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定食屋を継ぎたかった勇者  作者: 入道雲
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第1話 叶えたかった夢

 物心ついたときから、叶えたい夢があった。


 それは、母さんの店を継ぐこと。


 その名も王都食堂。何のひねりも個性も無い名前だけど、王都に住む百人に聞けば、百人が母さんの営む食堂を頭に浮かべる。


 最大で三十二人も入れる広い店内で働くのは、母さんと、ホールを担当する看板娘のアイラ姉ちゃん、あとは調理を手伝うユニ兄ちゃんの三名だけ。

 それでも、絶えず店を訪れるお客さんが頼んだ料理を待つことはほとんどないし、運ばれてきた料理の味に不満を抱くことも絶対にない。


 ──誰にでも等しく、お腹いっぱいの美味い飯を。


 これが、王都食堂。大好きな大好きな、母さんの城。

 その城で三人と一緒に働き、ゆくゆくは店の看板を継ぐのが、小さい頃からの夢だった。



 母さんは最強だ。

 腕っぷしが強いって意味じゃない。まあ、日頃から鉄の鍋を振り回しているだけあってそれなりに力はある方だと思うけど、別段強いわけではない。

 でも、最強なのだ。


 王城に務めるプライドの高い騎士も、ギルドで活躍する人気の冒険者も、みんな母さんの料理を求めてウチにやってくる。


 あいつらはどうしようもなく仲が悪いから、顔を合わせる度に唾を吐きあって喧嘩する。毎度毎度、懲りずに罵り合う。でも、母さんが「これ以上騒ぐなら飯は出さないよ」と一喝すればピタリと喧嘩を止める。ピタリとだぜ? 凄いだろ?


 その姿が誇らしくて仕方なかった。腕力じゃどうにもならない男二人を、そこいらの大人が束になっても倒せない百人力の大男二人を、武器も持たず、防具も着けず、たったの一言で黙らせる。これが最強じゃなければ、一体何だというのだろうか。


 店の隅っこでそんな背中を見続けてきたオレが店を継ぎたいと思うようになるのは、ごく自然な流れだと思う。


 もちろん、そのための努力は欠かさなかった。

 包丁を持つことを許された八歳の誕生日を過ぎてからは、毎日食堂の仕込みを手伝わせてもらった。とは言っても、非力で不慣れな子どもにできることは少なくて、最初は食材を指定された大きさに切ることくらいしか任せてもらえなかった。


 仕込みの手伝いは十三歳になるまでの五年間続いたけど、結局その間にやらせてもらえたのは、食堂の本来の仕事のほんの一部だけだった。特に火を扱う調理なんかは一、二度しか経験したことがないくらいだ。


 でも、母さんはオレの手際を褒めてくれた。重たい鍋や食材を運び続けて節々がゴツゴツになっていて、それでいて繊細な包丁さばきを可能にする柔らかな手で。何度も何度も、頭を撫でてくれた。「さすがは母ちゃんの子だ」と、褒めてくれた。


 その度に決意を新たにした。そして毎日のように、決意を口にした。アイラ姉ちゃんとユニ兄ちゃんも、心の底から応援してくれた。二人は本当の姉弟ではないけど、オレにとっては世界に二人だけの姉と兄だ。


 長々と語ってしまったけど、要するに。


 オレは、母さんのことが大好きなのだ。



 言うまでもなく、オレには父さんもいる。正確には「いた」だけど。


 父さんとの思い出はそれほど多くない。

 あの人は王城で騎士として忙しく働いていたらしく、家にはあまり帰ってこなかったからだ。


 たまに帰ってきてはざりざりとした髭だらけの顔を無言でオレの頬に執拗にこすりつけ、視界がぐらぐらするまで頭を撫でまわしてくる人だった。因みに、止めてくれという懇願が聞き入れられたことは一度もなかった。


