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定食屋を継ぎたかった勇者  作者: 入道雲
13/20

第13話 ベル

 心を入れ替えた翌日。


 オレは一足早く訓練場に着いて、今日から訓練をつけてくれるという下級の聖騎士を待っていた。


 どんな人なのだろう。聖騎士は騎士団の人たちとは別格の強さを持つと聞いている。ということはやっぱり筋肉もりもりで、眼光だけで魔物を殺せるくらいに厳つい感じだったりするのだろうか。


 それに聖騎士は選ばれし騎士と言われている。シュルトなんか目じゃないくらいにプライドが高い可能性だって大いにある。


 うへぇ。どうしよう。騎士に対する嫌悪感はほとんど無くなったけど、それでもそういう人は単純に苦手だ。仲良くできないかもしれない。


 などとまだ見ぬ聖騎士への偏見を募らせていると、


「いやぁ、遅れて申し訳ないっス」


 と気の抜けた声がすぐ側から聞こえてきた。


「っ!?」


 顔を上げると、眼前にはいかにも「優男」といった雰囲気の男が立っていた。


 濃い茶色の短髪で、垂れた目からはまるで覇気を感じない。どころか、親しみやすさすら覚える。体格も至って普通だ。もちろん最低限鍛えられているには違いないが、パッと見では下級騎士にしか見えない。


 でも、それは絶対に有り得ない。


「あー、驚かせてしまったみたいっスね。なにぶん急いでいたもんで……重ねて申し訳ない」


「い、いえ。大丈夫です」


 なんて返したものの、オレはわかりやすく動揺していた。目の前に立つ男が、本当に突然、瞬間的に現れたように感じたからだ。


 訓練前で多少気を抜いていたとはいえ、常に周囲の警戒は怠っていない。これはもう癖みたいなものだ。だから、人が近付いてきたらすぐにわかる。


 つまり、オレが誰かの接近を見過ごすことがあるとすれば、それは「オレの警戒可能な範囲の外から一瞬で距離を詰めてきた」ということになる。


 ……ん?


 そこで、オレは底知れなさを感じていた男に既視感を覚えた。どこかで見たことがある。でも城内で会ったことがあるわけじゃない。王城に来るよりもずっと前に──


「思い出してくれたっスか?」


 オレの心を読んだと言わんばかりのタイミングで、男はそう言った。


 ──そうだ。忘れるわけがない。この人は父さんの葬式で、泣きながら謝っていたあの人だ。


「自分は、ベルと言います。お久しぶりです。ロロさん」


 地面に片膝を突き、首を垂れながら、男は名乗った。



「…………」


 心がざわついて思考がまとまらない。色々と思うところはあるが、この人は他ならぬ母さんが三年前に許している。だから、今更オレが言うべきことなど何もない。


 でも、そうなると、どう接すれば良いのかがわからない。


 そんなオレの困惑を察したのか、ベルさんはゆっくりと、柔らかな声で話し始めた。


「まずは……自分のせいで、自分が弱かったせいで、ロイド前騎士団長を死なせてしまったことを謝らせてください。本当に、申し訳ありませんでした」


 一拍置いて、ベルさんは続ける。


「許してもらおうなんて思っていません。自分は、あの日リリナさんに言われた通り、死ぬまで騎士として王国に尽くし、民の安寧を守ることを誓います」


 どこまでも真摯で、誠実な態度だった。ベルさんの言葉には嘘偽りが欠片もないと、断言できた。


 だって。


「聖騎士に、なってたんですね」


「……はい。自分にはまだ不相応な地位だと思っています」


 三年前の時点では彼は新米騎士──つまりは下級騎士だったハズだ。そこから王国の精鋭中の精鋭に選ばれるまでになったのだ。余程の才能でもない限り、並大抵の覚悟と努力ではそこまでの高みには至れない。


