザント国王の勅令に従い、ポートフィルの抱える問題の解決に来た次第でございます」
と慇懃な返事をしたのは、オレではなくシュルトだ。
魔王征伐隊のリーダーは一応オレということになっているらしいけど、こういった交渉や意思疎通の類は貴族であるシュルトの方が圧倒的に優れているため、彼に担当してもらうことになった。
というか、任せてもらえなかった。
「お前に任せたら事が拗れる未来が容易に想像できる」
だそうだ。酷い言いようである。でも事実だから仕方が無い。
「長旅でお疲れでしょう。宿までは彼が案内しますので、私はこれで失礼いたします。何卒よろしくお願い申し上げます」
浅く礼をして、ヘカントさんは行ってしまった。町長ともなれば色々と忙しいのだろうが、あまり褒められた態度ではなかった。シュルトがよく小言を垂れなかったものだと感心するレベルだ。
「では、ここからは私、衛兵隊長のベントがご案内いたします」
ヘカントさんの代わりに前に出てきたのは、衛兵隊長を名乗る長身の男だった。オレは半ば反射的に彼を観察する。
……この人、強いな。かなり鍛え上げられている。さすがは隊長と言うべきか、立ち居振る舞いにあまり隙が無い。
などと不躾な視線を送っていると、
「まずは、先程の非礼をお詫び申し上げます。大変失礼いたしました」
と言って、ベントさんが頭を下げた。
「……いえいえ、とんでもない。町長自らがお出迎えいただいただけで十分です」
そう返したシュルトの表情が、明らかに柔らかくなる。こいつもこいつで結構わかりやすい方だと思う。オレよりは遥かにマシだけど。
「そう言っていただけると助かります。ささ、宿はこちらです」
「ありがとうございます」
「よろしくお願いします」
キチンとお礼を言って、オレたちはベントさんの後に続いた。
ポートフィルは湖を中心として、扇状に町が広がっていた。先端である湖に漁船や輸送船やらが浮かんでおり、すぐ側には露店が立ち並んでいる。そこから手前側に居住区があって、更に町の入り口付近には宿屋が集まっている形だ。
しかしながら。
「静かですね」
夕暮れ時のポートフィルは、船の浮き沈みする音が聞こえる程に静寂に包まれていた。人通りも少なく、宿屋からは活気が感じられない。
「ええ。一カ月前に水竜が現れてから、ずっとこの調子です。町の要である漁業ができなくなってしまったので当然と言えば当然ですが。この町で生まれ育った私としては、寂しい限りです」
ベントさんの横顔からは、寂しさの他に、もうひとつ感情が汲み取れた。
この状況を己の力で打破できないことに対する、静かな怒りだ。
「絶対に、倒してみせますよ」
自然と、口をついて言葉が出てきた。こういう人のために力を揮えるのなら、この才能も捨てたもんじゃない。
「ふふ。正直あなた方をこの目で直接見るまでは不安でしたが、一目見て安心しましたよ。ああ、このお三方なら確実に奴の首を討ち取れるだろうなと」
「光栄です。ですが、まだまだ発展途上ですよ。ボクたちは」
「末恐ろしいですね」
そのあとはベントさんの子ども時代の話を聞きながら歩いている内に、宿屋に辿り着いた。
「今晩は旅路の疲れをゆっくりと労わってください。最後になりますが、水竜の討伐はいつ頃を予定していますか? ざっくりで構いませんよ、ヘカント様には私の方から良い感じに伝えておきますので」
「お気遣い痛み入ります……だそうだ。ロロ、いつならいける?」
「いつでも。と言いたいけど、何があるかわからないし、万全を期して明日の昼が良いんじゃないか? ベントさんの言う通り、疲れは取っておくべきだ」
「だな。ボクもそう思う。ニコもそれで大丈夫か?」
「うん。ワタシは二人が大丈夫なら大丈夫だよ」
「というわけで、明日中には討伐する予定です」
「……はは。本当に心強い」
あまりのとんとん拍子に、ベントさんの顔は若干引き攣っていた。
「であれば、そのようにお伝えしておきます。お休みなさい」
「お休みなさい!」
その夜は、ぐっすりと眠れた。十日ぶりのふかふかのベッドは最高だった。
────
翌日。
「いけるか?」
「あたぼうよ」
「ふふっ、何それ」
「当り前って意味だよ」
至極自然体な状態で、オレたちは昼を迎えていた。体力は満タン。準備も万端だ。
