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定食屋を継ぎたかった勇者  作者: 入道雲
12/20

第12話 成長

 翌日。


「はっ、はっ」


 オレは小走りで城の一階にある談話室に向かっていた。そう、ニコとシュルトに会って、話をするためにだ。足が向かなくて数カ月参加していなかった親睦会に、今は小走りで向かっている。


 理由は単純にして明快だ。最早言うまでもない。


「着いたっ!」


 と同時に勢いよく扉を開く。

 先に中で話していた二人がギョッとした表情でこちらを見た。そんな彼らの表情など意に介さず、オレはシュルトに狙いを定める。


 そして、


「シュ、ル、トー!」


 椅子に座るシュルトに抱き着いた。背もたれごと巻き込む形で、飛びつくように抱き着いた。


「うぐっ」


「えっ」


 タックルに近い抱擁を受けたシュルトが苦しそうに息を漏らし、ニコが真ん丸になった目を更に丸くさせた。


「ありがとなー! お前のおかげでオレは前に進めた! 本当にありがとなー」


「や、やめろ! なんのつもりだ気持ち悪い!」


「おいおい、つれないこと言うなってー。お前はオレの人生の恩人なんだぜ?」


「ええい! よくわからんが、とにかく一旦離れろ!」


「いーや、あと五分は離さないね」


 シュルトは全力で嫌がっているが、オレが割と本気で身体強化をしているために抜け出せないでいる。ふはは、修行が足りんぞシュルト。


 悪いが、今日はオレの気が済むまでこの溢れんばかりの感謝を全身で受け止めてもらう……


「ふふっ。ロロくん、それはさすがに気持ち悪いよ」


 ぞ?


「えっ」


「えっ?」


「えっ!?」


 思わず固まるオレに、「嘘だろ?」とでも言いたげな表情のシュルト。それから、そんなオレたちの反応が予想外だと言わんばかりの様子のニコ。


 彼女はすぐに自分の発言が何かマズかったようだと悟ったのだろう。みるみるうちに顔色が真っ青に変わっていった。


 おお、血の気が引くとはまさにこのことか。


 などと寝ぼけた感想を抱いた直後、


「ちちち、違うの! 今のはそういう意味じゃなくて! いやそういう意味なんだけど、あぁごめんなさい、えっと、どこから説明したらいいと思う?」


 ニコは大慌てでまくし立てた。てんやわんやだった。


「わかった、わかったから落ち着けニコ。ちゃんと聞いてやるから。……おい、離れろロロ」


「お、おお。そうだな」


 尋常でない様子にすっかり冷静さを取り戻してしまったオレは、素直にシュルトを解放した。


 そのあとシュルトが聞き出してくれた内容を要約すると、ニコの生まれ育った村は人口が少ないためにみんなが家族のような間柄で、それ故に思ったことは包み隠さず口に出すのが当たり前だったらしい。


 ほほう、ということはやはり、本心から気持ち悪いと思われていたわけか。

 ……普通に傷ついたかも。それはさておき。


 なるほど、という納得の気持ちが半分。いやでも、あんな笑顔で人をグサリと刺せるのは生まれつきのアレでは? という疑いの気持ちが半分だった。


 確認したわけではないが、何とも言えない絶妙な表情で話を聞いていたシュルトを見る限り、あいつも同じことを思っていそうだった。


「ごめんね? これからは言葉を選ぶね?」


 顔を伏せて謝るニコに、


「いや! 無理はするな、ニコはそのままでいい」


 シュルトが慌ててフォローを入れる。


「そ、そうかな?」


「あ、あぁ。そうだとも」


 ……ふぅん。へぇ。あっ、そう。


 中々どうして甘酸っぱい雰囲気じゃないか。アイラ姉ちゃんにベタ惚れのユニ兄ちゃんを間近で見ていたオレにはわかる。これは、間違いなくアレだ。


「おい、何をニヤニヤとしている」


「なんでもないよ」


「まあいい……そんなことよりだな」


「なんだよ」


 あからさまに話題を変えたな。己の不利を悟ったのだろう。賢い奴だ。


 と思っていたが、シュルトの顔は真剣そのものだった。本当に何か話したいことがあったのかもしれない。ひとまず姿勢を正す。


「昨日はお前が猛ダッシュで行ってしまったから言えなかったが、ボクはお前にも怒っていることがあるのだ」


 シュルトが理不尽に怒ることはない。何かちゃんとした理由があるハズだ。ここは、素直に話を聞くべきだろう。


「というと?」


「ロロ、お前は騎士たちに嫌われている。そうだな?」


「うん。そうだね」


 あまりにもドストレートな物言いにニコがまたもや目を丸くしている。でも、これは紛れもない事実だ。


「何故かわかるか?」


「オレが、鑑定式で暴れたから?」


 半年近く付き合ってみてわかったが、騎士という生き物は総じてプライドが高く、仲間意識が異常に強い。であれば、鑑定式において大衆の面前で仲間を一方的に転がしたオレを嫌っていてもおかしくはない。