 それだけじゃない。何よりも嫌だったのは、食堂の手伝いとほぼ同時期に始まった父さんとの”チャンバラごっこ”だ。


 家の中庭に落ちている手ごろなサイズの木の枝を二本拾い、その内の一本をオレに手渡して父さんは「構えろ」と言う。


 構えろと言われても剣の構え方なんて習ったことがないし、教わったこともない。だからいつも、適当に見よう見まねでそれっぽくやっていた。特に教える気もないのか、オレが構えたのを確認した父さんは黙って一度頷いて、決して遅くはないスピードで斬りかかってくる。


 当然手加減はしてくれるから、特別大変なわけではない。とは言え、会話も無くカンカンと木の枝を打ち合っても何が楽しいのかさっぱりわからないし、そもそもの目的もよくわからない。ハッキリ言ってしまうと、つまらなかった。


 そんなわけでその様子を傍で見守っている母さんに「助けて」と視線を送るのだけど、母さんは決まって苦笑いをして首を振り、「付き合ってあげて」と口パクをする。大好きな母さんにそう頼まれては従わざるを得ないので、嫌々ながら無言のコミュニケーションを続ける。


 唯一救いだったのは、一、二時間もすると父さんは満足すること。もしかするとオレが飽きて疲れ始めたのを察していただけなのかもしれない。本当のところは今となってはわからない。チャンバラごっこが終わったあとは、毎回真正面からオレを見据えて「お前は強い、精進しろ」と言い頭を撫でくりまわしてくる。


 褒められて悪い気はしないのだが、一頻り頭を撫で終わったのち、父さんはオレを膝の上に乗せて戦いのコツみたいなのをポツポツと呟くのだ。数十分もかけて。普段はあんなに口数が少ないのに。


 まるで「将来はお前も騎士になるのだ」と言われているようで、心底嫌だった。オレは何が何でも食堂を継ぎたいから、剣の道に入る気はこれっぽっちも無かった。


 そう言うと父さんは少し難しそうな顔をして、「そうか。だが忘れるな。お前は強い」と言って一度だけ優しく頭を撫でるのだ。諦めきれないとでも言うように。


 チャンバラごっこは二年間──つまり十歳になるまで続いた。その二年で、オレは剣というものがすっかり嫌いになった。


 あれだけオレを剣の道に引きずり込もうとしていた父とのチャンバラごっこが何故二年で終わったのか。その理由は単純だ。


 いい加減チャンバラごっこはやりたくないとキッパリ断ろうと腹を括ったタイミングで、父さんが死んだのだ。何の前触れも、一つの予兆もなかった。本当に、突然の出来事だった。



 葬式には、驚くほど沢山の人が集まっていた。


 大勢に見送られながら土に埋もれていく父さんを前にして、母さんは人目もはばからずに泣いた。いつも明るくて気丈な母さんが人前で涙を流したのは、記憶の中では、後にも先にもこの時だけだった。


 泣き崩れる母さんがアイラ姉ちゃんとユニ兄ちゃんに慰められる様を呆然と眺めることしかできなかったオレは、そこで父さんが若い新米の騎士を庇って死んだことを知った。


 ユニ兄ちゃんと同じくらい若い、目を真っ赤に腫らした男が、頭を下げてきたのだ。自分のせいでロイド騎士団長が──父さんが死んだのだと。


 額を土につけて謝る男に母さんは怒るでも責めるでもなく、ただ一言。


「絶対に、騎士を辞めるんじゃないよ」


 と優しく声をかけた。若い男は、涙を拭いながら何度も何度も頷いていた。


 父さんが死んで悲しかったけど、それ以上に、あんなに辛そうな母さんを見る方がもっともっと悲しかった。


 だからオレは、その原因を作った騎士が大嫌いになった。


 その日から十三歳になるまでの三年間、一度たりとも木の棒を振るうことは無かった。食堂を継ぐという夢を叶えるべく、ひたすらに包丁を握り続けた。


 そして遂に、あの日が訪れた。


 オレの運命を大きく変えた、“鑑定式”の日が。

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