彼女は有名人
王国の貴族子息子女が、必ず通わなければならない王立学院。その食堂テラス席にて。
ピンクにみえないこともない、赤髪の少女が、銀髪の少女に詰め寄っていた。
テラス席の椅子に座る、銀髪少女の後ろに控えた執事らしき男性は、今の所静観の構えのようだ。
え? なぜ、王太子の婚約者じゃないのかって?
……王太子って第一? 第二? まぁ、どちらでもいいけど、どっちもイヤだわ。私、王子と婚約なんてしたことないけれど?
「エルシー様」
ちょっとごめんなさい。なに、ウィル? え、そうだったかしら……ああ、あの話なのね、わかったわ。
ごめんなさい、訂正するわ。婚約しましょう、を前提としたお見合いはあったそうよ。
え? なぜ他人事みたいに言うのか、って?
知らないからよ。
これから話すことは、あとから周りのみんなに聞いて知ったことだから、私の記憶にはないわ。
私、そのお見合いで倒れて、一ヶ月近く寝込んだせいで、あの日のことをなにも覚えてないの。
「どーりで悪役令嬢っぽくないと思ったら……」
悪役令嬢? ……まぁ、いいわ。
あの日。
私と王子達のお見合いのために、私は朝から準備に忙しくてね。六歳の子供だったから、じっとしてるのが苦痛で髪をいじられるのも重いドレスを着るのも、本当に大変で。
体調が良くなかったこともあって、不機嫌だったみたい。
王宮に連れて行かれて、そのままお見合いになったのだけど、挨拶だけしたらあとは子供達だけ(周りに護衛はいたわよ、もちろん)でって、三人にされた途端、第一王子に髪をつかまれたの。
髪飾りを取り上げるつもりだったらしいけど、力任せに引っ張られて、悲鳴をあげたけど離してもらえなかったわ。
髪飾りと一緒に髪もむしり取られた。第一王子が隠し持っていたナイフで私の髪を切ろうとした辺りで、第二王子が慌てて止めに入ってね。大人達が気づいて騒ぎになったの。
護衛? 遠くにいたらしいわ。要人は大人達だもの。
第二王子のおかげで逃げることはできたけど、髪はぐしゃぐしゃで頭から血は出ていたし、涙は止まらないしで、立っているのがやっとだったわ。
両親が怒って帰ろうとしたのを、国王陛下が止めようとして揉めていた、その隣に王子達が戻されたのを見た私は、声にならない悲鳴を上げたらしいわ。
ふたりから離れるためにバルコニーに逃げたの。手すりに乗って『こないで! さわらないで!!』ってボロボロ泣きながら叫ぶ私を見た大人達は、私が乱心したと思ったみたいよ。
聞いただけの私ですらそう思ったのだから、現状を見た人がそう思うのも無理はないわね。
第二王子が私を止めようとしたのを『いや! こないで! しにたくない!!』って、それは素晴らしい拒絶だったそうよ。
その頃には、第一王子は陛下のゲンコツで失神、部屋から放り出されていたし、陛下は私の父に殴り倒されていたわ。あ、もちろん不敬には問われなかったわよ。当然よね。
第二王子は、私の拒絶がショックだった(今までそんな目に遭ったことがなかったのですって)のか、フリーズしたまま動かなくなってしまって邪魔だった、とウィルが言っていたわ。
……よく貴方、不敬罪にならなかったわね。え? それどころじゃなかったから誰も聞いてなかった? そう、良かったわ。
あら? どこまで話したかしら?
ある意味、有名人です(笑)