 しかし、シュルトは首を横に振った。


「いいや違う。それもあるのかもしれんが、少なくともボクの耳にその件でお前を恨んでいるという話は届いていない」


 違うのか。じゃあ……。


「オレに、才能があるから?」


「よくもまあそんなことが臆面もなく言えるものだ、と言いたいところではあるが、実際それもあるだろう。嫉妬心というのは誰にでもある。だが、それも大した問題ではない」


「なら、一体何が原因だって言うんだよ」


 他に思い当たる節なんてない。だって、オレは騎士たちに嫌われるほど関わったつもりすらないのだ。


「やはりな。本当に無意識だったのか」


 呆れたものだ、とでも言いたげな顔で溜息を吐く。


「なんだよ、スパッと言ってくれよ」


「フン。お望み通り言ってやろう」


 いいか? と前置きして、シュルトは言った。


「お前、これまでに顔を合わせた騎士たちの名前を一人でも憶えているか?」


 名前? そんなの……


「あ」


 ひとりも、わからない。


 記憶に残っている・いないどころの話ではない。そもそも、尋ねた記憶がない。


 最初に会った騎士団長補佐の名前はもちろん、剣術の訓練で相手をしてもらった下級騎士四名、中級騎士四名、上級騎士四名。ついでに上級魔術師二名。合計十五名。その全員の名前を、オレは知らない。


「ようやく気が付いたか。だが、それだけじゃない」


 追い打ちをかけるように、シュルトは続けた。


「訓練を始める前と終えた後、ちゃんと礼を言っていたか?」


「…………」


 冷や汗が出た。


 ペトラさんたちには当然、毎回言っていた。なのに、騎士たちには一度たりとも言ったことがない。  

 いつも訓練の始めと終わりに一言二言添えて会釈だけをして、あとはそそくさと訓練場を去っていた。もちろん、まともに会話したこともない。


 こうして面と向かって指摘されるまで、まったく気付かなかった。いくら嫌っているとはいえ、あまりにも失礼ではないか。


 思い返してみれば、オレの振舞いは嫌われて当然でしかなかった。


「お前は、隠し事には向いていないようだな」


 茶化すように言うシュルトに、オレは軽口を返すことなどできなかった。


「ど、どうすればいい?」


「おい、お前は悪いことをしたら何をすればいいのか、両親から教えてもらわなかったのか?」


 言われて我に返る。落ち着け、聞くまでもないことだ。


 ──誠心誠意謝罪する。当たり前のことじゃないか。


「……行ってくる」


「あぁ、行ってこい」


 オレは談話室を飛び出して、騎士団長補佐を探した。



 騎士団長補佐──ユークリウスさんは、偶然にもすぐに見つかった。


 オレが近付くなり「何の用だ」と眉を顰めた彼は、騎士たちにこれまでの非礼を詫びたいという旨を伝えると、更に眉を顰めた。


 何を今更、と拒絶されるのではないかと怯えたが、


「そうか、わかった。一日待て。集めるのにも時間が要る」


 ユークリウスさんはあっさりと承諾してくれた。


「フン、少しは成長したようだな」


 去り際にそう言って。その一言を聞いた瞬間、オレはペトラさんの言葉を思い出した。


『おばちゃんたちが料理人である前に一人の人間であるように、騎士様たちも騎士である前に一人の人間なんだってことは、頭の片隅で憶えておいてくれるかい?』


 次に、母さんの言葉を思い出した。


『誰にでも等しく、お腹いっぱいの美味い飯を』


 騎士たちを「母さんを悲しませた人たち」と一括りにして見ていた。王都食堂において最も大切な「誰にでも等しく」の精神を忘れていた。


 このままではいけない。


 ハッキリと、自覚できた瞬間だった。



 更に翌日。


 訓練場には騎士団長補佐を含めた十三名の騎士と、二名の上級魔術師が集まっていた。彼らは全員、オレの剣術の訓練に付き合ってくれた人たちだ。


 そして、彼らは「彼ら」ではなく、一人一人に名前があった。


 下級騎士のレントさん、パーグさん、カズトラさん、フリーデルさん。


 中級騎士のマッツェルさん、オルトさん、ベナさん、グレイズさん。


 上級騎士のノーマスさん、ヘイルさん、レニドッツさん、グンダさん。


 最後に、上級魔術師のベイローズさんとハロホロさん。


 二度と忘れることのないよう、全員の名前を心に刻んだ。もちろん、それだけでは終わらない。


「これまで失礼な態度を取ってしまってすみませんでした! 許してほしいとは言いません。ですが、謝罪だけでも受け取ってもらえないでしょうか」


 腰を九十度曲げて、できる限りの誠意を込めて謝った。数秒が経って、恐る恐る頭を上げる。


 心臓がバクバクとうるさい。自分の評判の悪さは知っていた。だから、ここ最近は身体強化の訓練をサボっていた。耳を澄ませば、自分の陰口が耳に入ってくるかもしれなくて怖かったから。


 謝るのが遅すぎたかもしれない。何でシュルトに言われるまで気が付かなかったのだろう。そんな不安と後悔が心の内を占めかけた、その時だった。


「我ら一同! ロロ殿と共に戦える日を心待ちにしております!」


 心臓の打ち震えるような、気合のこもった声だった。


 総勢十五名による、一糸乱れぬ美しい敬礼だ。胸がジンと熱くなり、視界が徐々にぼやけていく。


「ありがとう、ございます……っ!」


 途切れ途切れに、どうにかお礼を言えた。


 まったく、騎士というのは、とことん身内に甘い組織だ。


「明日からは聖騎士団の下級騎士がキサマの訓練をつけてくれることになっている。覚悟して訓練に臨め」


「はい!」


「……フン。良い返事だ」


 なんだよ、良い人じゃないか。ユークリウスさん。


 この日を境に、オレの孤立は完全に解消された。


 オレは、剣術の訓練にも真面目に取り組むようになった。


 辛い日々は、終わりを迎えたのだ。

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