第14話 十五歳
「面を上げよ」
低く、よく通る声が頭上から降ってきた。
オレは、両隣にいるニコとシュルトと揃えて顔を上げる。
玉座の間の天井は一際高く、装飾も豪華だ。部屋の両サイドには『宝剣』と『宝杖』がズラリと並んでいて、オレたちの正面に座るツェリードヴィヒ・ノルムザント国王に”万が一”が起きぬよう、万難を排して守護している。
「まずはこの二年の間、王国のために研鑽を重ねてきたお主らに礼を言おう。大儀であった」
初めて見る国王の顔は凛々しい、というよりとても険しかった。深く刻まれた眉間の皺が、彼の苦労を物語っているようだった。
二年も城の敷地内にいて国王に謁見するのはこれが初めてだなんて、ちょっと薄情じゃない?
というオレの言葉に、シュルトが
「馬鹿を言うな。用も無いのに謁見してどうするのだ」
と、至極真っ当なツッコミを入れてくれたのが一昨日だったか。
その時ついでに、
「あの、国王様に会うのは二回目じゃない?」
「ん? そうか。城に来た時に謁見させてもらったではないか。これから王国のために励むようにと、激励の言葉を賜らなかったのか?」
「え、賜ってない……」
という衝撃の事実が発覚した。メチャクチャ可哀想な奴を見る目で憐れまれた。
鑑定式で暴れた影響が、しっかりと反映されていたらしい。自業自得である。
おっと、気が逸れてしまった。集中せねば。
「さて、十五になったお主らは、晴れて王国を守る兵士として迎え入れられる。だが、三人は騎士団でも魔術師団でもなく、魔王征伐隊という名で、鍛え上げたその腕を振るってもらおうと考えておる」
魔王征伐隊、か。そのまんまだな。まあ、変に分かりにくい名前よりはずっとマシか。
「最終の目的は言わずもがな理解できておろう。しかし、お主らはこの二年、対人の訓練が主であったと聞いておる。それでは魔族の長と相対するのはちと荷が重かろう。故に、まずは各地で猛威を振るう魔物共を討伐し、魔族との戦い方を実戦で学んでもらう」
なるほどな。理に適っているし、同時に王国が今手をこまねいている厄介ごともオレたちのおかげで解決できるって寸法だ。
「そして十分な経験を積んだ後、近年動きを見せつつある『五大魔族』が一人、『極技』のガランドを征伐してもらう」
──五大魔族。
大陸の方々に存在する、魔王に準ずる力を持った魔族。彼らは基本大人しいが、時折災害の如く暴れ回ることで恐れられている。
『極技』のガランド。
体術に魅入られ、数百年という歳月をかけてそれを極めた四つ腕の魔物。王国領の北西に広がる荒野に陣取っているため、その存在が北方諸国との交易を阻害している。
『寵愛』のペーリアット。
神に愛され、不死身の体を得た魔物。王国と北方諸国の領土の北側に居城を構え、いつ何をしでかすかわからない不気味な威圧感を放っているらしい。
『堕ちた英雄』マンドープ。
大陸南側に広がる帝国領の一部を占領する、”元人間”の最も攻撃的な魔物。領土を取り戻さんとする帝国からの派兵を幾度となく退けている。
『大瀑布の老賢』トラス・ヘラス。
西部連合国の領土内にある大瀑布に陣取る最悪の魔物。彼の魔物の編み出した独自の魔法は未だに原理が解明されておらず、「呪い」として衰えぬ脅威を発し続けている。
『深き谷の主』フォズアフ。
大陸中央付近に位置するエルフの国レランタに近しい渓谷を住処とし、強力な結界魔法によって何者をも拒み続けているのだとか。
以上が、国王から受けた五大魔族に関する説明だ。どいつもこいつもとんでもないバケモノらしい。
ただ、王国に深く関係があるのはガランドだけらしく、自動的にオレたちが討伐しなくちゃいけない魔族もガランドだけになるとのこと。
「──長々と話したが、お主らに最初に依頼するのは巨大湖のヌシ、水竜の討伐だ。近辺にある漁町の生業に多大なる影響を与えておる凶悪な魔物である。出発は明後日だ。心してかかってくれ。よいな?」
「「「はっ!」」」
およそ十数分に渡る謁見の場で、オレたちが発した言葉はこの一言だけだった。
────
無事に謁見を終えたあと。
「あー、緊張した。そんで疲れたー」
オレたち三人は談話室に直行していた。もちろん、この疲労感を愚痴るためである。
