3.紡がれるメッセージ
それから数週間後、祖母は亡くなった。
今時としては珍しく最期は親族が集められ、静かに息を引き取った。
私は祖母の顔に見慣れていたせいか、祖母がまた目を開くのではないかという印象さえ受けた。それほどまでに、彼女は安らかに逝ってしまった。
そこからは両親がすでに手配をすましていたのか、祖母の葬儀から納骨までがかなり手際よく進んだように感じた。
どこか両親のしたたかさを感じ、嫌厭ささえも植えつけられるようだった。
法事ではあの桜の木の話題がポツリと話題に出ることがあった。
「お庭の桜、なくなっちゃったんだって?」
「そうなのよ。私も何が起こったのか…警察にも相談したんですけど、家の周辺で停電が重なっちゃって。あんな大きな物でしょ?盗っていくにしても、重機や輸送の車が必要だし、その自動車とかも本来であれば街の監視カメラとかに映るはずでしょ?それが停電と重なって、ダメになっちゃったんですって。それでわからず仕舞いでね…」
男性陣が酒盛り、空いた時間で母と父方の叔母がそんな世間話をしていた。
法事だというのに酒がまわり賑わっている最中、そんな会話を耳にして、私は冷や汗が止まらなかったことは想像に難くない、と思われる。
あの時、確かに爆音とともに停電が重なった。
しかしながら、こうもうまく桜の木が回収されるであろうか。
監視カメラには内蔵バッテリーがあり、非常時にはそれが作動すると聞いたことがある。もし電源ではなく、カメラそのものに一時的な妨害などを仕掛けていたら…など様々なことが頭をよぎったが憶測の域を出なかった。
私はいつの間にか大学生になり、徐々に大学という学び舎に慣れ始めていた。
大学の桜の木が新緑に包まれ、初夏を謳いだそうとしていた。
なぜか家のソメイヨシノのことが記憶の外に漏れ出てしまっていた。それとともに祖母への思いも自然と蓋をしてしまっていた。
しかしながら浅上修二は何一つとして変わらなかった。
大学から帰宅し、私は癖で新聞受けのポストに自然と目をやる。
そこには依然、受け取った彼からのメッセージカードとほとんど、というよりも同じもの仕様のものが投函されていた。
私は手紙に手を出そうと考えたがそれよりもあることが頭によぎった。
『折を見て』
伸ばした手を引っ込め急いで、庭に回った。
「うそ…」
彼から以前受け取った手紙の一文が脳裏を駆け巡った。
彼は『預かって』、『お返し』すると書いていた。
庭には、例年と変わらない緑が芽吹いた、桜の木、染井吉野が元通りに植えられていたのだ。間違いなく、つい先日までそこにあった形の木であったことは、一時、忌々しく思っていた私が一番よく覚えていた。
悪い予感が駆け巡ったが素直に家に帰ってきた母に桜の木が元に戻っていることを伝えた。冗談のように受け取った母が庭に目を向けた時の表情は生涯忘れないと思う。
父にもこのことを伝えたが両親ともども、まったく気が付かなかったという。
庭に洗濯物などを干すため、一両日中に戻されたのだろうと私は推測した。
警察に再度相談するか、という話になったが法律上どうなるのかわからなかった。窃盗、不法侵入等に当たるのだろうか。相談したとして、自作自演など疑われるか、そもそもとして、被害届が受け取られるかなど一家総出で永遠と知恵を絞ったが後日、地元の警察署に相談するといったことに落ち着いた。
私は両親伝えていないことがまだあった。
浅上修二に依頼したことと、浅上修二からの手紙やSNS上でのダイレクトメッセージのことである。
そして手元に2通目の浅上修二の手紙がある。私は帰宅し庭に回った後に慌ててメッセージカードの文章を見ずに鞄の中にしまったのだ。それは彼からの手紙であることを瞬時に理解したことと、様々な思いが交錯したためである。
前述の家族会議ののち、自室でこのメッセージカードを見ることとした。
机に座り、文章をぎりぎりまで見ないようにひっそりと鞄から出した。メッセージカードにはこう記されていた。
『三島亜紀様よりのご依頼につきまして完了いたしましたことをここにご報告します。-浅上修二』
私は理解ができていなかった。
三島亜紀は私の祖母であり、先日亡くなったばかりであった。
その彼女の依頼が完了した報告がなぜ今届くのか。
祖母が浅上修二に依頼した。いや、そんなことがあるものか。あまりにタイミングが良すぎる。何かの間違いであり、彼が私の名前と間違えたのだと。
机の奥底へとしまった一枚目のメッセージカードを慌てて取り出す。
『今宵、染井吉野を預かりたく考えております。ご依頼通り、指定いただきました三島亜紀様宅の染井吉野をこちらでお預かりし折を見てお返しします。-浅上修二』
私は何度も読み返しているうちに、疑念が確信へと変わっていった。
「…おばあちゃんだ」
そう。私は決定的な勘違いをしていたのだ。そもそもこの一通目は私宛のものではなく、本来は祖母宛のものだったのだ。それを私が舞い上がり、自分のものにしてしまった。
もう一つ、核心的な文言がある。
「染井吉野」だ。
私は漢字でこのようにSNS上では書いていない。私が書いたのは「ソメイヨシノ」といった片仮名での表記だ。
茫然自失とはこのことで、言葉にできない、あっけにとられた気持ちが心を覆った。
そのまま、机に突っ伏していると新たな疑問が浮かんできた。
祖母はなぜこのような依頼をしたのか。いや、根本的にどのような依頼をしたのかは一通目からだけでは判断できない。ただ私の依頼事項と似ているだけの可能性があるのではないかと。
私は再び、慌てて携帯を取り出しSNSの投稿履歴を遡る。
「私の家の庭にあるソメイヨシノを預かってほしい」
また一つ、メッセージと依頼内容に違いを見つけた。
返してほしいなどの事柄を記載していないことだった。
しかしながらそれ以上のことがわからず、それといって誰かに相談できる内容でもないため、私は悶々として手紙と携帯をしまった。