表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

1.祖母へ

『今宵、染井吉野を預かりたく考えております。ご依頼通り、指定いただきました三島亜紀様宅の染井吉野をこちらでお預かりし折を見てお返しします。-浅上修二』


この依頼予告があったのは今朝だ。


オシャレに縁取り、デザインされたメッセージカードが新聞配達用のポストに入れられていた。

メッセージカードのみが投函されていたことから直接、私の家まで来たということだろう。


そして投函した人物は浅上修二だ。


彼に依頼すればどんなことでも解決してくれる。ただし実際に行うかは彼の次第だが。




浅上は5年前、突如として現れた。しかし実際に人の前に現れたのではない。


彼の最初の犯行は東京の花火大会に予定していない打ち揚げ花火の20号玉を打ち揚げるというものだった。打ち揚げられた花火の大きさは花火玉の大きさに因る。その花火の大きさは数百メートルに及ぶ。


通常、花火大会で使われるものは3号から5号玉である。当時会場に足を運んだ観客はもちろん東京の住民もその花火の大きさや音に大層驚いたことだろう。


このことは全国紙でも取り上げられ、テレビはもちろんネットニュースにもなり多くの人々を騒がせた。誰がどのような目的でという行ったかなど謎を残した。


花火大会終了後に大会運営事務局に

『ご依頼につきまして完了いたしましたことをここにご報告します。-浅上修二』

というメッセージカードが事務局の入り口付近に届いていたことがメディアの取材で分かった。


事務局は当初、このカードの意味がわからず何かの間違いかイタズラだろうと考えていたが「先の花火大会の件ではないか」とのメディアの指摘により警察に報告することとなった。これにより浅上修二なる人物がこの事件にかかわっていたのではないかと報道された。


もちろん事務局は一切関与していなく、誰が依頼したのかもわからず、事件は未解決のままである。


また違う事件では修復不可能されていた壁画を盗み、後日元の場所に戻すといった犯行が行われた。壁画は見事に修復されていた。その際も前述同様のメッセージカードが添えられていた。


これだけにとどまらずMMORPGのバグを直したり、暴風雨の中、噴火直前の離島から住民の避難を完了させるなどがあり、彼の犯行は義賊的な側面と愉快犯的な側面が混在した。


浅上は誰の目にも触れず、また監視カメラなどの記録にも残らない。彼の常人ならざる犯行はネットのみならずテレビでも報道が過熱した。


ネットでは彼のことをトリックスター、ファントムなどと呼んだ。


浅上修二に頼めば何でも解決してくれると尾ひれはひれが付き、SNSではハッシュタグで「#浅上修二への依頼」などが作られ、依頼を添えて発信するなどが流行った時期もあった。時には浅上を名乗る人物もいたが本人が逮捕されてたという報道は今のところない。



どこか傍観者のように述べたが私も浅上に依頼した一人だ。


「私の家の庭にあるソメイヨシノを預かってほしい」


そうSNSで発信したところ、しばらくして全く見覚えのないアカウントからダイレクトメッセージが届いたがイタズラだろうと考え、差しさわりのない返信をしたことまでは覚えている。


私は実名を使っていなければ、住所を伝えた覚えもない。


しかし、二日後の今朝、彼からメッセージカードが届いた。


自分から依頼したことだが若干の恐怖を覚えたのと同時に胸の高まりがあった。


メッセージカードに書かれている名前は祖母のものだった。祖父は他界し現在の家の所有者は祖母になっているためこのような書き方になったのだろう。


自ら頼んだことではあるが預かって返すといった文言にも奇妙なものを感じた。あの大木を一度持って行って元に戻すことなど可能なのだろうかと。




私が浅上修二なる人物に依頼する発端となったのは病で床に臥せっている祖母に対する思いからだった。


私は私立の女子高に通っており、今年の春卒業する。進学はすでに決まっており大学に通う予定だ。


特段、入学するまでにやることもなかったが同居している父方の祖母の病状が芳しくなくなく、祖母の介助を手伝っていた。祖母は慢性的な循環器系の疾病により、去年の冬からほとんど家から出ていないでいる。