「フン。ボクはお前がいらんことを口走らないか終始ヒヤヒヤしていたぞ」
「なんだと?」
「ロロくんってたまにビックリするくらい空気読めないからね」
「えぇ……」
今日もニコの柔らかい毒舌が冴え渡っている。彼女の毒は仲が良くなればなるほど強くなる不思議な毒だ。
この二年で随分と仲が良くなったので、前に思い切って「初めて会った頃にどうしてオレを避けていたのか」を尋ねてみたのだが、
「……ごめんね、いつかきっと話すね」
と先延ばしにされてしまった。メチャクチャ気になったけど、アイラ姉ちゃん曰く「何事も嫌がる人に深く追求しちゃダメ」だそうだから、そこはグッと我慢した。
それはさておき。
「水竜のいる巨大湖ってさ、二人はどこか知ってる?」
「……お前は、本当に料理のこと以外は何も知らんのだな」
「よせやい」
「ロロくん、全然褒めてないよ」
「わかってるよ。それで、どこにあるの?」
「はぁ。いいか? 巨大湖ナーウェは、王都から南西に馬車で十日ほど進んだところにある大陸最大の湖だ。王都が丸々ひとつ余裕で収まるほどの広さを誇る」
「すげーデカいんだな。ナーウェってなんとなく人の名前っぽいけど、誰か偉い人だったりする?」
「…………」
「…………」
何気ない一言だったのに、絶句されてしまった。どうやら知っていて当然の類だったらしい。でも、知らないものは知らないのだ。仕方が無い。
「まさか『守り人』のナーウェを知らん人族がいようとはな」
「モリビト?」
「そう。エルフの国レランタをたった一人で守り続けている最強のエルフのことだよ」
「たった一人で国を!? 凄いな」
「フン。お前のことだ。どうせ勘違いしているに違いない」
「何をだよ」
バカにしやがって。
「確かにレランタは王国、帝国、西部連合国、北方諸国と並ぶ五大国の一つだ。しかし、その人口は大国と呼ぶにはあまりにも少ない。さて、どのくらいだと思う?」
「王国が一千万超とかなんだろ? じゃあ、十万くらいじゃないか?」
実に百分の一だ。「あまりにも少ない」と評するに十分な数字だと思う。
「九十四人だ」
「……は?」
「正確には、半世紀前に確認された時点で九十四人、なんだけどね?」
というニコの補足が、頭に入ってこない。それほどの衝撃だった。
「百にすら満たない人口で、その何万倍以上の規模を有する四つの国家と対等な地位を築けている。この馬鹿げた事実を現実にしているのが、『守り人』ナーウェの超越的な力だ」
強いとか弱いとか、もうそういう次元じゃないだろ。それは。
「その昔、エルフの希少価値に目を濁らせた小国の王が、まだ大国と認められていなかったレランタに“ちょっかい”をかけたらしい。結果として、一人の同胞が攫われてしまったそうだ。しかし報復として、ナーウェはたった一撃の魔法で、小国の王都を含む約三割の領地を“巨大な穴”に変えてしまった」
「まさか……」
「そうだ。そこに水が溜まったものこそが、巨大湖ナーウェだ。決して怒りを買ってはならない畏怖の象徴として、湖に彼のエルフの名前を付けたのだそうだ」
「……とんでもないな。魔王なんて目じゃないんじゃないか?」
「恐らくな。ただ、ナーウェはエルフ族に危機が迫った時にしか動かん。故に『守り人』なのだ」
確かに、オレは勘違いをしていたようだ。やはり上には上がいる。ちょっと力を付けたくらいで調子に乗るのはよそう。
「ま、お前が最初から真面目に訓練に励んでいれば、あるいはナーウェに一撃を入れられるくらいには強くなれたかもしれんな」
「バカ言うなって。一撃入れられる程度で勝負を挑むアホがどこにいるんだよ」
「クク、それもそうだな」
「二人とも余裕だね、ワタシは水竜のことで頭がいっぱいなのに……」
「大丈夫だ、ニコのことは何があってもボクが守る」
「ヒュー、カッコいいねぇ」
「ただしロロ、お前は何があっても自力で切り抜けろ」
「じょ、冗談だって」
「アハハ、言って良い冗談と悪い冗談があるんだよ。勉強になったね、ロロくん」
「……ウン、ソウダネ」
この時のニコの口は笑っていたけど、目はまったく笑っていなかった。
そんな感じで、あっという間に初陣の日が訪れた。




