序章Ⅸ 最期の日
■ 銀河標準歴1460年 6月15日 正午
■ 惑星オストラコン 中央大陸管区メリンダ市 私立ユージェント高校
昼食の時間だ。
俺とカルロス、ミラの3人は机を引っ付け、各々弁当を取り出す。
「マイダー、意外と近くで見るとカッコよかったな」
スパゲッティを食べながらカルロスが話し出す。……そう、今朝地下格納庫の方にマイダー3機が運び込まれたのだ。その緑色のブリキ缶は、帝国軍が惑星上空に迫る中どこか頼もしく見えた。カイトナー軍曹はマイダーが運び込まれると共に、実戦部隊に配属されるという。お別れ会をやる間も無く、空港から午前の便でオストラコンセンターへと帰っていった。
「でもたった3機でしょう?帝国軍が攻めてきたらそれだけじゃ戦えないし、かえって攻撃目標にされかねないじゃない」
ミートボールを頬張ったままミラが答えた。……帝国軍が迫る中でも、俺達は普通の日常を過ごしていた。今のところ戒厳令が敷かれて、避難が言い渡されたり休校措置が取られる様子はない。
「何もないよりはマシだろー!第一、帝国軍なんて同盟宇宙軍がさっさと追っ払ってくれるぜ!」
「そんな事言ってて負けたらどーすんのよ!馬鹿カルロス!」
「何だとこの敗北主義者!」
……困ったことに、表面的には日常性そのものというべきこの二人ほど、俺は楽天的にはなれなかった。というのも、昨日、同級生2人の戦死報告が届いたからだ。……別に、クラスは違うし親しかったわけではなかった。先生も、祖国の平和の為に死んだ英雄の為にも、喪に服すことなく平常通りに過ごしてくださいと言っていた。だけど、だけど……
あるいは、カルロスとミラは平常通りにふるまう事で、なんとか心の中の恐怖を抑えているのかも知れなかった。俺からも、二人に騒ぐと不謹慎だぞと言うことはない。
「……アルタ、おーいアルタ?」
「また辛気臭い顔して。昼休み位息抜きしないと持たないわよ?」
「あ、ああ、ごめん……何と言うか、教室の空気が重くて……」
俺の言葉は、半ば真実だった。いつものようなバカ騒ぎをしていたのは教室の中でもカルロスとミラだけだったから。
「おう、そんなら屋上で食うか!」
「ま、教室の中で騒ぐのもちょっちとあたしも思ってたからね」
……どういう発想だよ。
「ミラ、逢引きのつもり?」
サリーがミラに声をかける。
「誰がこんな奴ら二人連れて逢引きしますかって、じゃねサリー」
訳の分からないうちに、俺は二人に連れられて屋上へ出た。
澄み渡る青空の向こうでは、今同盟軍と帝国軍の決戦が始まっているころらしい。
「……なあ、見えるか?」
不意に、カルロスが聞いてきた。
「何をだよ」
「戦闘の様子」
「見えるわけないだろ。戦場はここから上空36000キロメートルの静止衛星軌道上だぞ」
突っ込みどころが多すぎる。屋上まで出て来た理由ってそれかよ。
「出征したみんなが戦ってるのに、あたし達が何にも出来ないんじゃ悔しいじゃない。だから、ここから応援しようよ」
「そんな子供じみた理由かよ、俺は……」
……俺は、俺達は、
「なあカルロス。俺達人間はあの空の向こうに広がる宇宙を手に入れた。手に入れたのに何で殺し合いなんかしなきゃならない」
宇宙に手をかざしながら、俺は問う。
「何でって、決まってるだろ。宇宙が手に入っちまったら、後は宇宙をめぐって奪い合うしかない。悲しいけど、それが人間って生き物のサガだろ」
「それにこれは、帝国に対する解放のための戦いよ。この星だけじゃなく、全ての人の為の」
カルロスとミラは、素直に自分の見解を答えてくれた。
「だから俺達はもう逃げられないのさ。残念ながらね。アルタ、……正直に告白すると、俺は一時期お前を見捨てようかと思った事が有った。だけどそれは間違いだって気付いた、お前が必死になって俺達に追いついてくれたからだ。やっぱり俺達はお前の力を必要としているんだ、だから……」
「きっと3人でパイロットになって、帝国を倒そうね」
手を差し出す二人。
「……、うん」
俺は、二人の手に手を重ねた。
その時。俺の通信端末の呼び出し音が鳴った。
「父さん?」
通信に出ると、父さんの姿がホログラムで映し出される。
「アルタ!そこにカルロス君とミラさんがいるな!」
いつにない、緊張した面持ち。いつもは柔和な顔が強張っている。
「あ、うんッ」
俺が返事をすると、父さんの顔はいつもの優しい面持ちへと立ち戻った。
「二人と一緒に地下格納庫に来てくれないかね。君らの鍛錬の成果が見たいんだ」
「え、今学校に居るのか、父さん!?」
「……もちろんオンラインで、だよ。学校と回線を繋げさせてもらった。さ、早く早く」
そのまま通信は切れる。カルロスとミラもその様子を見て、
「アルタ……」
「やれやれ、親父さんも困った人だなぁ。取りあえず格納庫へ行こうぜ」
……俺達は父さんのいう通りにした。
「おいオサリバン一行、どこ行くんだ?」
途中で、ダンに呼び止められる。
「秘密の特訓しに行くのさ、またその内シミュレーターで揉んでやるぜ」
カルロスはさっと流した。
「そっか……いつかお前らより強くなってやるからな、覚悟しとけよ!特にオサリバン」
「うん」
……笑いながら、ダンは階段を下りる俺達を見送る。
そして、地下格納庫に着くと、カイトナー軍曹がその場に置いて行ったリモコンを使ってその分厚いコンクリートと合金で出来たシャッターを開けて、
「……」
中に入ると……
「う、うわっ!!」
直ちにその隔壁が、外の世界と格納庫を遮断した。
周りを見渡す。シミュレーターは起動していないようだ。
「……」
父さんに騙されたのか?シャッターを開けようとリモコンのボタンを押してみる。
「……開かない……まさか」
ボタンは、効かなかった。
「……と、閉じ込められたのか?」
カルロスが聞いてくるが、通信を取った時の父さんの形相を思い起こし、俺は父さんの意図を理解した。
「違う、違うんだカルロス……閉じていないと、多分、意味がない。俺達が生き残らなきゃ、意味が無いんだ」
「ど、どういう意味だよ!」
「アルタ、説明して!?」
二人が怪訝そうな顔で俺に問う。
「……同盟軍は、負けたんだ」
俺は、答えた。
― 刹那
「うわぁッ!!」
まるで大地震のような、巨大な地響き。俺達は立っていられなくなり、三人で尻餅をつく。
音の暴圧が、シャッターを激しく揺らす。
「きゃあああああッ」
「な、何が起こってやがる!?」
……激しい揺れはしばらく続き……そして、収まった。