「ひとつ、訊いてもいいですか?」


「もちろんです」


「ベルさんの、才能の等級は何ですか?」


「……いえ、残念ながら、自分に剣士の才能はありませんでした」


 この瞬間、彼にかける言葉が決まった。


「顔を上げてください。そして良ければ、オレに、父さんの話を聞かせてください」


「もちろんです……!」


 オレは、血反吐の出るような努力を積み重ねてきたであろう誇り高い騎士に、最大限の敬意を払うことにした。


──── 


「ロイド前騎士団長は、おっちょこちょいな方でした」


 そう語り出したベルさんの話は、どれもこれも初めて聞く話だった。オレは、自分がいかに父親のことを知らなかったのかを──知ろうとしていなかったのかを思い知らされた。


「一番ビックリさせられたのは、アリアンナの森に大量発生した魔物の掃滅に行った時っスね」


「何があったんですか?」


「森に着くなり、ロイド前騎士団長が『お』と声を発したんスよ。何事かなって思うじゃないですか。そしたらあの人、間違えて訓練用の木剣を持って来てたんスよ!」


「えぇ……」


 何やってんだよ父さん……。


「でも更にビックリなのは、その木剣で誰よりも魔物を討伐していたことっスね。剣速が凄すぎて一滴も血が付いてなかったのは、今でもハッキリと覚えてます」


「そ、そんなに強かったんだ」


「そりゃあもう! 多分、ロイド前騎士団長が望めば、聖騎士に昇格することだってできたと思いますよ」


 父さんって、結構凄い人だったんだな。


「じゃあ、なんで聖騎士にならなかったんですか?」


「あー、それは多分、あの方が自他共に認める愛妻家の親バカだったからっスね」


「愛妻家の、親バカ?」


「はい」


 ベルさんが言うには、聖騎士の主な役目は貴族のようなお偉いさんの護衛らしい。様々な観点からぞろぞろと数を引き連れるわけにはいかない貴族の護衛には、単騎で絶大な実力を発揮できる聖騎士が最適なわけだ。


 そしてそんな貴族の護衛には、基本的に最短でも数カ月はかかるのだそうだ。


 よって、家族と離れ離れになるのを嫌がった父さんは、敢えて騎士団長という地位に拘っていたらしい。


「ロイド前騎士団長の愛妻エピソードと親バカエピソードは、一日じゃ語り尽くせないほどあるっスよ?」


 そこから先は、思い出すだけで顔が赤くなるような話ばかりだった。


 一つだけ言えることがあるとすれば、母さんもオレも、とんでもなく愛されていたということだ。



 十分すぎるほどに話した後に体力・筋力増強の訓練を終えて、オレとベルさんは打ち合い稽古をすることになった。


 互いに十分な距離を取って構える。


「いつでも大丈夫っスよ」


 ベルさんは完全にリラックスしていて、どこからでも打ち込めそうだった。


「わかりました」


 だがオレは油断せず、慎重に隙を伺った。今も隙だらけではあるが、狙うなら、その中でも一番気の緩んだタイミングが良い。


 睨み合って数秒が経った頃。


 今だ。


 一瞬にして身体強化を終え、全速力で一歩踏み込んだ直後。


「え?」


 オレが握り締めていたハズの木剣は、宙を舞っていた。


 あれ、どうしてベルさんが目の前に?


 瞬間、全身を寒気が襲う。


 ──何があっても急所だけは守れ。


 父さんのアドバイスが走馬灯みたいに脳裏をよぎる。それにオレがベルさんなら、一撃で相手を沈めるために急所を狙うハズだと直感が働いたのもある。


 故に、反射で首筋に魔力を集められた。


 でも。


「うぐっ……!」


 衝撃は、腹部からやってきた。


 遅れて、オレは蹴り上げられたのだと理解した。体がぶわりと宙に浮く。


 嘘だろ………!?


 完全に想定外の攻撃だ。身体強化を保つことすら困難で、朝ごはんが口から出そうになるのをこらえるだけで精一杯だった。


「しっ!」


 今度こそ隙だらけになった首筋に一撃が入り、オレは気を失った。


 文句のつけようもなく完敗だった。オレはなす術もなく、ベルさんに瞬殺された。



「いやぁ、思ってたよりも強かったっスね!」


 目が覚めたオレに向かって、ベルさんはへにゃりと笑いながらそう言った。


「お世辞は要らないですよ」


「お世辞じゃないっスよ! 本心です! そうっスね、まず感心したのは、ロロさんの慎重なところでした」


 慎重なところ?


「どこでそう思ったんですか」


 ただのおべっかだったら怒るからな?