すでに亡くなった祖父が病院で寝たきりの様子を見て自らもそうなることを嫌ったのだろう。晩節は自宅で家族と過ごしたいとのことだった。


私は祖母が嫌いというわけではなかったが祖母の昔気質のはっきりとした物言いがあまり得意ではなかった。


仕事に出ている母に変わって躾もそれなりにつけられたし、家事なども多く教わった。私を思っていたことは子供ながらに察してはいたが不満はなかったと言えば噓になる。


祖父は対照的に優しい部分もあったがことなかれ主義で損をする場面があったようで祖母はそんな祖父を見かねてそのような性格となったのだろうと父から聞いたことがあった。


私が曖昧な態度でいるとどうしたいのか、何が言いたいのかということを詰問するようなタイミングが間々あった。


そんな祖母だったが家の庭の端にどっしりと構えたソメイヨシノに関しては特別な思いがあったようだった。庭にはソメイヨシノの他にイチョウや柿の木などあったがふとした時に桜を物憂げに見つめる姿をしばしば私は見ていた。文通する友人がいるらしく桜を見ながらしばしば便箋をしたためていた。


何年か前に台風の影響でソメイヨシノが傾き、倒木する恐れがあったため家族会議で切り倒すなどの意見が上がったが祖母がかなりの剣幕で伐採することに反対したため支柱を作り残すこととなった。


私も自宅のソメイヨシノには思い入れがある。夏に新緑に包まれ、秋には葉を落とし、冬に蕾をつけ、春に桜を咲かせる。このソメイヨシノは三島の家の一年を見守り、私たちもこの桜を見届ける。毎年のように家族でそろって桜を見ながら食事をしたり、祖母に関しては近所の友人とお茶会をしていたことが印象的だった。



高校2年生の夏ごろから私は受験のため神経質になっていた。


日々の勉強や校内活動にも追われるようになり、家族とのイベントが疎ましくなっていた。


去年の春、例年のようにソメイヨシノが見ごろとなり家族で花見をしようとなった。


時間があれば自室にこもるようになり勉強に時間を割いていた私は家族が集まっていざ花見を始めようというときにそれを見て見ぬふりをした。


今思えば祖母はこの時から自分が長くないことを悟っていたのかもしれない。


祖母は私の部屋まで来て私を桜見に誘いに来たが勉強が忙しいことを伝えた。この時ははっきりと。


この頃、私は心の中で桜を見るのが辛くなっていた。次に桜の花を見る時には大学受験の成否が決まっているだろうことが頭にチラついていた。


その時、私はどんな顔をしていたのだろうか。よっぽど切羽詰まった顔をしていたのかもしれない。祖母は私の顔を見て何かを読み取ったのかその時はすんなりと引き下がった。申し訳なさがあったがその時は必死だった。将来への不安、成功の渇望、何が私を必死にさせていたかわからなかった。


その後、努力が実を結び順調に成績は伸びていった。


それと反比例するように祖母の体調は悪くなっていた。


冬が徐々に遠ざかり、私の桜はすでに咲いていた3月、寒さと暖かさが日ごとに大きく変化し妙な気候に思えた。


それが祟ったのか祖母の病状は著しく悪化した。


祖母の身の回りの面倒を見る機会が多くなり祖母と過ごす時間が多くなったが祖母は一日のほとんどを睡眠に消費していた。


訪問診療に来る医師からも心の準備をするよう言い渡された。


信じたくはなかったが心のどこかで祖母はそう長くは生きれないと感じていた。


せめて一緒に桜を見たい。そう思った私の頭にある言葉がフラッシュバックされる。


「人は亡くなる前にしたいことをするとぽっくりいくのよ」


祖母がその言葉を祖父が亡くなるときに私にこっそりと言い放ったのだ。


何を思ってそれを私に伝えたのかはわからないが祖母は祖父が病床でソフトクリームを食べたいと言っていたが最期まで食べさせなかった。


私はひどく狼狽えていた。最期にしてあげたいこと、一緒にしたいことができないことに。



私は祖母の死から目を背けていた。私は桜を一緒に見る機会を作ることが怖くなっていた。


私はもう一度桜を見る勇気がなくなってしまったのだ。もし桜を祖母に見せれば満足して旅立ってしまうのではないかそしてもう祖母と桜を見れる機会はないと。


かと言って桜を切るなどできなかった。


そして彼に、トリックスターと呼ばれる浅上修二に依頼をしたのだ。


よろしければブックマーク、☆の評価、感想をいただけますと幸いです。


作者の励みになります。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


これからもよろしくお願い申し上げます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