第6話 メイドと妖精
クロム王子率いる討伐隊一行が城に到着すると、すぐさま負傷者達への対応が行われた。
「おい、重傷者はこっちへ運ぶんだ!」
「手の空いている者は、あちらを頼む!」
「ポーションが足りん、倉庫から持ってきてくれ!」
……忙しなく大勢の人たちが走り回っている。
音々子は荷台から降り、片隅でじっとその様子を見守っていた。
――自分にも何かお手伝い出来ることはないだろうか? とも考えたが、勝手の分からない異世界では、かえって邪魔になってしまうだろう……。
治癒士と呼ばれる人達が、例のポーションという薬を使い、呪文のようなものを唱えながら手を翳し治療に当たる。そして、その横でメイド達がサポートを行っていた。
しばらくして……、騒然とした現場が少し落ち着いた頃、音々子の元へクロム王子がやってきた。
「放っておいて悪かった、ようこそ我フェルド王国へ。……度々済まぬが、私はまた討伐の報告で行かねばならぬ故、誰か別の者に対応させよう」
そう言うと王子は辺りを見回して、空になったポーションの瓶を運んでいたメイドの一人に声をかけた。
「そこの者、名を何と申す」
「っあ、はい、ぇえ……エメと申します」
「うんそうか、エメ、こちらはネネ殿と言って私の命の恩人だ。私を助けるため汚れてしまい衣服もこの有様だ。身なりを整えてさしあげ、何か代わりのお召し物を頼む」
「かっ……かしこまりました!」
「……では、ネネ殿、後ほど」
彼は、そう言って少し微笑むと、その場を立ち去った。
少し前をいくエメという若いメイドに導かれ、音々子は長い廊下を歩いていた。エメは、ご機嫌で時折、鼻歌がまじる。
そして、廊下の角を曲がり人気の無い所までやってくると、彼女はいきなり振り返って、音々子の両手を強く握りしめて言った。
「ネネさんって言ったわよね! クロム殿下を助けてくれて本当にどうもありがとう!」
涙交じりの潤んだ瞳で音々子を熱く見つめる……。
「それに、この王宮に仕えて3年、初めて殿下からお声をかけて頂いたわ、しかも名前まで呼ばれちゃって……」と、感激しながら頬を赤らめる。
……どうやらあの王子に想いを寄せているらしい。
音々子はそんな若い女の子をみて可愛いらしいなぁ~と思った。
「あなた、さっきの王子様のことが好きなのね?」
それとなく聞いてしまった。
「そっ……そんな、すっ……好きだなんて恐れおおい! わっ……私はただ、殿下のファンで遠くから見守りさせて頂くだけで充分幸せなんです!」
真っ赤な顔で慌てて歩き出すエメ。
真っ直ぐでピュアな恋心を音々子は少し羨ましく思った。
『私にはもう無くなちゃたなぁ〜あんな気持ち』
目を閉じて自分の初恋を思い出す……。
――中学の頃、初めて好きになった人に勇気を振り絞って声をかけた。
「お前みたいな、根暗ブスが俺に話しかけてくるんじゃねよ‼」
と、罵られた。
目の前が真っ暗になり、自分の世界から色が無くなっていくのを感じた。
それ以来、怖くてますます人との関わりが出来なくなり、いつでも気持ちにブレーキをけるようになった。
……辛い思い出しかない。
「さぁ、ネネさん、ここよ!」
エメが案内してくれたのは、美しいドレスが並ぶ衣裳部屋だった。
そこには、彼女のように若いメイドが数人いて、優しく出迎えてくれた。
そして、次々に音々子の方へ駆け寄ると、口々にお礼を述べた……。
「殿下を助けてくれてありがとう!」
「殿下にもしものことがあれば……私……」
「本当にありがとう!」
エメの時と同じく、皆、薄らと涙ぐんでいる。
――どうやらクロム王子は、沢山のメイド達から慕われているようだ。
「そういえばエメ、あなたクロム殿下から名前呼ばれてたでしょ?」
「ええ、ズル〜い! 私はまだ、お声もかけてもらったことないわ」
「エメだけズル〜い」
そう言って、押し合いへし合いしながら戯れあっている。
さながら女子高生のお昼休みといった所だろうか?
……そんな光景を音々子はほのぼのと眺めていた。
そこへ、メイド長らしき年長の女性が入ってきて咳払いをした。
「んっ! クロム殿下がお礼を述べられたいそうなので急ぐように!」
彼女達は肩をすくめて舌を出すと、慌てて動き始めた。
「さあ、ネネさんこっちよ」
エメが音々子の手を引いて大きな鏡の前へと立たせた。
「まずはその汚れてしまった服を脱がなきゃね」
そう言ってフードをめくった。
「―――――――……‼‼」
「キャッ!」「―…‼」「―…‼」「―…‼」「―…‼」
短い悲鳴が上がり、メイド達が驚いて腰を抜かした……なんだか怯えているようにも見える。
メイド長もドアの前で目を大きく見開き、驚いた様子だ。
「……っん? どうしたの……?」
只ならぬ雰囲気に、音々子は鏡で自分の姿を確認した……。
「――……えっ‼‼ こっ、……これが私なの……⁉」
――そう、彼女は、ようやく気が付いたのだ、……自らの変貌に。
そこには、十五・六歳くらいの美しい少女の姿が映っていた。
信じられずに、体を動かしながら確かめてみる……が、同じ動きをする。
サラサラの長い銀髪に、艶やかな白い肌、漆黒の瞳と、先が尖った少し長い耳……、まるで妖精のような形貌――。
――『魔女なんて言わないで……妖精がいいわ』――…
不意に、乃々子社長の言葉が頭を過った。
「……妖…精……」
我に戻ったメイド長が……、
「みっ……皆さん、しっ……失礼のないように!」
そう告げると、大慌てで部屋を飛び出して行った。
「さっ……先程は大変失礼致しました!」
メイド達が一斉に膝まづき、深々と頭をさげた。
さっきまでのフレンドリーで和気藹々とした雰囲気から一変、ピリピリとした緊張感が漂う。
「すっ……すぐに身なりを整えさせて頂きますね」
エメがそう告げると、メイド達は無言のまま手際よく作業を進めるのだった。
「――…あの〜」
音々子は話かけようとしたが、彼女達の必死な形相に言葉を呑み込んだ。
……重苦しい空気が流れる中、汚れた体を拭いてもらい着替えを終えた。
シルクのような手触りで美しいデザインの淡い翠のドレス。
勿論、音々子にとっては初めての経験……、女の子なら誰もが一度は憧れるプリンセスのようなドレス姿。
その鏡に映った妖精のような自分の姿を音々子は、しばらく、うっとりと見つめていた……。