「最初に自分が急に現れた時──あれはわざとだったんスけど、ロロさんは自分を見て一瞬だけ気を緩めて、すぐに最大限に警戒しましたよね?」


「……はい」


「あの反応でロロさんが普段から周囲を警戒していることが伺えたし、人を外見だけで判断しない慎重な方だってのが読み取れました」


「あの一瞬で……」


 そこまでバレていたのか。

 ん? というかワザとだったのか! この人、意外に人が悪い。


 いやでも、護衛が主な役目ってことは、少ない機会から敵の情報を可能な限り集める必要があるわけだし、癖みたいなものなのかもしれない。


「あとはほら、自分に剣を弾かれたあと、ロロさんは咄嗟に首筋の防御を固めましたよね?」


「えぇ、まあ」


「ハッキリ言って、ロロさんは自分の動きを目で追えてすらいなかった。となれば、首筋を守れたのは自分の攻撃を先読みしたか、あるいは急所を守るべきだと瞬時に判断できたからっス。並の剣士にできる芸当じゃありませんよ」


 なるほど。どうやら適当ぶっこいているわけではないらしい。ここはありがたく、勝者からの褒め言葉を素直に受け取っておこう。


 でも。それでも。


「ベルさんの攻撃は防げませんでした」


「あはは、それはちょっとした戦いのコツっスよ」


「コツ?」


「はい。同格か格上の敵と戦うときは、多少無理をしてでも、相手が『有り得ない』と思う手札を切るのが大事なんです。そうすれば確実に意表を突けるし、より着実に敵を追い詰められるんス。護衛なんてのは、慎重すぎるくらいで丁度良いっスからね」


 説得力のあるアドバイスだ。いつか役立つかもしれない。


「……有り得ないと思う手札、か」


「そっス。ちなみに、これはロイド前騎士団長の教えですよ」


 へにゃりと笑うベルさんを見て、オレは少し嬉しくなっている自分に気が付いた。


 どうやらオレは、ようやく父さんを好きになれたらしい。



「それにしてもベルさんで下級なんて、聖騎士団ってのは末恐ろしい集団ですね」


「そうなんスよ! 特に上級の聖騎士たちは次元が違うっス」


 ベルさんが語るには、聖魔術師と同様に、聖騎士も百人いるらしい。その中でも最強の十人だけが上級聖魔術師、あるいは上級聖騎士を名乗れるのだとか。


 十万の中の十人と、三十万の中の十人だ。ベルさんですら手も足も出ないと言っていた。ちょっとは謙遜も入っていたとは思うが、どちらにしろ今のオレからすれば誇張無しに雲の上の存在だろう。


 そんなバケモノ染みた実力を誇る彼・彼女らは畏敬の念を込めて、剣士であれば『宝剣』、魔術師であれば『宝杖』と呼ばれているのだそうだ。中々にカッコいい。


 この二十人には貴族と同等以上の権限が与えられており、有事の際を除けば、王様を最優先とする王都全体の守護を命ぜられているらしい。


『キサマにはひたすらに強くなってもらう。目指すは王国最強だ。わかったな?』


 と言ったユークリウスさんにオレは何と返していたっけか。ああ、そうだ。


『……はい、わかりました』


 だ。バカ野郎が。なんてことを安請け合いしてしまったんだ。


「ま、上には上がいるってことっスね。でも、ロロさんならきっとなれますよ」


 肩を落とすオレに向かって、ベルさんは当然のことのように言い切ってみせた。


「なれますかね?」


「もちろんっスよ! 何の才能も無い自分ですらここまで来れたんスから。ロロさんなら、絶対になれます。王国最強に。それから──最高の料理人にだって」


「……ありがとうございます」


 予想だにしていなかった言葉に、ちょびっと涙が滲んだ。最近は涙もろくていけない。


 でも、ベルさんの暖かい言葉は、乾いた土に降り注いだ雨の如く、オレの心に沁み込んだ。


 できるできないはさておき、とりあえずは一生懸命頑張ってみよう。


 素直にそう思えた。



 結局、ベルさんとまともに戦えるようになったのは三カ月後のことだった。魔法抜きのベルさんと、だ。呆れるほどに、長い道のりだった。


 こうして、鑑定式の日から十五歳になるまでの二年はあっという間に過ぎた。


 十五歳になった時点で、ニコは四肢の欠損すら治せるようになっていた。シュルトに至っては『宝杖』と肩を並べるまでに成長していた。


 そしてオレは──王国最強になっていた。

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