第7話 カオス~この世界の神とは・・・
「それでは、こちらで少々お待ちくださいませ……っ!」
作業を終えたエメたちメイドは、そう告げると、まるで逃げるかのようにそそくさと、その部屋を後にした。
……で、一人ぽつんと取り残されてしまった音々子。
――『これって……やっぱり……転生とかっていうものなのかしら?』
鏡に映った、妖精のようなドレス姿の自分を一頻り堪能した音々子は、改めて自らが置かれている状況について考えていた……。
確かにこの姿であれば『お嬢さん』なって呼ばれたことにも納得がいく。
――だとすると、やっぱりあの資料倉庫の地震で死んでしまって、この世界に生まれ変わったってことなのだろうか?
「あーあ、死ぬってことが分かっていたら……」
「・・・・・・う~ん?」
分かっていたら……何だというのだ。音々子は首を捻る。
……やり残したことはないのか?
……思い残したことはないのか?
果たして、元の世界に自分は未練何てものがあったのだろうか?……と。
「あつ! 玄関に資源ごみが置きっぱなしだ。それに、洗濯物も畳まないまま置いてきちゃった……」
どうでもいい、しょうもない事しか浮かばず、我ながら情けなくて泣けてしまう。
「あっ! でも……一つだけ……」
音々子は、一つだけ胸の奥に引っ掛かっていたことを思い出した。
ナオト社長から頼まれていた、企画案のことである。
――せめて、あの真剣な眼差しにだけは応えておきたかった。
そんな想いを巡らせていると……、ノックの音がして、黒い正装をした一人の老齢の紳士が入ってきた。
彼は、礼儀正しい美しい仕草で片膝をつくと胸に手をあてながら……、
「お初にお目にかかります。私はこのフェルド王国で宰相を任されております、リカルド・フォン・ケルンと申します。このような、ご尊顔に拝する機会を得られましたこと光栄至極にございます……その上、此度はクロム殿下をお救い頂き、誠に有難うございました。全ては私の不手際が招いたる失態……、汗顔の至りでございます」
と、まるで舞台の台詞を聴いているような、いぶし銀の声で言った。
「ぁ……いいえ、その……私は……そんな……別に大したことは……」
あまりにも仰々しい言葉を並べられ、音々子はしどろもどろに答えた。
確かに、自分が王子を救ったことになってはいるが……、転がっていたポーションの瓶をただ彼に届けただけで、特段、大層なことをしたつもりはない。
……なので、こんな風に過分な対応をされてしまうと、申し訳ない気持ちになり、何だか居た堪れない。
と同時に、音々子は何とも言えない違和感を覚えていた……。
今の音々子に対する宰相の言葉遣いもそうだが、実は先ほどのエメたちメイドの態度もすごく気になっていたのだ。
最初は、彼女たちも気さくに話しかけてくれたので、見知らぬ世界に来て不安だった気持ちが和らいだ。
……もしかしたら、このままお友達になれるのかもしれないと感じていた矢先、急に態度がよそよそしくなり、避けるようにいなくなってしまったのだ。
『自分が気付かない内に、何か気に障ることでもしてしまったのだろうか?』……人付き合いが苦手な音々子は、気掛かりだった。
そして、さっきまで、転生した自分の姿に浮かれていたことを反省した。
――『この世界でも、私はやっぱり一人ぼっちなのだろうか……?』
「宰相様、準備が整いました」
後ろからのその声に頷くと、リカルドは音々子に一礼して、左手をドアの方へと広げた。
「それでは御案内いたします」
リカルドの後ろに付いていく音々子、その後を二名の護衛が随行する。
しばらいくと、手入れの行き届いた庭に面した長い渡り廊下へと出た。
両端には、ずらりと若いメイドや従者達が跪き頭を下げて並んでいる。
その傅く人達の緊張感が伝わり、音々子はたどだどしく進んでいった。
――『宰相様ってすごく偉いんだなぁ……』
まさか、その儀礼が自分に対して行われているということも知らずに、彼女は感心しながらリカルドの背中を見つめていた。
ピンと伸びた背筋は、年齢を感じさせない武道の達人のようにも思えた。
……途中、エメたちがいないか探してみたが、皆、顔を伏せているため、分からなかった。
緊迫した通路を抜け、ようやく謁見の間と呼ばれる場所へと辿りつく。
その扉を開けると……、そこには、物語などによく登場する王様の椅子が置かれた豪華な空間が広がっていた。
計算された天窓からの光が、交錯しながら美しく降り注ぎ、より一層、高貴な雰囲気を際立たせている。
立ち入り難い格式高さを感じるが、それよりも音々子にとっての問題は、そこに集まっている人の多さだった。
所狭しと会場を埋め尽くす大勢の人達が、入って来た一行を見つめる‼
当初、王子のお礼の言葉を聞くだけなので、数人しかいないだろうと、思っていた音々子は面を食らった。
「さあどうそ、こちらでございます」
リカルドに導かれるまま、音々子は下を向きながら付いて行った……。
『‼えっ……ここって……』
案内されたその場所に、彼女は戸惑った。
それもその筈、ここは本来、王族が居るべき所……そう、玉座である!