個人的に意外だったのが、ニコが落ち着いていることだ。
てっきり、
「どうしよう。勝てるかな……」
的な感じになると思っていた。どうやらオレは彼女を見くびっていたらしい。申し訳ない。
宿から歩いて湖に向かう。向かう道中はもちろん、湖畔にも人っ子一人いない。かと思いきや、頭にねじり鉢巻きをした気合の入ったおっちゃんが、桟橋の前に立っていた。
「おう坊主たち、水遊びでもしにきたのか知らねェが、大人しくお家に帰んな。ここから先に一歩でも踏み越えると、おっかねェ水竜が出てきてお前ェらを食っちまうぞ?」
「あー」
うーん、どうしよう。話が通っていないのか、あるいは通ったうえでこんな子どもが来るとは思っていなかったのか。どちらかは判断がつかないが、何にせよ説明するのにかなり骨が折れそうな人だ。
「それは良いことを聞きました。では、ここから離れていてください」
「あぁ?」
「おい、ロロ、行くぞ。一瞬で終わらせよう」
……ああ、なるほど。説明しない、って手もあったのか。
「了解」
「ニコはその場で待機。万が一に備えて治癒魔法の準備を頼む」
「わかった」
言うや否や、オレとシュルトは駆け出した。と同時に、ニコの両の手が淡く緑色に輝き出す。治癒魔法の光だ。
「あ、おい! コラ!」
おっちゃんの横をすり抜けた途端、水面をぶち破って水竜が現れた。
「キシャーーッ!!」
おお、マジで出てきた。
水面から飛び出している部分だけでゆうに五メートルはあるだろう。胴体の太さは大人を丸吞みできるくらいはある。蒼色の鱗は硬質で、陽の光を鈍く反射していた。大きな牙は一本一本が剣のように鋭く、赤く光る双眸も狂暴さを物語っている。
要するに。
──こいつは楽勝だ。
「シュルト!」
「わかってる」
呼びかけた瞬間、シュルトが水竜の周辺を広範囲に渡って凍らせた。想定外の発動速度に水竜が身をくねらせてもがいている。だが、その程度で砕けるような生半可な魔法を使う男ではない。
さすがシュルト。百点満点のお膳立てだ。
用意してもらった“足場”を一歩二歩と素早く駆け抜け、標的を間合いに入れる。
そして、
「しっ!」
鋭く息を吐いて、胴体を切り裂く。だけじゃ終わらない。
魔物はこのくらいじゃ死なないかもしれないからな。
「ふっ!」
縦に三分割。綺麗に斬撃を飛ばせたおかげで、水竜は美しく三等分された。真っ赤な瞳から生気が失せる。
ベントさん、また驚いてくれるかな。
水竜が崩れ落ち、重々しい振動が湖面に波紋を生み出した。
「お、おお? おお!?」
ものの数秒で、討伐完了だ。
「驚かせてしまってすみませんでした。恐らくご存知だとは思いますが、ボクたちが魔王征伐隊です」
事後報告をするシュルトを横目に、オレは念のために水竜の死体を観察する。
「……あぁっ!」
「どうした!?」
シュルトが慌てた様子でこちらを見る。オレは目を合わせ、世紀の大発見をシュルトと分かち合う。
「今ので魚の捌き方がわかったぞ!!」
あれだけ教えられても腑に落ちなかった魚の捌き方が、今の動きで完全に理解できた!
一刻も早く城に帰ってペトラさんたちに報告したい!
「…………」
あれ? どうして《炎槍》を八本も発動しているんだ?
「うおっ! 当たったらケガじゃ済まないだろ! ニコ、シュルトを止めてくれ!」
「うーん、ロロくんは一度こんがり焼かれるくらいが丁度良いかもね」
ダメだ、味方がいない!
「……ハッハッハ! こいつァすげェや! 今夜は宴だ! ウハハ!」
こうして、オレたちの初陣はこれ以上なく完璧な勝利で終わった。
その後一年という時間をかけて、オレたちは王国中を巡り、様々な魔物たちを討伐して回った。
大量発生したオークを殲滅したり、万病に効く香草を探し出したり、鉱山をねぐらにする巨大スライムを駆逐したりした。
一番思い出深いのは、火竜の討伐だ。
油断してしまったオレは火竜にこんがりと焼かれたわけだが、そのおかげで料理の火加減というものを理解することができたのだ。あれは怪我の功名だった。
ぷすぷすと煙を上げながら狂喜乱舞するオレを蔑む二人の冷めた目は、今でも夢に見る。
それはさておき。
十分な功績を積み、魔物との戦い方も十全に掴んだオレたちは、遂に『極技』のガランド征伐の命を受けた。




