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エルフの壺  作者: 北風
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第1話  現 世~お局さん

 社長室に連なる応接室を掃除していた音々子(ねねこ)はふと手を止めた……。

 そして、壁に飾られてある肖像画をじっと見つめる。

 ……少し二日酔いで頭が痛い。

 昨日、自宅アパートで一人寂しく……二〇代最後の誕生日を迎えた。

 自分用に買ってきたケーキを食べ、普段はあまり飲まないお酒を飲んだ。

 音々子は、ふーっと大きく息を吐き、両手でパンと頬を叩くと肖像画に向かって手を合わせる。

 そこに描かれた女性は、凛とした表情で自信に満ち溢れ、彼女を優しく見守っているようだった。


 ――そう、それは音々子が勤めるこの会社『エルティア』を作ったカリスマ女性社長、鈴木乃々子(ののこ)の絵だ。

 シングルマザーだった彼女だが、三〇歳のときに会社を立ち上げると、その独特な感性とオーラのような力で、どんどん業績を伸ばしていった。

 業界では美容(・・)()魔女(・・)などと恐れられ、マスコミにもしばしば取り上げられていた。

「魔女なんて言わないで、私は世の女性が輝けるようお手伝いしたいだけ……だから妖精がいいわ」が、彼女の口癖だった。


 ――そんな彼女も、7年前に事故で亡くなり、今は大学を中退して社長になった息子さんが後を継いでいる。


「よしっ!」

 気合を入れると音々子は気を取り直して作業を再開した。

 入社以来、どの社員よりも早く出社して、仕事前に掃除をしたり乱れた机の上を片付けたりするのが彼女の日課だった。

 しばらくして通常の出勤時間が近づき、社員達がちらほら入って来た。

 そして、その中の若い男性社員の一人が音々子を見つけると……、

おっ()ツボ(・・)()さん(・・)、おはようコーヒー頼める?」と、声をかけてきた。

 後から入ってきた若い女性社員達が「ふっ、お局(・・)さん(・・)だって」と、クスクス笑いながら入ってくる。

 音々子は気にすることもなくコーヒーの準備を始めた。


 ――そう、音々子の苗字は壺、『(つぼ) 音々子(ねねこ)』である。

 昔から、引っ込み思案(じあん)で内気な性格だったため、馬鹿にされたり陰口を言われたりするのには慣れていた。

 近眼の眼鏡をし、見た目も地味で自分に自信がないためか猫背で歩くため、いつも年齢より一〇歳以上老けて見られていたのだ。

 そんな彼女を同僚たちは悪意と嘲笑を含む言い方で、『ツボ姉さん』と、呼んでいるのだ。


 そもそも、音々子は、こんなおしゃれでマスコミにも取り上げられるような華やかな会社で働こうなんて1ミリも考えていなかった。

 音々子が就職活動していた年は、不景気でどこも厳しいものだった。

 ほとんどが書類選考で落とされて、運よく面接まで辿りつけたとしても、自己アピールできない彼女は、どこにも内定をもらえずにいた。

そんな時、当時、同じクラスだった意地悪な友人(?)たちが、笑いのネタにしようとして、ノリで強引に誘い、一緒に応募させられたのだ。

 今をときめく話題のカリスマ女性社長、憧れの会社というだけあって、相当な倍率の狭き門と言われた。

 ところが何故か、その友人達は皆不合格、音々子だけが採用されたのだ。

「何であんたみたいなのが受かるのよ!」

「ズルしてコネでも使ったんじゃないの!」

「ふざけるんじゃねーよ、何かの間違いだろ!」

などなど……、卒業するまで罵声(ばせい)と嫌がらせを受けた。

 音々子は今でも、なぜ自分だけが採用されたのか不思議でならなかった。

しかし、奇跡でもマグレでも何でもいい、せっかく拾ってもらった会社なのだと、誰よりも一生懸命、とにかく必死に働いた。

「朝早くからありがとね」

 乃々子社長が生きていた頃は、彼女も早く出社しており、よく声をかけてもらったものだ。

 その一言が嬉しくて、こんな自分でも何かの役に立っているのだと実感できた。

だから……、彼女が亡くなったと知らされた時は、ぽっかりと胸に穴が空いてしまったようで、本当にショックで辛かった。

 今ではもう……、あんな風にして音々子を(ねぎら)い、優しい言葉をかけてくれる者は誰もいない。


 ……年齢のせいだろうか? 時々、虚しくなり寂しい気持ちになることが増えていた。


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