壇上に置かれたその荘厳な椅子の前に、音々子は立たされたのだ。
リカルドは、彼女一人を残し、ささっと壇を降りると前の集団へと合流してしまっていた。
皆の注目を浴び、音々子は思わず目を瞑った。
『これは、きっと何かの間違いよ……』
ごくりと唾をのみ込み……、恐る恐る目を開けて、もう一度、確認するが……、やはり悪夢の状況は変わらない。
――『なんだろう……このカオスな光景は……⁉』
最前列には、助けたクロム王子と、もう一人王族らしい衣装を来た男性。
その横に宰相のリカルドが控え、後方にも臣下と思われる高位な服を着た人達が数十人続く。
そして壁際には、兜を脇腹に抱え甲冑を着た騎士達、その後ろにメイドがずらりと並んでいる。
一言もしゃべらず、ただ一心に壇上に立つ音々子を見つめているのだ!
何が起こっているのか理解できない。
音々子の頭の中は大パニック状態だっだ。
只でさえ、人混みが苦手な彼女が、こんな風に人から注目されているのだ。
尋常ではいられないだろう。
「あっ……あのー、これは一体……?」
静まり返った場内に、彼女の小さな声だけが響いた――…。
それから、尋ねるように小さく右手を上げた。
「「「「「「「「「「 ‼ 」」」」」」」」」」
――この異世界には、人族、小人族、ドワーフ族、獣人族、魚人族など、様々な種族の人達が暮している。
そして、その中でもエルフ族は、彼らにとって特別な存在と言えた。
魔物・魔獣がひしめく死と隣り合わせの危険な世界で生きる人々にとって、自然を司る力を持つとされるエルフ族は、奇跡の種族……そう、神のような存在だったのだ。
その外見的な特徴は、しなやかな肢体に透き通るような白い肌、長く尖った耳、とりわけ銀髪に漆黒の瞳を持つ者は、『ハイエルフ神』と呼ばれ、崇拝の対象とされていた。
まさに、音々子が転生したこの姿こそ、そのハイエルフ神、そのものであったのだ!
……つまり音々子は、この場に神として迎えられていたということだ‼
勿論、彼女は、まさか自分がそんな状況に置かれているとは夢にも思っていない。
エルフ族が住まうとされる場所は、魔物や魔獣がいる深淵の森を抜けなければ辿り着けないような危険な場所にある。
そのため、その姿を見る機会は皆無に等しい。
稀に、高ランク冒険者やハンターなどが遠くにいるエルフの姿を見かけることもあるが、それだけで幸運、人生最大の誉とされているのだ。
そのエルフ神様が、自国の城にやってきたのだ。テンションは爆上がり。
誰もが、この奇跡的に顕現されたお姿をその目に焼き付けようと、つい見入ってしまったのだ……、つい。
それに対し、神が発した言葉、「これは一体?」……。
その言葉を聞き、その場にいる全員が、その身を固くした。
――そう、その時、皆の心に浮かんだもの、それは……、
『やばい! ガン見し過ぎたかも――……』という自責の念であった。
神ともいうべき存在のハイエルフ様を迎えるにあたり、それはあまりに不敬、愚行であったと……。
彼らにはこう聞こえてしまったのだ……、
「これは一体?……なんという失礼な出迎えか」と。
神は、お怒りで小刻みに震えているようにも見えるではないか‼
そして、彼女が右手を上げた瞬間、ハッとして全員が一斉に、崇拝儀礼の姿勢をとったのだった。
『ぅ……‼ なんだか……益々、おかしな状況に……』
音々子は、眩暈で倒れそうになるのを必死に堪えながら、心の中で叫ぶ。
『な、なっ……なんでこんなことにぃぃ…………‼』